【新谷学×石戸諭②】ベッキー、検事長賭け麻雀、甘利明大臣……文春流スクープの「書き方」
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【新谷学×石戸諭②】ベッキー、検事長賭け麻雀、甘利明大臣……文春流スクープの「書き方」

vol.1からのつづき)

ファッション、映画……。趣味から広がる取材

新谷:石戸さんは『ニュースの未来』のなかでゲイ・タリーズ(アメリカのノンフィクション作家。ニュー・ジャーナリズムを牽引した)のことを洒落ていると書いていますね。私もファッションが好きだからその通りだと思いましたよ。タリーズはイタリア系アメリカ人だから、色遣いも仕立てもいかにもイタリアっぽいんですよね。

石戸:そこですか(笑)。僕もファッション好きなので、ずっと注目していました。言及する人があまりいませんが、いろいろな写真を見ながら着ているものにも書き手として、一つの美学が現れていると感じていました。マフィアを描いたタリーズの名作『汝の父を敬え』で、彼のイタリアを強く意識したクラシックスタイルは、同じようにイタリアをルーツとするマフィアの胸襟を開くのに重要な役割を果たしたのではないかなと想像しています。

新谷:それは間違いないと思う。私が大好きな映画『ゴッドファーザー』でも、つい着ているものに目が行きますからね。せっかくだから趣味の話もしてもいいのかな? 今日は長丁場ですからね。

石戸:ゲンロンカフェは脱線しても、趣味の話をしてもいいんですよ。この業界でファッションの話ができる人は少ないので、もう少し聞いてみてもいいですか。今日着ているグレーのスーツもブルックス・ブラザーズの仕立てですか?

新谷:ブルックスでは毎シーズンのようにオーダーしていますが、今日着ているのは既製服です。上はシングルピークトラペルで、パンツはベルトレスでサイドアジャスターがついている。ブルックス伝統のポロカラー(ボタンダウン)シャツには「Scoop」という刺繍が入っています。サービスで入れてくれました(笑)。靴はジョンロブのダービー。

石戸:綺麗に履きこんでいますね。けっこうな年代物とお見受けします。

新谷:何年履いていると思います? 私の結婚式の時に買った靴だから、もう27年も履いているんです。靴はオールデンも好きですが、ソールを替えたりリペアしたりしながら、10年20年と履くことができる。たしかに高いけど、結果的に元が取れるどころかプラスだと思います。

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その筋との付き合い方

石戸:僕の足には国産靴がぴったりくるので、今日はショセというブランドのクラシックなウイングチップです。趣味といえば、ちょうど映画の話も聞きたかったんです。新谷さんは『仁義なき戦い』もお好きで、『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』でもだいぶ熱心に言及されていますね。

新谷:ある時期の週刊文春のデスク会議は、『仁義なき戦い』のセリフで成立していた(笑)。

石戸:あぁいかにも成立しそうです。

新谷:実は私、菅原文太さん演じる「広能昌三」のモデルになった美能幸三さんに晩年かわいがってもらって、呉まで何度か行きましたよ。「Title」で映画特集を作ることになったのですが、いつのまにか私の趣味でヤクザ映画特集になってしまい、鈴木智彦さん(ライター、暴力団などの取材で知られる)と一緒にアポなしで突撃した。呉の高級ホテルで、車椅子に乗った迫力ある老人が出てきて、名刺を渡すと「文藝春秋がいまさら何の用じゃ」と凄まれました。それでもなんとか話を聞かせてくれることになったのですが、それが非常におもしろかった。
服役中、美能さんは差し入れられる文藝春秋を読むのが楽しみだった。ある時、文藝春秋に自分の名前が出てくる記事を見つける。中国新聞が取り組んだ暴力団追放キャンペーン報道「ある勇気の記録」に関する記事、正確に言うと、一連のキャンペーン報道で中国新聞に菊池寛賞が贈られた記念に、担当記者に書いてもらった手記です。
その手記を服役中の美能さんが読んだわけですが、「広島抗争で美能はある組に助けを求めた」といった本人からすれば事実と異なる記述がいくつかあって、眠れないくらい腹が立った、と。
美能さんは自らも手記を書こうと思い立つ。当初、発表するつもりはなかったようですが、美能さんの身元引受人がマスコミ関係者に読ませ、最終的には「週刊サンケイ」が掲載することになったのです。その美能さんの手記を、元読売新聞記者でヤクザ取材に長けた飯干晃一さんがまとめ直して、異例の反響を呼び映画化された――。

石戸:うん? すごく良い話なんですけど、いま伺いながらどこかで読んだ記憶が蘇ってきました。

新谷:これ全部「Title」で記事にしましたから。

石戸:あぁリアルタイムで読んでいたからだ(笑)。ヤクザ映画好きなら、そっち方面の取材も多かったんじゃないですか?

