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introduction: 教養としてのロック名曲ベスト100 by 川崎大助

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロックの名曲を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

名盤ベスト100から、名曲ベスト100へ

今度は、曲だ。

夜空の星のそのすべて――には、さすがに及ぶべくもない。でもしかし、銀河のひとつやふたつぐらいに匹敵する程度には数多く、これまで世に送り出されてきただろう、「曲」というもの。「歌」というもの。そのなかから、これぞ究極の「ロックの名曲」ベスト・オブ・ベストだというものを100曲、これからお届けしたい。日本においては「洋楽」と総称されることの多い、米英のロック音楽、その選び抜かれた名曲を、100位から1位まで、カウントダウン形式でお送りしよう。

曲とは、あるときはチューン(Tune)とも称される。Hit Tune の「チューン」だ。ナンバー(Number)なんて言いかたもある。Last Number とか Bluesy Number とかいう具合に。これらは英語の慣用句だ。米英という英語圏の2国のあいだで基礎的な発展のすべてを遂げたものがポピュラー音楽であり、そのほとんどの要素が集約されたハイブリッド、一種の精髄として20世紀半ばの1950年代に形になった音楽様式がロックンロールだったからだ。

ゆえに、これから挙げる100曲は、ロックの「究極」というだけではなく、もっと大きな文脈からとらえてみることもできる、人類の至宝だとまで言っていい。20世紀後半以降、全世界の「若々しい」文化が先導していく社会の変遷を、つねに陰に日なたに彩っていた無数の商業芸術作品のなかでも「きわめて特徴的な効果を発揮した」成功例が、ここに並ぶからだ。つまり最上級の「突端」だ。

であるから、あなたが「ロック通」を自認している人ならば、この100曲をすべて先刻ご存じでなければ、どうにもおかしい。ただ同時に、僕はこうも確信する。「この100曲が、こう並ぶだろう」と事前に予想できた人は、まずいないはずだ、と。それほどまでにも、「びっくり」ポイントも数多い、不思議なランキングとなっているのだ。なおかつ「なるほど、言われてみれば、そうか」と納得させられてしまうような、不気味な説得力もきわめて高い。そんなリストとなっている。

といっても、この100曲を選んだのは、僕ではない。つまり「筆者である川崎大助が主観に沿って選んだ、『僕の』ベスト100曲」では、全然ない。この100曲およびその順位は、科学的根拠にもとづいて導き出されたものだ。つまりこのランキング・リストにかんして、僕には、とことんまでに客観的立場しかない――。

と書くと「ああ、あれか」と思い出してくださるかたも、いるかもしれない。2019年の夏、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)と題した一冊を僕は上梓した。そこではロックのアルバムを対象として「名盤中の名盤」を選び出し、ご紹介した。当連載はその続編であり「なくてはならない」姉妹編だといえる。いや、もしかしたら「本番はこっち」なのかもしれない。

(書籍のもとになった連載はこちら。全部読めます)

この「ベスト100曲」は、「あれか」の前例と同様の方法にて集計された。アメリカ、そしてイギリスにおける「最強のロック名曲ランキング・リスト」を素材として、それらの順位から数学的に序列を導き出した。「米英本国の聴き巧者たち」が選んだリスト、その代表的なものを題材としたわけだ。

前者、つまりアメリカで最も有名なものが、音楽雑誌〈ローリング・ストーン〉(1967年に創刊)が2004年に初版を、改訂版を2010年に発表した「500 Greatest Songs of All Time」だ。後者、イギリスのそれは音楽メディア〈NME(ニュー・ミュージカル・エクスプレス)〉(52年に新聞形態で創刊)が2014年に発表した「500 Greatest Songs of All Time」だ。
(※筆者注:〈ローリング・ストーン〉のリストは、2010年の改訂版を使用した。)

