見出し画像

日本の経営をめぐる「悲観論」から脱却しよう|岩尾俊兵

10月18日(水)に光文社新書より発売された『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(岩尾俊兵)。「ティール組織」「オープン・イノベーション」など最先端と思われがちな経営理論が実は戦後日本では当たり前のように実践されていたことを示すとともに、なぜ今の日本ではそうした知見が受け継がれていないのか、過度な欧米信仰に偏ってしまった要因を明らかにしています。
中身が気になる方のために、序章~第6章から選りすぐりの箇所をピックアップしてお届けします。今回は序章(日本の経営をめぐる悲観論は正しいのか)です。

 世界的な企業家たちが、過去から現在にいたるまで、日本の経営に注目し続けている。
 たとえばあのアマゾンの創業者で、いまや世界有数の大富豪でもあるジェフ・ベゾスは、日本の経営から現在でも多くを学んでいると公言している

 そんな主張に触れると、この本を手に取っていただいた方の多くは「そんなバカな」という反応をされるだろう。
 なぜなら昨今よく聞く言説とは真逆の主張だからだ。
 そんなわけないだろう、日本の経営は世界と比べて遅れているのだから、というのである。その反対に、アメリカと日本の関係を長期観察してきた実務家や一部の研究者など、ごく少数の方々からは「世界的な企業家が日本の経営に注目しているなんて、そんなあたりまえのことを、何をいまさら」という反応があるかもしれない。

 だが、流行りの言説に騙されず、現状をきちんと認識しないと、日本企業にとってきわめて現実的なデメリットがある。流行に右往左往することで企業経営の土台が危うくなる、あるいは本来得られた利益を逃す。これは、企業経営者、リーダー、従業員、コンサルタントなど日本に住むすべての人にとって不幸をもたらすだろう。
 その意味で、日本の経営は、今、危機の真っただ中にある。日本企業が自らの強みを捨てている一方で、世界がそれを虎視眈々と狙っているからだ。

 実は、現存する世界的なコンサルティング・ファームのいくつかも、その創業期には日本企業の調査研究をおこない、日本企業から経営を学んでいたことがある。むしろ、それらの企業は、当初は日本の経営を研究するために設立された節さえ一部あるのだ。
 たとえば、コンサルティング業界のリーディングカンパニー、ボストン・コンサルティング・グループ(ボスコン、BCG)の創業者ブルース・ヘンダーソンは、トヨタ生産方式について研究していた時期があった。ヘンダーソンは、1986年に「The logic of Kanban(カンバン方式の論理)」という論文を『Journal of Business Strategy』誌に発表しているほどだ。
 BCGといえば、マッキンゼー・アンド・カンパニーと並んで世界トップの一角を担う、戦略系コンサルティング企業である。そのBCG創業者の関心の一部が、少なくとも当初はトヨタ生産方式の理解に向けられていたのだ。

 これに関して、BCGの日本採用第一号だった三枝匡氏が、『戦略プロフェッショナル』(ダイヤモンド社、後に日経ビジネス人文庫)の中において、興味深い指摘をしている。それによれば、1960年代からの30年ほど、BCGなどアメリカの主要なコンサルティング・ファームは、日本の経営ノウハウを商売上「売れる」材料とみなして、アメリカやヨーロッパに売り込んできたという。
 そもそも、BCGがボストンの次に設立した支部は、1969年に設立された東京オフィスである。そして、BCG創業メンバーで東京オフィス初代社長は、「日本的経営の三種の神器(従業員の一生涯にわたる企業へのコミットメントを引き出すために用いられる終身雇用、年功賃金、企業別労働組合などの諸制度を指す)」という概念を提示し、日本的経営の研究を生涯追究し続け、後に日本国籍をも取得した、ジェームズ・アベグレンだ。
 実際に、BCGの初期の調査には、戦後の日本企業の躍進についてのものが多い。そして、そうした調査の中で生みだされていったのが「経験曲線効果(累積生産量が2倍またはn倍になるたびに一定の割合で単位当たり総コストが低下する現象)」や「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(経験曲線効果を前提として、事業を、成長率と市場シェアとを使って、花形・問題児・負け犬・金のなる木の四つに分類して資金の流れを考える経営戦略フレームワーク)」だった。

 一般的には、GE(ゼネラル・エレクトリック)社といったアメリカ大企業との共同研究から生まれたとされるこれらのコンセプトも、急成長する日本企業が念頭にあった可能性がある。
 たとえば、本書で後に登場する、BCGが1970年代におこなったホンダの海外進出についての調査などは、これらのフレームワークが活用された代表例である。また、現在ではBCG発のフレームワークとして喧伝される「タイムベース競争」にいたっては、明確にトヨタ生産方式からの応用である。

 このような主張に触れたところで、「いや、そんな昔の話をされても」とか「過去には日本企業も頑張っていた時期があるかもしれないが、現在はすべてにおいて遅れているのだ」といった反論の声が聞こえてくるだけかもしれない。
 しかし、冒頭のアマゾン創業者ジェフ・ベゾスの「カイゼン」への取り組みなど、本書を最後まで読んでくだされば、こうした反論が正しくないことが分かるだろう。世界的に活躍する企業家も、外資系コンサルティング・ファームも、過去から現在に至るまで、日本の経営から学び続けているのである。

 このような主張に触れたところで、「いや、そんな昔の話をされても」とか「過去には日本企業も頑張っていた時期があるかもしれないが、現在はすべてにおいて遅れているのだ」といった反論の声が聞こえてくるだけかもしれない。
 しかし、冒頭のアマゾン創業者ジェフ・ベゾスの「カイゼン」への取り組みなど、本書を最後まで読んでくだされば、こうした反論が正しくないことが分かるだろう。世界的に活躍する企業家も、外資系コンサルティング・ファームも、過去から現在に至るまで、日本の経営から学び続けているのである。

目次

著者プロフィール

慶應義塾大学商学部准教授。平成元年佐賀県生まれ。東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学史上初の博士(経営学)を授与され、2022年より現職。組織学会評議員、日本生産管理学会理事を歴任。第73回義塾賞、第36回組織学会高宮賞、第37回組織学会高宮賞、第22回日本生産管理学会賞、第4回表現者賞等受賞。主な著書に『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)、『Ambidextrous Global Strategy in the Era of Digital Transformation』(分担執筆、Springer)ほか。


光文社新書ではTwitterで毎日情報を発信しています。ぜひフォローしてみてください!