【第30回】そもそも「教育」とは何か?
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【第30回】そもそも「教育」とは何か?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

アリストテレスの「スコレー」と現代日本の「生存競争教育」

古代ギリシャ時代の哲学者アリストテレスは、多彩な分野の知識を数百巻の書物に体系化したため「万学の祖」と称される。彼の名前は、今でも哲学、論理学、倫理学はもちろん、政治学、詩学、演劇学に登場する。さらに彼の「自然学」は、現代の物理学、天文学、生物学を包括する超大作である。

彼の「自然学」に含まれる「動物誌」は、520種類の動物を「有血」(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)と「無血」(昆虫類、甲殻類、有殻類、軟体類)の特性で細かく分類している。彼は、ウニ類の形態を精密に観察し、その口器が古代ギリシャ時代の「提灯」に似ていると書き残した。そのため、ウニ類の口器は「アリストテレスの提灯」と呼ばれるようになった。

アリストテレスは、人間を「知を愛する」動物とみなした。そして、まさに彼自身が62年の生涯にわたって知を愛し続けた。彼は、世界で生じる現象すべてに知的好奇心を抱き、根拠や理由を探究し、分類整理して体系化した。

彼は、人間の「幸福はスコレーのうちにある」と述べている。古代ギリシャ語の「スコレー」は「余暇・閑暇・ゆとり」を指示し、これがラテン語の「スコラ」(学校)を経由して、英語の「スクール」(school)に変化した。

つまり、アリストテレスによれば、人間は知を愛する動物であり、人間の幸福は余暇のうちにある。「学校」の語源は「知を愛するための余暇」であり、本来は、そこにいる学生は「幸福」であるはずだということになる!

本書の著者・神代健彦氏は、1981年生まれ。広島大学総合科学部卒業後、一橋大学大学院総合社会科学研究科修了。一橋大学・日本女子大学非常勤講師などを経て、現在は京都教育大学准教授。専門は教育学・教育史。著書に『道徳教育のキソ・キホン』(共編著、ナカニシヤ出版)や『悩めるあなたの道徳教育読本』(共著、はるか書房)などがある。

さて、日本の教育は、アリストテレスの理想から遥かに逸脱したように映る。現代の日本で求められている教育は、「生きる力」(文部科学省)、「人間力」(内閣府経済財政諮問会議)、「就職基礎能力」(厚生労働省)、「社会人基礎力」(経済産業省)、「エンプロイヤビリティ」(日本経営者団体連盟)など……。

神代氏は、これらの「生きる力の教育」を「生存競争の教育」と位置付け、それに「反抗」すべきだと主張する。「本書が提案したいのは、わたしたちの社会の教育を『ゆるめる』ことだ」から始まる本書には、教育家族、教育依存や教育思想などの視点から、現代の「張りつめた」教育が批判される。

本書で最も驚かされたのは、「教育に過剰な期待を寄せるな」と主張する一方で、その過剰な期待から解放された教育に未知の「世界と出会う」という期待を寄せる著者の矛盾であり、その矛盾に著者自身が気付いている点である。

要するに、昔の学校は「役に立たない無駄なこと」を教えたが、今の学校は「人生の成功」に役立つことを教える。現代の学生は、一生の「平日の仕事」に就くための「生存競争教育」で張りつめているが、本書は、それをゆるめて、「かけがえのない休日の過ごし方」の教育を再提案するというわけである。


本書のハイライト

だから必要なのは、消費(需要)の面から経済に(も)貢献するような教育と、それを導く教育学なのである。それらは、働くこと(平日)の役に立つことを、あえて拒否するわけではない。しかし本質的にはむしろ、生産よりは消費の、労働よりは余暇の、平日よりは休日の充実を準備するという仕方で、個人と社会のよさに関わっている。わたしが強調したいのは、そんな、休日のためのゆるやかな教育と教育学なのである(pp. 231-232)。

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著者プロフィール

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高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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