両者の発表に時間差があるのは、いつも〈ローリング・ストーン〉がこの種のリストを先に発表しては、〈NME〉が対抗措置(?)をとる、という順序がお定まりとなっているからだ。僕の前著では、この両者のアルバム編リストである「500 Greatest Albums of All Time」を素材とした。このときは〈ローリング・ストーン〉が2003年に初版を、改訂版を2012年に発表していて、〈NME〉が翌2013年に自らのリストをぶつけていた。

今回の僕は、両者の「名曲」リストを素材としたのだが、集計方法は前回の例に倣った。つまり、のちに記す方法で「〈ローリング・ストーン〉と〈NME〉のリストの中間値」を求めてみた――ところ「これはアルバムのときよりもやばい」と直観できる、きわめて「やんちゃ」なリストが出来上がって……しまった。やはり。

「One-Hit Wonder」

なぜ「やはり」と僕は言うのか? これは簡単で、1枚のアルバムよりも1曲のほうが、たやすく、たまたま、「ヒットすることがある」からだ。だから要するに「場が荒れる」ことになる。こうしたランキング方式リストの場合には。

たとえば英語には「One-Hit Wonder」という言葉がある。日本語にすると「一発屋」だ。生涯ただひとつの曲しか「ヒット」しなかったとしても、歴史に名を残す音楽家は、じつは数多い。そんな人を指した言葉がこれなのだが、問題は、その「たった一発」が、ときには「ビートルズ・クラスの名曲」よりもずっと鮮明に、根強く、世の人々の記憶に残り続ける場合もままある、からだ。

つまりアルバム編のときにはなかったような不確定要素が、「曲単位」ならば容易に入ってくることになるわけだ。そして、これこそがロックの、いやポップ音楽最大の「マジック」にもつうじている、最短距離直通の「抜け道」みたいなものでもある。

一発屋の1曲が「永遠の名盤アルバム」よりも、ときには、ずっと激しくまばゆく光り輝くこともある、ということ。これはつまり、あなたの心のなかに残った「たった1曲」が、それを聴いたときの記憶ともども、生涯忘れ得ない宝物となる――なんて体験が「普通によくある」ことを意味する。こんなとき、あなたの記憶のなかに残った「輝き」の痕跡こそが、ポップ音楽の強度そのものの証明だ。

ロック音楽は、50年代に一般化したLPレコードによって、つまり「アルバム」という形によって大きく発展していった。しかし、その最初の棲息地域は「1曲1曲の強度」によって、こつこつと地道に獲得していくほかなかった。その時代すでに完成しきっていた「ポピュラー」音楽の大海のなかにおける、「ロック以前の」すべてのものとの、逐一の真っ向勝負を構えた上で。

ときにその勝負は、ジュークボックスを舞台に繰り広げられていった。ひとつひとつのバトル(硬貨を投げ入れた手の指が、どのドーナツ盤の番号を選ぶのか、という闘いだ)に勝利していくところから、20世紀の後半を支配した「ロックの時代」は始まっていった。

言い換えると、こうした局地戦で地道に勝ちを拾っていけるような「強い曲」「ヒットする曲」がなかったならば、アルバムの時代はおろか、ロックの時代も始まりはしなかった、ということだ。つまり「強いロックの曲」がなければ、レコード産業がビッグ・ビジネスになることは、「歴史上あり得なかった」かもしれない。

なぜならば、アルバムとは「買うもの」だったからだ。だからレコード会社を中心とした音楽産業は経済的に大きく発展していった。「売れるアルバムを作ることができる」ロックスターは、王侯貴族のような暮らしができるほどお金が儲かった。

対して、客の側から見てみれば、曲とは元来「無料で聞き流す」ものだった。それが基本的な付き合いかたの、第一だった。ラジオから流れてきて、あるいは、だれかが操作したジュークボックスから流れてきて、そして「たまたま」耳に入ったそれに「お、いいねえ」なんて反応したところが出会いとなる――そんな構造だ。

