カッパ・ブックス、松本清張、小松左京…『’87 光文社出版解説目録』をめぐる「点と線」
思いがけない冊子
この8月、妻の実家に盆帰りをした。主な目的はいわゆる実家の後片付けだ。とにかく物がたくさんある。実家の後片付けをテーマにしたベストセラー本も出るご時世である。やってみるとわかるが、とにかく大変である。
今回、私に与えられたテーマは本棚の整理である。古い、重い、種々雑多。どうしたものかと思いつつ、一冊ずつチェックしながら作業を進めるしかない。すると、思いがけない冊子に出会った。『’87 光文社出版解説目録』である(図1)。捨てようと思ったが、手が止まった。9月には私が書いた光文社新書『宇宙を動かしているものは何か』が出る。光文社にはお世話になっているではないか。
それともうひとつ。1987年というのが気になった。この年は私とっては非常に思い出深い年である。天文学者として東京大学東京天文台銀河系部の助手に採用されたのがこの年だったからだ(*1)。なんだか懐かしさが込み上げ、この目録は自宅に持って帰ることにした(こういうことがあるから、実家の後片付けは大変なのだが)。
自宅に戻って目録を見てみることにした。掲載されている本の種類を見ると驚く。私には馴染みのある名前だが、基本はカッパ・ブックスなのである。
カッパ・ブックスにはいくつかバリエーションがある。カッパ・ホームス、カッパ・ビジネス、カッパ・ノベルス、カッパ・サイエンスなどである。そこに、光文社新書も光文社文庫もない。「カッパ・ブックス」は1956年から2005年、約半世紀にわたって出版文化に貢献した。光文社新書は入れ替わる形で2001年にスタートしたのである。
推理小説ならカッパ・ノベルス
カッパ・ブックスで一番お世話になったのはカッパ・ノベルスである。私は読書家というわけではないが、大学生の頃から推理小説が好きになった。理由は二つある。ひとつは旅の友としての推理小説。もうひとつは、姉が本好きで、我が家にはたくさんの本があり、推理小説もあった。こうして振り返ると、どうも他力本願型の動機で推理小説を手に取る機会が多かったということだ。これが実情である。
旅の友というのは説明が必要だろう。大学時代、実家のある北海道の旭川と大学のある宮城県の仙台を往復していた。正月、春休み、夏休みの3回である。旭川-函館間は特急「北海」で6時間、函館-青森間はもう無くなってしまった青函連絡船で4時間、そして青森-仙台間は特急「はつかり」か「みちのく」で4時間。乗り換えの時間を入れると、なんと16時間もかかる旅だった。私は乗り物の中ではよく眠れないタチなので、結局、本を読んで過ごしていた。選ぶ本は、推理小説が多かったのだが、そのとき役に立ったのがカッパ・ノベルスだった。
松本清張、高木彬光、黒岩重吾、森村誠一、西村京太郎など、充実のラインアップである。気に入った作品に出会うと、その作品の作者の書いた本を片っ端から読みたくなるものだ。強く印象に残っているのは松本清張の『ゼロの焦点』と『点と線』である(図2)。私は古代史にも関心があるので、今でも松本清張の本を紐解くことがあるぐらいだ。
青春の1973に出会う夏
ところで、先に紹介したラインアップに出てこない作家がいる。小松左京だ。私の持っているカッパ・ノベルスに忘れられない一冊が残っている。『日本沈没』である(図3)。ジャンルとしてはSFである。SFはサイエンス・フィクションだが、多くのSFはフィクションの香りの方が強い。しかし、小松左京の作品は違う。サイエンスの香りの方が明らかに勝っているのだ。ひょっとしたら、現実に起こるのでは……(*2)そう思わせるほど、科学的な考察が深い。私は天文学者(科学者)なので、小松左京の作品には強く惹かれてしまう。
ここで、ふと疑問が湧いた。なぜ、『’87 光文社出版解説目録』に小松左京の名前がないのだろう? 調べてみると、わかった。『日本沈没』が出版されたのは昭和48年。1973年だったのだ。なんと、私が大学に入学した年ではないか。18歳。その年、私は確かに青春の真っ只中にいた。
こうして、1987年経由で1973年に戻ることができた。これも三冊目の光文社新書『宇宙を動かしているものは何か』のおかげである(*3)。光文社との縁は半世紀前に始まっていたのだろうか。不思議である。