新谷:さすがに編集長になってからはありませんが、私が記者の頃はヤクザ映画にいかにも出てきそうな「その筋」の方たちへの取材はありましたよ。私が必ずやっていたのは、たとえばお土産をいただいた時、紙袋の底をポンポン叩いて確認すること。底にお金や商品券が入っていると、妙な膨らみを感じるわけです(笑)。そういう時は、「いただくと、これからお付き合いできなくなるので!」と言って必ずお返しする。

石戸:地方支局で事件担当だったころに少し取材した経験があります。彼らに限らず、取材先と金やモノの貸し借りは総じて危ない。どんな相手でもきちんと返さないといけないですよね。

新谷:当然ですが、受け取ることはあってはいけない。底を確認しないで大臣室で金品を受け取ったのが甘利明さん(自民党幹事長)ですよ。やっぱりきちんと底をポンポンと確認しないと(笑)。妙な釈明や弁明を繰り返してはいつまでも信頼なんて得られませんよ。

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賭け麻雀を書かないといけない

石戸:『ニュースの未来』を書いて思ったことがあります。ジャーナリズムとはなんぞやとか、マスコミの役割とは何かみたいな話を小難しく語ることが好きな人がいますが、僕はそれよりも自分が書いたこと、発信したことがすべてであるという前提で書いています。

新谷:頭で考えすぎなんですよ。肉体言語の世界で生きてきた私からすると、ちょっと遠い。

石戸:たとえば黒川弘務元検事長が朝日新聞、産経新聞の記者と賭けマージャンをしていたというスクープを文春が報じました。そこで疑問だったのは、朝日も産経も文春を抜き返すなら参加した記者による手記を載せるしかないのに、なぜかやらずに処分を優先したことです。
あのタイミングで黒川さんとマージャンができるということ自体、ネタ元に食い込む力を持ったエースと言ってもいい記者で、しかも他社はいないわけです。明るみになった以上、書けるチャンスはここしかない。

新谷:その通りです。「癒着なんてけしからん」と批判するのは簡単です。でも、ネタを取るためには癒着といわれるほどに食い込まなくてはならない時もある。であれば、なぜそのような取材が必要なのか、その結果どのような情報を取ったのかについてきちんと書いたらいい。渦中の黒川さんとマージャンをやるのは記者としては圧倒的に正しいですよ。マージャンが好きだからやるんじゃなくて、ネタを取るためにマージャンしているんだから。録音して、「本当に検事総長になりたいんですか?」といったことを聞いて、全部書けばいいんですよ。

石戸:記者なら録音できない場合でも、トイレにいくふりをして素早くメモを残しておけば十分な証拠になりますからね。今ならスマホでもメモができるし。

新谷:癒着と責め立てたり、コンプライアンスの問題にしたりしてはいけないですよね。それにしても、黒川さんっておもしろい。新型コロナ禍の緊急事態宣言下で深夜2時までマージャンですからね。この人、本当にマージャンが好きなんだと思った。彼がどんな打ち方をするのか興味が湧いてくる(笑)。

石戸:いや、本当におもしろいですよ。人間的な興味もつきない。刑事事件は刑事事件ですが、これはつまびらかに書いた上で罪を償えばいいんですよ。

新谷:これが本当の“総長賭博”だ。

石戸:(笑)こんな対応だと現場は萎縮していますね。文春の若手はどうですか。

新谷:いまは理想的な環境だと思いますよ。新聞社からも、ウェブメディアからも「文春でスクープを取りたい」と記者が移ってきて、いい意味で野心に満ちた競争も続いています。文春リークスにはタレコミもたくさんきますが、それを野心的な記者に振ると必死に詰めて、新たなスクープが生まれる。
こちらは畑を準備して、そこに種をまいて、育ちやすい環境を整えるまでが仕事です。現場の記者はリスクを取って仕事をすることになりますが、当然、責任はこちらで取る。「フルスイングでいこう」と現場に送り出せば、若手でも結果を出しますよ。あれするな、これするなだと無難な仕事しかしなくなってしまいます。

石戸:今の新聞社は型にはめすぎです。型はなんのために必要なのかという説明をうまく上司や先輩ができていない。速報記事はいつも、誰でも、同じように、素早く書けるために開発された文体です。これはこれとして、他にもいろいろな伝え方があってもいいのに、自由に冒険できる環境にはない。せっかく取材をしているのにもったいない。
型を身につけた後は、型を破っていく時間が必要で、型が破れた瞬間にこそクリエイティブが宿ると思います。

新谷:スキルとか、気づきとか、そういう言葉が好きな人が多いんですけど、現場で体で覚えていくことのほうがはるかに大事ですよ。

石戸:新谷編集長の「文藝春秋」はもっと肉体言語路線になりますか?

新谷:そうですね。賢く見せるための雑誌ではなく、菊池寛が創刊の辞で書いている「自由な心持」を大切にしたいですね。私が編集長になってから最初の号で渋沢栄一の特集を鹿島茂さんにお願いしたのですが、タイトルは〈渋沢栄一「二人の妻とお妾さん」〉。資本主義の父としての功績ではなく、それを陰ながら支えたお妾さんのことを書いていただきました。渋沢さんも、自分がしていることに後ろめたい気持ちはあったけど、やめられなかった。でも、わかっちゃいるけどやめられないのが人間の本質ですからね。そういう人間の業を丸ごと肯定したいと思ったのです。

スキャンダルの罪?