だからなんのことはない、「サブスクリプションの時代だ」なんてよく言われる昨今だが、「ポピュラー音楽にかんして言うならば」そもそもの出どころが、そんなものだった。「無料の聞き流し」が原点だった。無制限の聴き放題こそが。

聞き流しから始まって、そこでお客に「もう一度聴きたいな」と思わせられた曲。「シングル盤を買ってまで」何度も繰り返し聴きたいな、と思わせることに成功した曲……これが「勝ち抜けた」曲だ。こうした勝者たちに「ロックンロールが多かった」というだけの理由で、50年代以降のポップ音楽の天地は開闢されていった。

つまり「名曲について」考えるということは、ロックの起源、その生命の炎を生み出した「最初のスパーク」の数々を観察してみるという態度と同義となる。さらにはその行為は、ポピュラー音楽の始原へと、来た道をたどっていく旅ともなるだろう。

だから僕は、この「名曲ベスト100」について、「本番はこっち」なのかもしれない、と述べた。前著が新約聖書だとしたら、今回は旧約聖書的であり、さらには、そこからずっと下って宗教改革以降に至るまでの巨視的総覧を、これからご覧いただくことになるだろう。

具体的な集計方法

ではここで、〈ローリング・ストーン〉と〈NME〉のリストから「中間値」を求めた、具体的な集計方法について記そう。まず、(1)リストに並ぶ、のべ1000曲から「両方のリストにランキングされているもの」だけを抜き出した。この時点で1000曲が141曲に絞られた。次に(2)それぞれのランキングの最上位から最下位まで、順位に沿ってポイントを付与し、曲ごとに双方のポイントを合算し、トータル・ポイントの多寡によって順位を決した。そのうちの上位100曲――つまり1000曲から選びに選び抜かれたベスト100が並ぶのが、このリストだ。

ポイントの付与は、こんなルールだった。リストの1位にある曲に500点、2位が499点と、順位がひとつ下がるごとに1点ずつ減らしていった(つまり500位は1点だ)。こうしたポイント方式のため、複数曲が同スコアとなる例もあった。そんな場合は、発表年(月日)が古いものを上位に、新しいものを下位に置いた。そうした理由は、先行する作品を参照しながら制作を進められるため「後発組のほうが原則的に優位にある」と考えられるからだ。そして、とんでもなく不思議で、同時にまた、不気味に説得力の高い「ベスト・リスト」が完成した。 

この「不思議」の発生源は、アルバム編でおなじみ、両者のリストの個性的な――いやもっと正直に言うと、それぞれの「わがまま勝手な」――偏向から生じた。ただし今回は「妥当性は高いが凡庸」という特徴を持つ〈ローリング・ストーン〉のセレクションのほうに、ほっと胸を撫で下ろしたくなる瞬間が僕には多数あった。

なぜならば、〈NME〉がいつも以上に「ちょっとそれは」と言うほかない、度を超した意固地さを見せつけていたからだ。あのー、あなたたち「今週のベスト」を選んでるの? 「オール・タイム・ベスト」なんじゃないの?……と僕は、集計の途中で幾度思わず口にしたことか。ゆえに今回は、言うなれば「オッチャン(ローリング・ストーン)」が選んだ、「そんなものかもね」という妥当な名曲群とその順位を、かたくなすぎる「文化系サークル学生(NME)」が、次から次へとダメ出ししては突き崩していく――というような構図となった、のかもしれない。

たとえば〈ローリング・ストーン〉の名曲ベスト1は、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」(65年)だった。さもありなん。普通だ……しかしこれを、なんと49位という低位にブチ込むのが〈NME〉リストだったりするのだ。逆に〈NME〉は、ザ・スミスはもちろん、パルプやニュー・オーダーやアークティック・モンキーズの曲などが「これでもか」と10位以内に乱打されるという「俺流」のありさまなのだが……言うまでもなくこれらどのアーティストの曲も、〈ローリング・ストーン〉リストの10位圏内にはない。

