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大人こそ学びたかった――思考を広げ、課題を見つけ、自ら解く力:新刊『中高生のための「探究学習」入門』「はじめに」を公開|中田亨

近年、高校でも本格的にスタートした探究学習。自ら問いを立て、それに答えていく学習であり、その目的を突き詰めて言えば、自分自身の人間像――自分は何が好きで、何をしたいのか――を知るための活動ともいえる。進路を考える上でも役立つが、指導する側の教師も模索している段階でもある。

ロングセラー理系のための「即効!」卒業論文術の著者であり、工学研究者である著者のもとには、探究活動の一環として、あちこちの中高生がインタビューに来る。本書中高生のための「探究学習」入門では、そうした経験も踏まえ、探究学習におけるアイデアの生み出し方、調査や実験の進め方、結果のまとめ方、成果発信の仕方、安全や倫理面での注意点などについて、具体的な手はずをガイドする。

研究者の卵や大人の読者にも、自分で学びを作る「探究」の心得と面白さを伝える。ここでは、「はじめに」と目次を公開!


はじめに


「探究学習」とは何か?


最近、『探究学習』がブームのようです。

高校の前を通ると、「柔道大会 優勝 〇〇さん」とか「俳句大賞 優秀賞 〇〇さん」といった、生徒を顕彰する垂れ幕や横断幕をしばしば見かけます。その中に「探究コンテスト」なるものも交ざるようになりました。

この『探究学習』とは何でしょうか。

一言で言えば、自分で謎を見つけ、それを自分で解くことです。それが学校の科目になっています。

従来型の科目では、教わる内容は全員共通のものがあらかじめ決まっていて、それを淡々と伝授されるというものでした。『探究学習』では、何を調べるかから、どう調べるか、どう取りまとめるかまで、生徒が自律的に決めて進めていくことになります。

名称がややこしいのですが、正式には高校では『総合的な探究の時間』、小中学校では『総合的な学習の時間』と呼ばれます。どちらもテーマを設定して、深く調べるということには変わりありません。

「総合的」というのは、特定の科目の内容だけに限らないで、テーマを自由に選び、いろいろな知識を組み合わせて考えるという意味です。これとは別に『古典探究』とか『日本史探究』『理数探究』といった、特定の科目内の(つまり「総合的」ではない)『探究』もあります。

謎を見つけて解き明かすことは、とても楽しいものですし、謎解きの能力は、社会に出てからも役に立ちます。また、学校側としても、独自色を打ち出しやすい目立つ活動ですから、力を入れるところが増えています。



かたや従来型の科目で教わることは、わざわざ人間が勉強しなくても、人工知能を使えばたいていのことは解決するようになりつつあります。

たとえば、英語を勉強しなくても、自動翻訳機を使えばよいのです。ちょっと前までは、自動翻訳機が作る文は直訳調で、ぎこちなかったのですが、最新の技術によるものは非常に流暢です。

英語1つだけなら人間でも勝負できるでしょうが、他の10や20の言語についても翻訳できるかと問われれば、人工知能の能力は人間の及ぶところではありません。

事ここに至って、何を勉強するべきか。それは「勉強する方法」の勉強ではないでしょうか。人工知能が知らないことを、自分で勉強して自活していく力。それが探究学習のねらいです。

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研究者には、あちこちの高校からインタビューの申し込みが来ます。探究学習の一環として、生徒が調べたいことを専門家に尋ねたいということだそうです。

たとえば、

「人工知能がどんどん発達すると、知的能力で人間と差のない存在になるかもしれません。人工知能と人間の違いとは何でしょうか?」

といった質問が来ます。私の答えはこうです。

「人間と人工知能との本質的な違いは、忘却できるかという点です。過去をなかったことにして存在できるかということです。清水玲子の漫画『竜の眠る星』(白泉社)は、それがテーマになっています。読んでみてください」

「漫画を読め」という変化球の答えをわざと返します。

情報提供では、相手が予想していない答えを返さないと意味がありません。哲学者のヴィトゲンシュタインは、「教育とは、教え子が好きな味の料理を出すことではなく、味覚を変えることだ」と言っています。未知のものに触れて、考え方を多少なりとも変えることが「探究」の本質です。


探究学習の要点と、具体的な手はずを教えます 


自律的学び。これは学校教育の中では異色の存在です。この変化に生徒はついていけるでしょうか?

