【13位】ザ・フーの1曲― 荒ぶる極大のR&Bが、怒れる若者の依り代に
「マイ・ジェネレーション」ザ・フー(1965年10月/Brunswick/英)
※こちらはイタリア盤シングルのジャケットです
Genre: Rock, Hard Rock, Proto-Punk
My Generation - The Who (Oct. 65) Brunswick, UK
(Pete Townshend) Produced by Shel Talmy
(RS 11 / NME 70) 490 + 431 = 921
ここでいきなり、ザ・フーが来た。彼らの代名詞的1曲にして、60年代UKロックを代表するナンバーのひとつ――なのだが、これが意外や〈NME〉リストの順位よりも〈ローリング・ストーン〉のほうが高く(前者70位、後者が11位)、ゆえにここに入った。
当曲はザ・フーとしての3枚目のシングルに初出。発表当時の成績は、あからさまな「英高米低」。全英は2位なれど、ビルボードHOT100では74位までしか上がらなかったので、この結果は感慨深い。同名のデビュー・アルバムにも収録されていた。
当曲は、映画『さらば青春の光(原題:Quadrophenia)』(79年)の劇中、ハウス・パーティーのシーンでも使用されていた。モッズ少年ジミーがシングル盤をプレイヤーにかけると、部屋中みんなが飛び跳ねて盛り上がり、合唱する。歌うのはもちろん、バック・コーラスのパート。「俺らの世代の話、してるんだぜ」――と、そんな曲だった。
だがしかし、当曲の真の姿とは、時代や場所の限定つきの「世代歌」などではない。50年代の英文学シーンに花開いた「怒れる若者」の原像を歌の上に置き直したもの、と見るのが正しい。ジョン・オズボーンの戯曲やアラン・シリトーの小説の、ポップ文化版だ。
ピート・タウンゼントのギター・カッティングは、のっけから、まるで打楽器だ。棍棒でなにかをぶん殴り続けているみたいに飛ばす。吃音を強調してシャウトするロジャー・ダルトリーと前述のバック・コーラスの掛け合いは、ブルースのマナーだ。このコール&レスポンスが、ギターとベースで、間奏にて再現される。巷間「ロック史上最初期のベース・ソロ」と呼ばれる、ジョン・エントウィッスルのプレイがここで聞ける。そして最後の最後、貯め込んだエネルギーを全解放する「あばれ太鼓」はキース・ムーン。彼の乱れ打ちにタウンゼントのフィードバック・ギターがのっかって、そして、なにもかもがぶっ壊れる……というのが、おおよその全体像だ。「パンク・ロックの始祖」と評されることもある、激しさ満点の「荒々しい」ロック――いや「マキシマムR&B」がこれだ。
10代でいることの苦悩の本質が、当曲では見事に要約されている。ゆえにキー・フレーズの「年取る前にくたばりたい(I hope I die before I get old)」との一行は、歌の主人公はもちろん、バンド・メンバーや聴き手をも含む「自分自身」にまず、突き刺さってくる。だれでも(生きてさえいれば)「10代だった自分」は存在するからだ。それは一度通り過ぎても、いつまでもつきまとってくる。まるで亡霊のように。固有の痛みとともに。
(次回は12位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)
※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki