「はじめに~プロローグ」を特別公開!『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020-2021』保健所・都庁の中の人が語る、あの夏の闘いの相手とは…
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「はじめに~プロローグ」を特別公開!『保健所の「コロナ戦記」TOKYO2020-2021』保健所・都庁の中の人が語る、あの夏の闘いの相手とは…

光文社新書

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保健所のコロナ戦記
in TOKYO 2020-2021

2020 年から 2021 年までの
大いなる感染症の流行に襲われた東京における
公的および私的なもっとも驚くべき出来事の報告
あるいは覚書
その間ずっと東京都内の公衆衛生行政機関で働いていた
公衆衛生医師による未公開の著書
A Journal of the COVID-19 arising year:
Being observations or memorials of the most
remarkable occurrences, as well public as private,
which happened in Tokyo during the last great
visitation in 2020 - 2021:
Written by a public health doctor who continued
working at the local government all the while in Tokyo:
Never made public before


はじめに――ミッション・インポッシブル(もしくは、闘う公衆衛生医師)――
 


任務につくまえに、ひとこといっておきたい。決して忘れないでくれ。任務を立派に果たしても、だれからも感謝されることもないし、トラブルに巻き込まれても、だれも助けてくれない。いいね?

(『英国諜報員アシェンデン』サマセット・モーム、新潮文庫)



本書の著者は、メモ魔で、手紙魔で、日記を書かないと眠れないという、読むことよりも書くことに依存している「活字中毒者」である。

趣味は映画鑑賞、特技は一人遊び、社交的でバランス感覚の良いてんびん座であるが、弱るとネガティブ思考に傾きがちで、自尊心が低下することがある。とはいえさすがに半世紀近く生きてきて、モラトリアムや自分探し、バーンアウトも経験済みであることから、ある程度のコミュニケーション能力とサバイバル能力は培(つちか)ってきた。

そんな人物が、2020年から2021年、保健所と東京都庁の感染症対策部門の課長という立場で新型コロナウイルス感染症対策の第一線に立ち、現場の指揮を執ることになった。

ミッションはただ一つ。つぶれないこと。
戦場にたとえていうならば、とにかく生き延びることである。

激務にあっても何かを書かずにはいられない性格は変わらず、ただただ倒れないために、業務時間外には様々な文章を書き散らしていた。

本書はその一部が記録として後世に有効活用されるよう、優秀な編集者と多くの助言者の協力により、一冊の本としてまとめられたものである。そのため、本書の内容は著者の個人的な見解に基づくものであり、所属機関などの公式見解ではないことをご了承いただきたい。

なお、本文中では「新型コロナウイルス感染症」を「COVID‐19」との表記とし、その患者や無症状病原体保有者など、検査で確定診断を受けた方については全て「陽性者」という用語に統一している。また、本書で使っている第1~5波の定義などは、「東京都モニタリング会議」での専門家コメントにおける定義を用いた。

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天与の花を咲かす喜び 共に咲く喜び
人見るもよし 人見ざるもよし 我は咲くなり

武者小路実篤


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プロローグ:1月23日深夜から東京は戦争状態に突入した



戦争が勃発すると、人々はこういう。「長続きはしないだろう、あまりにばかげたことだから」。たしかに戦争はあまりにばかげたことかもしれない。だが、だからといって長続きしないわけではない。
  
(『ペスト』カミュ、光文社古典新訳文庫)



「謎の肺炎」の発生



それはうわさ話(rumor)から探知された。

中国のとある地域で原因不明の肺炎が発生している。患者数は増え続けていて、重症者や死亡者も出ているらしい。

それはどうも湖北省武漢市というところで発生したらしい。そこにある海鮮卸売市場ではいろいろな生き物が生きたまま食用で売られている。そのうちの何かが原因で、新たなウイルスが種の壁を超えて、人に感染するようになったようだ……。

だいたいこんな内容だった。

そのうち、「謎の肺炎」という言葉がメディアを飛び交い、国際感染症学会(ISID)が提供している感染症情報メール(The Program for Monitoring Emerging Diseases:ProMED)でも、2020年12月30日から「原因不明の肺炎」として取り上げられるようになった。

嫌な予感

さかのぼること約20年前の2002年末にも、同じようなことがあった。ある同期の友人が「年末から中国で原因不明の肺炎流行」というネットニュースを、当時有志で作っていた国際保健メーリングリストにあげてきたのである。

その時も保健所にいた私は、海外の一地方での、未知の感染症の流行なんて、都内の一保健所の自分にはまだまだ遠い世界の話であって、今目の前にある、高齢者施設での疥癬(かいせん)対策とか(当時、疥癬治療薬「イベルメクチン(ストロメクトール)」はまだ承認・発売されていなかった)、学習塾での結核集団感染の方がよっぽど悩ましいと受け流していた。