という、まさに「潰し合い」なのか、ロック大国としてのお互いの誇りをかけた、ナニかなのか……そんな両者の譲れぬ価値観の正面衝突を数学的に交通整理した「結果」こそ、当リストにて僕がご披露するものだ。ぜひ特等席で、世界で最初に、この驚きと納得の「ベスト100曲」を、じっくりご覧いただきたい。

「ヒットすること」以外の価値軸


また、この点もぜひご注目いただきたいのだが、こうした過程を経て洗い出された100曲であるだけに、ポップ音楽における「ヒットすること」以外の価値軸が如実に浮かび上がってくることにもなった。なぜならば、当リストの素材となったふたつのランキングが、売り上げ数字にもとづいた機械的な「ヒット・チャート」ではなかったからだ。そうしたチャートの影響も多大に受け止めた上での、選者たちの「こだわり」の集積から、結晶化していったものだったからだ。

だからまるで、泥まみれの川から砂金をすくい出していくときのように――通常のヒット・チャート集成では残らないような曲やアーティストが、意外な実力を見せつける局面も、これから多数、あなたは目撃することになるはずだ。

「売れることがすべて」で始まったはずの世界のなかで、「でもしかし」と踏ん張る側もいる。偏向や「えこひいき」で、人生そのものを賭けて、自らの輝きの痕跡を無茶推ししようとする者どもがいる。そんなところから不意に急浮上してくる悲喜こもごももまた、ポップの本当の貌を、「真価」を我々に垣間見させてくれるだろう。

その「真価」とは、きわめてパーソナルなところに端を発する。アーティストの息吹きと、あなたの魂の奥深くが、録音物をつうじて「直に」触れ合う瞬間にのみ許される体験、その純度の高低を問うたものがこのリスト、なのかもしれない。ロックの神様なのか、音楽の神様なのか、ともあれそんな宇宙的存在が高所から見下ろしている物質世界全体のかなり下のほう、地べたに近いあたりで、我々聴き手は、作り手であるアーティストと「通信」を試みることがある。その行為をとおして、「より上層の世界の広がり」を垣間見てみようとするのだ。あらゆる芸術的行為と同様に。

そんな行為の媒介となるものの、音楽的な最小単位が「曲」なのだ。

そして曲とはまた、商品としての音楽の最小単位でもある。アルバムの構成要素のひとつとなるもの。アルバムがハードカヴァー書籍のように、長篇小説や連作短篇がなかに詰まったものだとすると、章のひとつ、ないしは一本の短篇、ショート・ショート、いやもしくは、それこそ俳句ぐらいのもの――であるのが「ひとつの曲」だ。つまり、物質を構成する原子にも等しい。

そんな「ひとつの原子」ごときが、しかし歴史上、とてつもなく重要な役割を果たすことがあるのを、我々は経験上よく知っている。「アルバムにはそぐわない」ままに宙づりとなってしまったような「断章」が、いかに数奇な運命を、ファンに、そしてもちろんアーティストにも招来し得ることか……たとえば、たった3分間ほどのあいだに、あなたの世界観が永遠に変わってしまうこともある。

だれにだって「人生のサウンドトラック」はある。長大なるそのプレイリストに加えるべきナンバーは、チューンは、きっとこの100曲のなかに、いくつもあることと僕は信じる。なぜならばこのリストには、膨大なる人々の「人生のスライス」を円盤状に固めて、ストックしていったものの最上級があるからだ。あたかもそれは、ジュークボックスの内部であるかのように。

だからぜひ、ありったけのコインを用意して、これからの道程にお付き合いいただきたい。アルゼンチンの碩学、ホルヘ・ルイス・ボルヘス調に言うと、広大無辺なる「バベルのレコード店」から選びに選び抜かれた「たったの100曲」が、このマシーンにはいま、積み込まれているのだから。■

川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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