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生い立ちからみる「未来の大統領」の世界観―カマラ・ハリス著『私たちの真実:アメリカン・ジャーニー』(光文社)上智大学教授 前嶋和弘

光文社新書編集部の三宅です。

アメリカ現代政治がご専門の上智大学総合グローバル学部教授・前嶋和弘先生が、カマラ・ハリス著『私たちの真実』の書評をご執筆くださいました。

専門家ならではの視点が光る内容です。ぜひご覧ください。

生い立ちからみる「未来の大統領」の世界観

本書はアメリカの現職副大統領であるカマラ・ハリスの自叙伝であり、本格的な最初の著作でもある。

原著となる「The Truths We Hold: An American Journey」はハリスが2020年の大統領選挙の民主党の指名候補者争いに出馬するPRの一環として、19年1月に上梓された。

冒頭にまとめられた幼少期から最近の素敵な写真とともに本書ではハリスの半生がつづられている。ハリスはロースクール卒業後、検事の道を選び、カリフォルニア州の検事総長として、多国籍ギャング、大企業などを告発し続けた。史上2人目の黒人女性、史上初めてのインド系として上院議員に選出された後は、刑事司法制度の改革、最低賃金の引き上げ、高等教育の無償化、難民や移民の法的権利の保護などに取り組んできた。

本書が上梓された後の展開は世界が知っている通りだ。指名候補の座を争ったバイデンが勝ち抜き、ハリスは副大統領候補に指名された。バイデンとハリスのチームは、11月の本選挙では現職のトランプ・ペンスを激戦の上破った。そして、ハリスは今年1月20日、「女性初、黒人初、インド系アメリカ人初」の副大統領に就任する。

特筆したいのは、本書は単なる「副大統領の自伝」では決してない点だ。
バイデンは現在、78歳と史上最高齢の大統領であり、次の大統領選挙が行われる2024年には出馬をせず、民主党候補者の座をハリスに譲る可能性もかなりある。同年、ハリスは60歳となり、政治家として最も脂がのった年齢となる。

つまり、ハリスは次期大統領の最有力者であり、読者にとっては「バイデン後」のアメリカを率いるリーダーの世界観を本書で知ることができる。

ベイエリアとワシントンという2つの世界

ハリスの世界観を支えているのが、何といってもその生い立ちである。それは上述の多様性だけでない。インド出身の母もジャマイカ出身の父もエリート中のエリートであり、2人とも公民権運動にのめりこむ。1960年代当時のカリフォルニア州のベイエリアでは当たり前の風景だ。

ハリスはその不公平と猛然と戦う社会運動が家庭に普通にある中で育った。ハリスのDNAに、血液に、差別への怒りが入り込んでいる。

ハリスの生い立ちの強みは、リベラルの聖地ともいえるベイエリア出身であるだけでなく、政治を動かしている首都・ワシントンでの学生生活を選んだ点にもある。ハリスが選んだのが「黒人のハーバード」といわれるハワード大学である。そこには奴隷制から続くアメリカの差別に最も敏感で、社会改革の必要性を共有する黒人学生が集結する。ハワード大学の名だたる卒業生にはノーベル賞作家のトニ・モリスン、黒人で最初の連邦最高裁判事のサーグッド・マーシャルらがいる。

黒人にとってワシントンは特別な街でもある。ワシントンは日本では連邦政府(中央政府)のイメージが強いかもしれないが、人口的には黒人が多数派であり、厚いミドルクラスを形成し、市の政治を動かしている。少数派である黒人が主導して街を動かす素晴らしさも、消えない貧困などの難しさもワシントンで体験できる(筆者も8年間、ワシントンの複雑さを経験した)。

ベイエリアとワシントンを経験しているハリスほど、今の民主党支持者の心情を的確に理解する政治家はいないかもしれない。

高らかに笑うポジティブさ

ところで、ハリスを知った人なら誰でも共通した印象がある。それは実によく高らかに笑うことだ。各種インタビューでは、自分が苦境に立った時の述懐も、母のことを語る時も、驚くくらいのポジティブな高笑いをする。

検事として、政治家として華々しい業績を上げる中、本書でも「笑い声」がどの頁からも聞こえてくる。それは生き生きとつづられている結婚や育児など、ハリスのプライベートな会話部分だけではない。政治的な対立を乗り越えるために、大変な作業を準備する仲間たちとの真剣な討議の後もそうだ。本書でもほっとした瞬間の行間にそのポジティブな高笑いが聞こえてくるようだ。

少数派としての困難さや政治的な苦境にハリスは真剣な顔で直面しながらも解決策を見つける中で高らかに笑う。真剣さとポジティブな高笑いのギャップがハリスのエネルギーであり、政治家として人間としての魅力である。
「未来の大統領」は今後もポジティブに笑い続けるだろう。24年が楽しみだ。(了)

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