その後、「重症急性呼吸器症候群(Sever Acute Respiratory Syndrome:SARS)」と名づけられたその感染症は、保健所に1日100件を超える電話相談対応を呼び起こし、都庁での対策会議を呼び起こし、夜間の電話相談対応のため、各保健所から医療専門職が輪番制で東京都医療機関案内サービス(通称:ひまわり)に当直することを余儀なくさせ、疑い事例があるたびに国立感染症研究所の実地疫学専門家養成コース(Field Epidemiology Training Program:FETP)が派遣され、保健所職員は疫学調査に同行するなど、どの保健所も大変な目に遭ったのは、大いなる教訓となったものだった。

今回も、まさに同じその同期の友人が、最初にこの「不明性肺炎」の発生に関するネットニュースをFacebookにあげてきた。また同じことが起きるかも、と嫌な予感がした。

SARSとの違い

SARSは冬から春にかけて大騒ぎになったものの、ゴールデンウィーク明けには沈静化し、消滅した。日本には1例の輸入例(詳しくいえば、日本国内を通過した事例)はあったものの、国内感染が生じなかったこともあり、淡々と終了した。日本で初めて日韓合同のサッカー・FIFAワールドカップが開かれたのは、SARSの発生数カ月前の2002年5月であった。

今回、日本は、東京は、2020東京大会――オリンピック・パラリンピック開催を控えていた。また、東京都知事は政治力の強い人物で、かつ、7月には東京都知事選挙が予定されていた。

また、さらなる違いといえば、2002年に比べ、都内の保健所の数は統廃合により減少し、31カ所となっており、特別区についていえば、全ての区において保健所は1カ所になっていた。保健所のもとに設置される保健センターについても、数が減るとともに、自治体ごとの方針で、保健所の業務の一部が福祉系のサービス提供部門にまとめられたり、逆に、区役所の諸手続きの出先窓口とともにまとめられて本来の業務以外のことまで担わされたりして、むしろ業務は増えつつあった。

加えて都庁や保健所で働く東京都の公衆衛生医師の数は減り続けて絶対的に不足しており、職場が少なくなったにもかかわらず定数が補充できずに、係長級医師のいない保健所や、センター長が医師でない保健センターも多数ある状態になっていた。

一方で、2002年に比べれば、各段にIT関連の技術は進歩し、情報網は発達している。新聞やテレビ以上にインターネットによるメディア戦略、ホームページやSNSによる広報など手段があふれ、一触即発で情報が拡散・炎上するとともに、人々はそのような即時性が高くインパクトのある情報に飢えていた。

2020年の始まり

その後、この謎の肺炎による被害の実態は徐々に明らかになり、世界全体が無視できない雰囲気になってきた。

1月3日、この時点ではまだ、大手メディアのネットニュースで「中国で謎の肺炎拡大、患者44人に」といった取り上げられ方であった。

1月5日にはすでに世界保健機関(WHO)の公式ホームページ(Disease Outbreak News:DONs)に、「Pneumonia of unknown cause – China(原因不明の肺炎――中国)」と掲載された。

1月6日、厚生労働省は「中華人民共和国湖北省武漢市における原因不明肺炎の発生について」という報道発表を行い、同日、保健所、医師会、病院宛てに注意喚起の事務連絡が出された。

1月10日には国立感染症研究所 感染症疫学センターと国立国際医療研究センター 国際感染症センターが連名で、「中国湖北省武漢市で報告されている原因不明の肺炎に対する対応と院内感染対策」というレポートを発出した。

もはや日本においても健康危機として無視できず、いつ何時国内初発例が確認されてもおかしくない状況になってきたのである。

1例目の確認

1月14日、日本で第1例目の陽性症例が報告された。

1月24日には、都内で第1例目の陽性症例が報告された。

1月23日、中国・武漢市が都市閉鎖されたため、日本政府は武漢市に滞在中の日本人を退避させるため、5回にわたるチャーター機を送ることとなった。

1月29日にその第1便が羽田空港に到着し、国立国際医療研究センター病院(National Center for Grobal Health and Medicne:NCGM)での健康診断を経て、少しでも症状のある人はそのまま入院となり、無症状の人は各地の施設に収容されていった。

そしてついに1月30日、WHOによりこの感染症は、改正国際保健規則(Revised International Health Regulations:IHR〔2005〕)に基づく「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern:PHEIC)」を宣言されたのである。

2月3日には、香港で下船した乗客から陽性者が確認されていた、国際クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号が横浜港に到着、19日から検疫しながらの下船が開始された。

ちなみに「ダイヤモンド・プリンセス」というのは、『小公女セーラ』が意地悪な級友につけられたニックネームでもある(セーラの父親は、生前にダイヤモンド鉱山へ投資をしていたため。父親の死後、一転して孤児となってしまったセーラだったが、かつて父親とともに投資をしていた父親の友人が必死にセーラを探し出し、多額の利益とダイヤモンド鉱山の発掘経営権がセーラに譲られることとなる)。

