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【第27回】晩年のカントに何が起こったのか?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

カントの晩年に鬼気迫る中島義道氏

「限界シリーズ」と呼ばれる私の3部作『理性の限界』・『知性の限界』・『感性の限界』(講談社現代新書)では、多種多彩な仮想の登場人物が自由闊達に議論を繰り広げる。その特徴は、「学問的枠組み」を飛び越えて、人間の遭遇する多様な「限界」に迫る点にある。ぜひお楽しみいただけたら幸いである!

さて、このシリーズに「カント主義者」という人物が登場する。彼は、どんな議論になっても強引に話をカントの哲学に持っていこうとして、その都度、司会者から「そのお話は、また別の機会にお願いします」とたしなめられ、スゴスゴと引き下がるというコメディアン風の役回りになっている。

そのため、高名な哲学者から「君はカントを茶化しているのか!」と怒鳴られたこともあるくらいだが、Twitterなどでは「カント主義者のファンです」とか「笑える」とか「癒される」など、想定外の反響を数多く頂戴して驚いている。

実は、私が「カント主義者」としてイメージしていたのは、どんな話題でも自分の「学問的枠組み」に持っていかなければ会話ができない頑固で偏屈な「哲学者」だった。そこでカントの名前を出した理由は、カントこそが人類史上で最も強固な「哲学」の「学問的枠組み」を創設した思索の達人だからである。

本書の著者・中島義道氏は、1946年生まれ。東京大学教養学部および法学部卒業後、ウィーン大学大学院哲学研究科修了。東京大学助手、帝京技術科学大学助教授を経て、電気通信大学教授。現在は「哲学塾」主宰。著書は『カントの人間学』(講談社現代新書)や『醜い日本の私』(角川文庫)など多数。

中島氏と聞いてすぐに思い浮かぶのは、「哲学はまったく役に立たず、自他の幸福を望むこととは無関係であり、反社会的で、危険で、不健全なもの」(『東洋経済オンライン』2016年7月2日付)と言い切る彼の「正直」な生き方である。

ただし「哲学をしなければ死んでしまう全人口の1パーセント未満の人」が存在し(もちろん中島氏はその一人)、その人々のために旧帝国大学の片隅にでも哲学科があれば十分で、私立大学の哲学科などは「即刻廃止」すべきだと「本音」で語る、日本には稀な哲学者が中島氏なのである(笑)!

本書は、「私は74歳になった。哲学を志してから54年が経つ」という中島氏の言葉に始まり、79歳で亡くなったカントの晩年の姿を淡々と描写する。老カントの規則正しい日常生活、晩年に生じた宗教論争、若き哲学者フィヒテとの確執と決裂、そしてチーズを貪るように食べ過ぎて亡くなる老醜……。大部分は冷静な分析だが、ところどころに中島氏の鬼気迫る言葉が挟まる。

本書で最も驚かされたのは、カントが晩年に遺した『人間学遺稿』に、彼が経験していないはずの人生哲学が立派に理論化されていたという点である。カントは生涯独身で恋愛沙汰もなく、3人の妹は教養がないからと絶交していたにもかかわらず、「秀逸な女性論」が遺されていたとは、驚きではないか(笑)!

ショーペンハウアーは、カントには「美に対する感受性」がないと批判した。そのカントが、「みずから美しい作品を生み出すことのできるひとは、それについて哲学することなどしないで、作品一本に打ち込んだ方がよい。哲学することなどは、思想家にまかせておけ」と書き遺した。やはりカントは凄い!


本書のハイライト

いま哲学に携わっている者たち(とくに老人たち)は、ある若いときに哲学をめざし、幸運なことに、それを一生手放さないことができた。しかし、間もなく死んでしまうのである。それでいいのであろうか? 背筋が寒くなるような虚しさを、やりきれなさを感じないだろうか? 真理をめざすことに生涯をかけながら、それに到達できずに死ぬのである。これほど虚しいことがあろうか?(p. 230)。

第26回はこちら

著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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