岩田健太郎 「PCRの『陽性』には実はいろいろな様相の『陽性』がある」(新刊より一部公開)
神戸大学医学部感染症内科教授の岩田健太郎氏の新刊『丁寧に考える新型コロナ』(光文社新書)。発売直後より大好評を博しています。
その第2章で、岩田氏は、PCR検査を含むいろいろな検査について、詳しく解説しています。その一部をここでご紹介しましょう。
偽陽性、偽陰性
ヒューマンエラー以外でも偽陽性は起きています。
ぼくらが個人的に経験したのは――個人情報保護のために患者の情報はデフォルメしますが――ある手術前の患者さんでした。手の感染症になっていたので、抗生物質で治療していました。熱もだんだん下がってきました。いつもの、よくある光景です。
ところがこの患者さんについて、「熱のある患者は、手術の前はコロナのPCRだ」と強硬に某所から主張されてしまいました。
主治医は、「熱の原因は手の感染症だろ。コロナが手に感染するか?」と実にまっとうな理由から異議を唱えましたが、「言うこと聞かなきゃ、オペはさせん」とけんもほろろの返答で、しかたなく、イヤイヤ、やむを得ず、断腸の思いで……と、そこまで力は入れませんでしたが、PCRをやりました。
すると、PCR検査で陽性になったのです。主治医は唸りました。オペは延期。患者は隔離。これまで4人部屋にいたのに、急にフルの防護具(PPE)着た看護師が複数で「これから個室に移動します」ときたから、部屋中、大混乱です。
この話を聞いたぼくと、感染管理認定看護師は一言、「なんで検査したの~!!!」
検査技師さんと話をすると、それはCt値(前出:PCRで閾値となるまでに遺伝子を増幅した回数のこと。詳しくはぜひ本書でお読みください)の高い、非常に微妙なギリギリの陽性で、「本当に陽性と言っていいかどうか迷う」という程度の陽性でした。関係者の誰もが、この検査結果は間違っていると思いました。
そこで、同じ患者でPCRを繰り返したのです。検査は陰性になりました。やはり、先の検査は「偽陽性」だったのです。
鋭い読者はこう考えるかもしれません。2回検査をして、1つは陽性、1つは陰性の場合、どちらが真実の結果か判定できないじゃないか、と。
はい、そのとおりです。カントの「物自体」のように、真実そのものを掴(つか)み取ることは我々不完全な人間にはなかなかできません。真実はいつも得難いものなのです。
が、この場合、真実は「陰性」と考える方がより合理的です。それは、患者数が激減していた(当時の)兵庫県で、熱の代替診断があり、回復している患者における「事前確率」が低いからなのですが、この話は後でもう少し詳しくします。
こんなわけで、件の患者さんは「コロナなし」と判定されて、隔離も再び解除されました。無事に抗生物質で感染症を治療し、手術も済ませたのですが、要するに現象として「偽陽性」は起きていたのです。
ぼくらは関係諸氏に「二度と、疑ってない患者をPCRに回さないように、二度と」と念を押したのでした(が、同所では、しつこくも「術前全員PCRだー!」の大合唱が起きて、やはり術前PCRが行われることになったのでした。ほんっっと、みんな、検査の勉強が足りてない、ぷんぷん)。
回復した患者でのPCRの偽陽性も起きています。
プロ野球の選手たちでPCRが陽性になったことがありました。彼らの場合、抗体検査も陽性だったので、すでに過去に感染はしていた可能性があります。
その場合、過去の感染の、すでに死んでいるウイルスの遺伝子を検査が拾ってしまった可能性があるのです。実際、その後、再検査した場合に、選手たちのPCRは陰性でしたし(*)。
このとき、専門家のコメントの中に「微陽性」という言葉が出て、ちょっと話題になりました。
医学用語には微陽性という言葉はないのですが、先に述べたように「すごく陽性」「ギリギリ陽性」というように、PCRの「陽性」には実はいろいろな様相の「陽性」があり、それは一律なものではありません。
よって、カットオフ値ギリギリの微妙な陽性、すなわち「微陽性」というのは、正式な医学用語ではないのですが、言い得て妙なネーミングだったとぼくは思います(学術用語として正式かどうか、みたいな形式的な議論は個人的には些末な議論だと思っています)。
註(*) 「巨人・コロナ感染、謎の新語『微陽性』に球界も騒然」(JBpress)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60783
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上、第2章(「ファイル2」)の一部を、少しだけご紹介いたしました。
これに先立つ部分で、PCR検査の仕組みや性質、感度、特異度などについて詳しく説明しています。
第2章(「ファイル2」)のその他の項目は、以下の通りです。
ファイル2: 検査について
◆検査は医者でも誤解だらけ
◆まずはPCRから――定量的検査、定性的検査がある
◆PCR検査は間違える
◆「感度」とは何か
◆「特異度」とは何か
◆偽陽性、偽陰性
◆大事なのは患者の属性――「事前確率」
◆流行のない土地でルーチンの検査での「陽性」の意味は?
◆検査をするか、しないかの判断――入院患者には全員PCRを、の有害さ
◆コロナの感染性――無症候の場合
◆症状のある人はいつ感染性を失うか
◆抗原検査
◆抗体検査の意味
◆抗体検査の弱点
◆検査について、の補足――大事なのは状況判断
◆CTを撮ればよいのか?
◆PCRよりもCTよりも大事な「患者のコトバ」
◆丁寧な病歴の聴取は、感染症診療の基本
光文社新書『丁寧に考える新型コロナ』は全国の書店にて大好評発売中です。電子書籍は10/23(金)リリースです。ぜひ、読んでみてくださいね。
本全体の目次を知りたい方は、以下の記事もお読みください…!!
よろしければ、↓↓ こんな記事も、あります…!!