イソップ寓話(ぐうわ)に、「俺はロドス島で開催された競技会で、誰よりも大きく跳んだ」と自慢する選手の話があります。それを聞いた聴衆は「ここがロドスだ。ここで跳べ!」という野次を浴びせました。つべこべ言わずにやって見せろという意味です。

「私は勉強が得意だ。この前のテストでは1位だった」と言う生徒が、「では探究学習も楽々できるよね。さあ、やってみろ」と言われて、うまく進められるとは限りません。

逆に、「私は勉強が苦手だ」と言う生徒が、探究で苦戦するとも限りません。自律的学びは、他の教科とは違いすぎるのです。だからこそ、綿密なガイドが必要といえます。

ほとんど経験がない自律的学びを求められるのでは、探究学習は難しい、と敬遠されそうです。しかし、学校での授業としてやることですから、あくまで練習です。失敗してもいいのです。何かを一生懸命に活動すれば合格です。

これは大学での学生の研究でも事情は同じです。卒業研究は参加賞。修士研究は努力賞。まじめに活動した人なら誰でも合格点をもらえます。


一生懸命で大いに結構ですが、危険もあります。探究のガイドで最も心を砕かねばならないことは、倫理と安全の問題です。

ものを調べることは危険を伴います。自分の調査が誰かの秘密を暴くことにならないか。著作権を侵害しないか。調査結果にうそが交じっていないか。活動中にケガをしないか。残酷な実験にならないか。

本人は善かれと思った調査であっても、他人に思わぬ迷惑をかけたり、社会の批判をまねいたりする活動になってしまうという落とし穴が、あちこちに待ち構えています。

「倫理や安全で問題を起こすべからず」という大原則は、無難さだけをねらったものではありません。それは価値のある探究学習を創るという大目標と表裏一体です。

粗雑な探究は、活動が行き当たりばったりになって、調査として成功しないだけでなく、ケガやトラブルにつながる可能性が高まります。何を調べるべきかをしっかり考えてから取り掛かれば、活動の計画も詳細に立てられて、トラブルも減り、よい成果を生むことになります。

探究は要点を押さえれば、調査の方向が定まり、活動の段取りも組み上がって、順調に進められます。

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思えば、探究は特殊なことではありません。調べものをするとか、改善策を考えるといった探究的な課題は、仕事や日常生活の中で当たり前に登場します。個人的に気になる事柄について独学で研究する人も多くいます。探究する力の大切さは、学校に限った話ではないのです。

本書では、アイデアをどう生み出すか、調査をどう進めるか、結果をどうまとめるかについて、具体的な手はずをガイドしていきたいと思います。


目次




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著者プロフィール

中田亨(なかたとおる)
1972年神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。現在、国立研究開発法人産業技術総合研究所人工知能研究センター NEC-産総研人工知能連携研究室副連携室長。中央大学大学院理工学研究科客員教授。内閣府消費者安全調査委員会専門委員。人間のミスと安全に関する研究を様々な業種との共同研究において現場主義で進めている。著書に「事務ミス」をナメるな!』『「マニュアル」をナメるな!(ともに光文社新書)、『防げ!現場のヒューマンエラー』『ヒューマンエラーを防ぐ知恵』(ともに朝日文庫)、『理系のための「即効!」卒業論文術』(講談社ブルーバックス)、『多様性工学』(日科技連出版社)、『テストに強い人は知っている ミスを味方にする方法』(笠間書院)などがある。


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光文社新書『中高生のための「探究学習」入門――テーマ選びから評価まで』(中田亨著)は、全国の書店、オンライン書店にて好評発売中です。電子版もあります。



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