教養としてのロック名曲ベスト100【第3回】98位のナンバーは? by 川崎大助
「リハブ」エイミー・ワインハウス(2006年10月/Island/英)
Genre: Soul, R&BRehab - Amy Winehouse (Oct. 06) Island, UK
(Amy Winehouse) Produced by Mark Ronson
(RS 194 / NME 350) 307 + 151 = 458
リハブとは「リハビリテーション(Rehabilitation)」の略だ。冒頭でいきなり、こんなふうに歌われる。「リハブに行かせられかけたんだけど、でも私はノー・ノー・ノーって」。アルコール依存症かドラッグか、両方なのか。治療のため施設に入れという周囲の声を主人公は振り切る。大丈夫大丈夫、とか。家がいいとか忙しいとか、言い逃れする。しかも曲調と合わせて、軽快に。ダルそうなれども、陽気に。そしてまた冒頭のフレーズが繰り返される……。
という内容は、この曲を書いて歌った英アーティスト、エイミー・ワインハウスの「生活そのまんま」を活写した実録的なものだった、という。彼女は「このまんま」の日々をつらぬきとおして、愛されて、そして当曲のたった5年後に急性アルコール中毒で死亡する。
このナンバーは、彼女の第2作にして最後のアルバムとなった『バック・トゥ・ブラック』(06年)に収録された。リード・シングルとして発売され大ヒット。全英7位、米ビルボードHOT100で9位を記録。グラミー賞を含む多数の音楽賞も獲得。当時23歳だったワインハウスは、まさに未来を嘱望された大器、ダイヤモンドの原石として国際的な注目を集めた。
彼女のヴォーカルに、まず人は耳を奪われた。深い情感と、粘っこく熱いソウルの息吹きを濃厚に感じさせるその歌声は、ある意味時代遅れだった。エタ・ジェームズ、エラ・フィッツジェラルドといった、伝説的なブルース、ジャズ・シンガーとよく比較された。
といっても、お上品に「古いもの」の作法を踏襲したわけではない。いや「そうはできなかった」ところにこそ、彼女最大の魅力があった。破調なのだ。生まれついてのロッカー体質というか、「息吹き」の各所が気ままに「ぶっ壊れる」感じ。ここに現代性があった。
ゆえに、DJにして名プロデューサーのマーク・ロンソンのこの曲におけるプロダクションは、見事に当たった。ガール・グループ調の古典的ソウルのリズムを強化したみたいなトラックの上で、ワインハウスは自由自在に、「自堕落な主人公」の言い訳三昧を、楽しげに滔々と吐露し続ける。ちなみに曲中で「いっしょに家にいるほうがいい」と歌われている「レイ」とはレイ・チャールズのこと。「ミスター・ハサウェイ」はダニー・ハサウェイのことだ。
ポピュラー音楽界最大級の生きるレジェンド、米歌手のトニー・ベネットもワインハウスの個性を愛した。アルバム『デュエッツⅡ』(11年)では彼女を招き、スタンダードの「ボディ・アンド・ソウル」で共演した。この曲のシングルは、同年7月23日の彼女の急逝直後、9月14日にリリースされた。それはワインハウスの28歳の誕生日となるべき日だった。
(次回は97位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)
※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki