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「子育て罰」=子育てする親を罰する日本に未来はあるか【本文公開①】

 光文社新書の永林です。7月の新刊『子育て罰』は子育て中のママパパはもちろん、この国の未来を憂えるすべての人に手に取っていただきたい本です。「子育てを罰とか言わないでほしい!子育てはつらいけど幸せだよ。最高だよ」とこのタイトルに反発を覚えた方々、著者はその意見を全面肯定致します。子育て罰とは、「社会のあらゆる場面で、まるで子育てすること自体に罰を与えるかのような政治、制度、社会慣行、人びとの意識」のこと。そしてこの本は、この社会から「子育て罰」をなくすために書かれました。教育学者の末冨芳氏、そして社会福祉学者の桜井啓太氏による共著。noteでは怒りに震える教育学者・末冨芳氏によるまえがきを全文公開します。

「子育て罰」をなくしたい。
子どもと、子育てをする親たちに、やさしい日本になってほしい。

 いま、この本を書いている私の思いです。
「子育て罰」という言葉に、ぎょっとしてこの本を手に取られた方もおられると思います。

 実際、日本は子どもを持つ世帯に冷たく厳しい国なのです。政治や社会が子どもと親に罰を課していると言うべき状況です。子どもと子育てする親たちにやさしい日本になるためには、まずいまの日本の悪いところに向き合って、良くしていく必要があります。

 子どもと子育て世帯に冷たく厳しい日本の現状と、なぜそんな国になってしまったのかを考えるため、この本ではあえて「子育て罰」という厳しい言葉を使っています。そして、どうしたら日本という国が、子どもや親にやさしくあたたかい国になれるのかを考えていきたいのです。

◆児童手当の特例給付という「子育て罰」、票取り道具としての「こども庁」

 2020年11月6日、「児童手当の特例給付、廃止検討 待機児童解消の財源に」(産経新聞)という報道が流れました。高所得子育て世帯が受け取れる児童手当(高所得層の場合、子ども1人年6万円)をなくして、待機児童の財源にしてしまおうというのです。

 この報道に、私は怒りを禁じえませんでした。菅義偉総理大臣は、10月26日の所信表明演説で「長年の課題である少子化対策に真正面から取り組み、大きく前に進めてまいります」と強調しました。その所信表明演説のわずか11日後に打ち出された高所得子育て世帯の児童手当廃止の方針に、これまでの自民党政権の総理大臣と同様に、本気で少子化を解消する気がないのだと感じたからです。

 もともと日本の子育て層は、年金・社会保険料の負担が高齢者世代より高いうえ、子どもまで育てて国に貢献しているのに、児童手当や授業料無償などの恩恵を十分に受けることができていません。子どもを産み育てるほどに生活が苦しくなっていく、子育てをしながら頑張って働いている中高所得層ほど追い詰められる、「子育て罰」の国なのです。

 中高所得層の児童手当を削って待機児童対策にまわすことは、子育て世代内部での分断を深め、親の所得によって子どもが差別される、分断と排除の政策でもあります。

 とくに2021年度現在に小学校3年生以上の子どもを持つ世代は、幼児教育の無償化の恩恵をまったく受けていないため、純粋な負担増になる「はずれくじ世代」となってしまいます。また、いったん高所得層の児童手当を削れば、そのうち、中所得層の児童手当も削られることになるはずです。以前から財務省はその方針を打ち出していました。つまり、財務省は子育て罰をどんどん厳罰化しようとしているのです。

 さらに、自民党と官邸によって2021年4月から始まった「こども庁」構想による総理、官邸、一部の自民党幹部の子どもの政治利用にも、怒りを禁じえません。ヒトもカネも増やさずに作る「こども庁」は、子どもを票取りの道具に使っているようにしか見えないからです。5月18日には、「こども庁」創設より、子どもと子育てする親のための財源確保が最優先であることを、参議院内閣委員会で児童手当法改正の参考人参議院の証人として証言もしました。

◆低所得子育て世帯こそ「子育て罰」の最大の被害者


「子育て罰」は、中所得層や高所得層の問題だけではありません。そもそも「子育て罰」とは、労働政策や家族社会学の研究者によって指摘されてきた、とくに低所得の子育てする親にあまりに厳しい状況を批判する概念です。

 詳しい定義は第2章で、「子育て罰」という訳語を生み出した社会福祉学者の桜井啓太さんに解説をしていただきますが、ごく簡単に言えば、子育てする保護者はそうでない大人に比べて賃金が低く、貧困に陥りやすいという課題を表現する「child penalty(チャイルド・ペナルティ)」という概念がベースになっています。とくに低所得子育て世帯に対する所得再分配が「冷遇」とも呼べる厳しい状況であることを批判しており、ポイントをわかりやすく説明すると以下のようになります。


・日本では所得再分配政策がもともと低所得層(とくに子育て中の働く低所得層)に不利という意味で逆進的である。

・とくにひとり親世帯への再分配は政策的に失敗している。

・日本は先進諸国の中でひとり親世帯の貧困率が突出して高く、シングルマザーに猛烈に厳しい国である。


 近年の自治体の子どもの貧困調査や支援団体の調査では、低所得層はひとり親だけでなく、2人親もまた非常に厳しい生活を強いられていることもわかっています。ひとり親が受けられる児童扶養手当は、2人親世帯だと受けることができません。