石戸:しかし、ここであえて問いたいのですが、文春のベッキーさんの不倫スキャンダル以降、スキャンダルというのは「安心して叩ける相手の提供」になってしまったという側面はあると思います。業を肯定するのではなく、業を報じることで石を投げつけられる相手を教えてしまうということです。そこには書き方の工夫は必要ではないでしょうか。
「文藝春秋」で掲載してもらった自粛警察の若者のルポでも感じましたが、彼を駆り立てていたのはインターネット上の大量の書き込みです。パチンコ店に突撃する彼を応援した少なくない人がいて、彼は対象を叩くことで自分の正義感を満たしていた。スキャンダルと自粛警察が同じだ、という話ではもちろんありません。ですが、今の時代、叩ける対象だとみなされた瞬間からエスカレートする言動への注意は必要かなと思っています。

新谷:よくわかります。そこは文春でも相当気を配っていて、アイドルのスキャンダルを記事にする時も、現場には「恋愛禁止だからけしからん」といった書き方はやめようと言ってきました。アイドルだって人間なんだから恋をしたり、泥酔したりもするでしょう。ベッキーさんも道ならぬ恋だったけど、それが人間じゃないですか。だから断罪するような書き方はダメだという話はずっと共有してきた。
難しいのは、週刊文春の記事をきちんと読んでいる人ばかりではないということ。インターネット上の見出しになったり、ワイドショーで取り上げられたりして、外形的な事実ばかりが強調されるようになると社会の懲罰感情が制御できないほどに高まってしまう。
そこをどうするか。「だったら書くな」と言われると仕事にならないわけです。書きっぷりだけではなく、さらに拡散し、炎上したその後、何かできることはないかということも考えてきました。
ベッキーさんの時は、所属事務所の社長にお会いして、「バッシングの中、多くの人々にメッセージを届けるなら、完全アウェーの週刊文春に出て語っていただくことがいいのではないでしょうか」と提案しました。最終的にはインタビューはかなわず、ベッキーさんが書いた手紙を掲載しましたが、とても誠実な文面でした。その手紙を読んでいただければ、印象はかなり変わったと思います。
我々としてはファクトを書いているだけで、別に「許せない」「けしからん」という感情はないんです。書かれた側が発言できる場所も作っていこうと思っていますが、なかなかわかってもらえないのが辛いところですね。
だからこそ、インタビューなど私が発言できる場では、可能な限り、取材の意図について説明するようにしています。かつては週刊誌も新聞もテレビも「記事がすべて」で、説明はしないというスタンスでしたが、今はプロセスも大事な時代だと思っているので。「文春はこう考えているんですよ」と丁寧に説明することも必要な時代になってきています。

石戸:僕はやっぱりプロセスを一つの記事の中に盛り込んでいくような書き方が大事だなと思ってしまいます。

新谷:そうです。書き方はものすごく大事。

石戸:僕の仕事ならニューズウィーク日本版の「百田尚樹現象」や「自粛警察」のルポでも、目的や手段、小さなファクトからその人の人間性が浮かび上がるような部分は可能な限り書くようにしています。人格否定につながらないようにしないといけないなと。

新谷:うん、わかりますよ。ギスギスした懲罰感情を刺激するためにやっているわけではありませんからね。週刊誌も文体を模索しないといけないと思っています。私が事件をずっと追いかけていたときに、目標にしていたのはトルーマン・カポーティの『冷血』なんですよ。ああいう原稿を書いてみたいな、と。石戸さんが好きなニュー・ジャーナリズムですよね。
何回か手応えのある原稿を書いたことがあって、その時は石戸さんの古巣でもある毎日新聞大阪社会部から転職してきたデスクに「行間から血のにおいがするな」と褒められた。めちゃくちゃ鍛えられたデスクだったので嬉しかったですね。

石戸:事件取材といえば大阪社会部ですからね。大阪本社管内(関西、中四国)の支局も事件重視でしたから、最高の褒め言葉であることはよくわかります。しかし、新谷さんは新聞記者というキャリアもありえましたね。

新谷:今から思えば、けっこう向いていたかもしれない。社会部長くらいまではなれたかな(笑)。

石戸:事件が大好きな破天荒な記者として、部長よりちょっと上でキャリアを終えるパターンかもしれませんが(笑)。


vol.3につづく

この対談は、2021年9月17日に、ゲンロンカフェ主催のトークイベントとしてインターネット配信された番組の一部です。同番組は、放送プラットフォーム「シラス」の「ゲンロン完全中継チャンネル」にて、2022年3月17日までアーカイブ(https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210917)を公開しています(有料)。以降の再配信やアーカイブの視聴については、ゲンロンカフェのHP(https://genron-cafe.jp/event/20210917/)をご確認ください。


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