あっという間に陽性者の搬送先は神奈川県内の医療機関だけでは足りなくなり、災害時対応で訓練していたとおり、感染症患者の広域搬送の実践が行われ、収容先医療機関は関東近隣へ拡大し、都内の受け入れ医療機関所在地の保健所は急遽(きゅうきょ)慌ただしくなった。

それでもまだ、病原体の性質や病態が分かっていない感染症が、様々な政治的思惑が渦巻く背景のもとで大規模に流行した場合の大混乱について、誰も予想だにしていなかった。そして、この病原体はSARSのように数カ月で全世界から消失することなく、人の感染症として定着し、変異しながら、拡大していくこととなった。

こうして、いつ終わるともしれない闘いの幕が切って落とされたのである。

これは、この年に、保健所及び都庁の感染症対策部門に配属され、新型コロナウイルス感染症対策の最前線に居合わせた者が、経験したことを、教訓も含め、後世に伝えるために記録したものである。


この都会の住人にとってなによりも命取りだったのは、彼ら自身が油断して警戒を怠ったことだった。ずっと前からペストが来ると注意、いや警告を受けていたのに、食料などの必需品を蓄えておくような対策はまったく取らなかった。そうしていれば、彼らは外に出ず、自分の家にこもって生活できたはずだった。なかにはこれを実行した人もいて、大多数がその用心のおかげで生き延びたことは、前に述べたとおりだ。しかも市民は疫病にちょっと慣れてしまうと、他人と交わるのをあまりためらわなくなった。実はそこには感染者もいたのだが。最初は慎重だったのに、もはや自分が感染者だと知っていてもお構いなしだった。

(「学ぶべき教訓」『ペストの記憶』ダニエル・デフォー、研究社)


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目 次


はじめに――ミッション・インポッシブル(もしくは、闘う公衆衛生医師)

プロローグ 1月23日深夜から東京は戦争状態に突入した


第1章 第1波 2020年1月から6月まで
(第1回緊急事態宣言:2020年4月7日~5月25日)


1月 人手不足にまつわるエトセトラ 
2月 あなたは検査の対象ではありません 
3月 病院が見つかりません!
4月 宿泊療養始めます
5月 おまえの区では何人患者が出てるんだ!
6月 何を根拠に?

第2章 第2波 7月から11月まで

7月 「夜の街」って何だ
8月 COCOAなんて大嫌い
9月 インフルエンザとの同時流行を踏まえた対応
10月 住民接種、本当にやるんですか?
11月 言葉が通じません……

第3章 第3波 12月から2021年3月まで
(第2回緊急事態宣言:2021年1月8日~3月21日)


12月 どうか課長を眠らせてあげてください……
1月 縮小ではありません!
2月 嘘をついたら30万円、病院から逃げたら50万円
3月 そして誰もいなくなった

第4章 第4波・第5波 4月から現在
(第3回緊急事態宣言:2021年4月25日~6月20日、
 第4回緊急事態宣言:7月12日~9月30日)


4月 天国に違いない 
5月 常識的に考えて……
6月 検証してみた。
7月 開催までの短距離走
8月 最後の聖戦 
9月 トンネルの向こう側

最終章 残された課題

1.現実的な課題
2.より大きい視野で検討すべき課題 
3.結局はマネジメント――都レベルでの課題 
4.古くて新しい保健所のこれから 

巻末特別対談
「病院から見たコロナ、保健所から見たコロナ」

大曲貴夫(国立国際医療研究センター病院)× 関なおみ

あとがき――叶えられた祈り―― 

【参考資料】
【COVID‐19との闘いを生き抜くための勇気と知恵を与えてくれる映画と本】 
【東京都における防疫対応及び保健所に関連したCOVID‐19感染症対策の主な経過】

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【著者プロフィール】


関なおみ(せきなおみ)


1972年神奈川県生まれ。東京女子医科大学卒。英国リバプール大学熱帯医学大学院にて熱帯医学修士、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院にて疫学修士、順天堂大学医学部・大学院医学研究科(公衆衛生学)にて医学博士。順天堂大学医学部小児外科学講座非常勤助教。国立感染症研究所昆虫医科学部協力研究員。現在、特別区の保健所に課長級の公衆衛生医師として勤務。いつ終わるともしれないコロナとの闘いの日々に今も晒されている。著書に『時間の止まった家――「要介護」の現場から』(光文社新書)、共著に『研修医って何だ?』(ゆみる出版)、『疥癬はこわくない』(医学書院)などがある。

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こちらもぜひお読みください
岩田健太郎ブログ【楽園はこちら側】

ご書評いただきました!ありがとうございます。

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