 内閣府が2020年9月に発表した「子供の貧困の状況」によると、子育て世帯の16・9%が食料を買えない経験を、20・9%が衣服を買えない経験をしており、衣食住にも不自由する厳しい状況が明らかになっています。

 低所得層もまた、国に税・年金等を取られていても、政府の所得再分配の失敗のために十分な支援を受けられず、そのために食事や服すら満足に買えないのです。もはや所得で判断する「相対的貧困」ではなく、衣食住すら保障されない「絶対的貧困」に近い状態に追いこまれていると言えます。

◆国民の半数が「子どもを産み育てやすい国ではない」と考える日本

 こんな国で子どもを産み育てたいと思うでしょうか? 「平成27年度少子化社会に関する国際意識調査報告書」では、「子どもを産み育てやすい国かどうか」について、日本では「そう思わない」(どちらかといえば+全くそう思わない)が52%と、調査対象となった日英仏スウェーデンの中で唯一、否定的回答が過半数となった国でした。同じ設問について、イギリスは23・8%、フランスは25%、スウェーデンは1・4%にすぎなかった状況とは対照的です。

※第2部 VI 社会的支援について(PDF形式:311KB)

 このままでは、所得にかかわらず、日本はどんどん子育てしづらい、子どもが生まれない国になっていきます。いますぐに、「子育て罰」を止めないといけません。子どもが生まれなくなれば、日本という国に未来はないからです。

◆本書の概要

 第1章では、「子育て罰」の概要について説明します。日本がいかに子育て層に冷たい社会であるか、子育て層に「罰」を課す政治であるかを、3つの政治的要因について具体例をあげて指摘します。そのうえで、児童手当を含め、子どもや親に冷たく厳しい子育て罰の国・日本の状況を、他の先進国との比較や研究者・支援団体の調査・分析から明らかにしていきます。また、児童手当の廃止問題について、高所得層だけでなく中所得層も狙われると私が考える根拠も提示します。

 第2章では「child penalty」を「子育て罰」と訳出した桜井啓太さんに、「子育て罰」のもともとの定義と現在の意味について解説していただきます。また、貧困層の問題、とくに低所得のひとり親が一生懸命働いても食べることすら満足にできない状況や、支援政策の課題を描き出します。

 第3章では、とくに1960年以降の日本社会が子育てを「自己責任」とし、親がすべての子育て費用を負担する「親負担ルール」と、「理想の子どもイデオロギー」によって親を追い詰めてきた経緯について解説します。そして、日本から子育て罰をなくすためにはどうしたらよいか、治療法を提示していきます。

 第4章では、教育学の研究者である私と、社会福祉学の研究者である桜井啓太さんの対談を通じ、子育て支援政策、子どもの貧困対策、労働や賃金の課題、政治の課題、日本人が子どもにやさしくなるためには、などの視点から考えていきたいと思います。子育て罰をなくし、子ども・子育て世帯にやさしくあたたかい国になるための「子育てボーナス」についても考えます。

 第5章では、「子育て罰」をなくすために必要な政策、「こども庁」をめぐる与野党の政策提案、そして総理、官邸の子どもの政治利用を整理します。

◆なぜ教育学の研究者が「子育て罰」を語るのか?

 本論を始める前に、私自身の自己紹介をしておきます。先述のように、私の研究者としての専門は教育学です。とくに教育費問題や教育財政など、教育とお金を中心的なテーマとして活動してきました。また、2人の子どもを育てる母親でもあります。

 2014年から内閣府・子供の貧困対策に関する有識者会議構成員として、子どもの貧困政策に関する専門性を高める中で、研究者としても親としても、この国の子ども・子育て世帯への冷たさを身にしみて感じてきました。2020年11月の児童手当の特例給付廃止報道を見て、「子育て罰」の言葉を自然に思い出したのも、私自身もまた「子育て罰」の被害者だという思いを心のどこかに抱いていたからなのかもしれません。

 妊娠中に同僚から怒鳴りつけられたこともあります。駅でべビーカーを蹴られたこともあります。やむを得ない事情で赤ん坊だった子どもを勤務先の大学に連れていったときには、「子どもを大学に連れてくるな」というハラスメントも受けました(この状況はいまは改善されていますが)。

 お金の面でも、税・年金・社会保険料を払ったうえに、所得に応じて課される高い保育料、少ない児童手当、家族の介護、夫と遠距離で生活していたことなどもあり、とくに月7万円を保育料として払っていた子どもたちの乳幼児期は、家計のやりくりに四苦八苦でした。勤務先の日本大学の名誉のために申しあげておくと、ちゃんとした賃金水準を保障していただいていますが、その私にして、家計が苦しいという状況を経験しているのです。

 また第1子出産のときは、転職と時期が重なったために労働基準法の規定で育児休業を取れませんでした。幸いなことに夫が育児休業を取ることができましたが、母親の転職を前提に設計されていない日本の労働法制の冷たさに愕然としたものです。

 2014年初頭に第2子を出産したときも育児休業は取得しませんでした。同年4月に発足した内閣府・子供の貧困対策に関する有識者会議の委員に就任することになっており、わが子と同じ時代を生きるすべての子どもたちが幸せな人生を生きられる国にするため、わずかな力ですが、全力を尽くしたいと考えたからです。

  この国から子育て罰をなくしたい。
  子どもや親にやさしくあたたかい国であってほしい。

 この強い思いを持って、本書を執筆しています。


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