イーロン・マスク、ジェフ・ベゾスはなぜ宇宙を目指すのか!? 「宇宙ビジネス」を展望する
想像してみてください。宇宙ビジネスが花開いている近未来を。
「はやぶさ2」がサンプルを持ち帰った、小惑星「リュウグウ」丸ごとに対して、ネット上で12兆円もの高値がつき、月の土地が1万円以下で売りに出され、3Dプリンタでロケットが製造され、宇宙ホテルの試験機が軌道上を回り、NASAの入札で勝ち上がった民間ベンチャーが月への貨物輸送を受注し、衛星の監視データから誰も知らない情報を得た投資ファンドが金融市場で大儲けをし、政府予算の役割が縮小して宇宙ビジネス市場全体の4分の3が既に民間主導となっている、
そんな近未来を……想像してみてください。
これって、一体何年後くらいに実現すると、あなたは思われますか。
答えは、マイナス1年後。すなわち、先ほどの描写は、2022年までに既に起こった、過去の出来事であるのです。
冒頭からトリッキーな質問で恐縮でしたが、これほどまでに、従来は夢のように思われたことが既に現実化しているのが、民間商業宇宙開発(ニュー・スペース)の世界なのです。
また、先ほどの描写が既に起こっていることだと言い当てられた読者の方がもしいらっしゃったら、あなたは相当な宇宙通と言えるでしょう。
従来は政府が主導していた宇宙開発の分野は、今、民間企業がイニシアティブをとった「ビジネス」として急速に生まれ変わりつつあります。そして、「宇宙ベンチャー」と呼べる民間ベンチャー企業が、この流れをどんどん加速していっています。
一般の方々から見れば、転機に感じられたのは2021年以降でしょう。2021年は、まさに「民間宇宙ベンチャー元年」というにふさわしい年になりました。
同年7月11日に英国ヴァージン・グループの創業者であるリチャード・ブランソン氏が宇宙に飛んだのを皮切りに、7月20日にはアマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)社の創業者ジェフ・ベゾス氏が民間宇宙旅行を果たしました。9月16日にはスペースX社のクルー・ドラゴン宇宙船に乗った4人が、民間人だけで3日間にわたって地球周回軌道を回りました。
また、あまり知られていないかもしれませんが、我が国でも、3月には宇宙デブリ(宇宙ゴミ)除去のアストロスケール社の試験衛星が打ち上げられ、8月に最初のデブリ捕獲試験に成功しました。4月にはアクセルスペース社の地球観測衛星が打ち上げられ、8月には宇宙ロボット開発のギタイ・ジャパン社の宇宙ロボットが、国際宇宙ステーションで試験運転を行いました。
そして、日本国民にとっての極めつけは、我が国のビリオネア前澤友作氏が12月に国際宇宙ステーションに12日間滞在し、わくわくするような情報を次々に発信してくれたことです。
一方、同年に海外では宇宙ベンチャーの株式公開が相次ぎ、二桁の企業がナスダックやニューヨーク証券取引所等に上場し、「民間宇宙ベンチャー元年」を強く印象づけました。
そして近い将来、いよいよ我が国でも、宇宙ベンチャー上場第1号(*1)が登場する可能性が高まっています。上場企業の登場は、その分野が産業として新たに認知されたに等しい意味があります。上場企業の株は毎日株式市場で取引され、当該企業の業績予想、中期戦略、技術開発から顧客動向まで、将来の株価を予想するための膨大な情報が毎日発信されることになります。読者の皆さんも、自由に株を買って、宇宙ベンチャーのオーナー(株主)の一人になることもできるわけです(*2)。
このように、民間宇宙ベンチャーが急に身近に取り上げられる機会が増えても、多くの方は、半信半疑だと思われます。宇宙分野は伝統的に、NASAやJAXAなどの公的機関のイメージが強く、経営基盤も脆弱|《じやく》な宇宙ベンチャーがビジネスを展開していることに、様々な疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか。
……こうした素朴な疑問に一定の答えを出すのが、本書の目的の一つです。
本書の二つ目の目的は、なぜ米国において民間宇宙産業が急に立ち現れたのか、その理由を探ることです。新産業がうぶ声を上げようとする時、当然ながら起業家を含むビジネスの参加者は、様々なリスクを乗り越えていかなければなりません。米国はこれまでも、IT、エネルギー、バイオ、ロボット、AI、そして宇宙産業と、様々な新産業を短期間に立ち上げてきました。この背景には、社会全体でリスクを上手に分担する体制があります。具体的には、起業家やベンチャー・キャピタルはもちろんのこと、NASAなどの宇宙機関、政府、証券取引所、保険会社、顧客、労働者や一般投資家までもが、少しずつリスクを分担する座組みが自然発生的に形成され、これが宇宙産業を立ち上げる原動力になっていると考えられます。
宇宙ベンチャーの躍進ぶりをご紹介するとともに、「社会全体におけるリスクの分散処理」ともいえるこの体制について提議することが、本書のもう一つの目的です。
宇宙開発の話題は理科系の分野ですが、宇宙ベンチャーということになると、企業経営という社会科学系の分野から宇宙開発を見ていくことにもつながります。宇宙ベンチャーの台頭を通じて、今まで培われてきた様々な経営技術やノウハウ、例えば、ファイナンス(資金調達)やマーケティング、ストラテジー(事業戦略)、リーガル・マター(企業法務)、組織論や従業員の動機づけまで、様々な企業経営上の知見、ノウハウが、一気に宇宙開発になだれ込んでいます。そして、宇宙開発の分野自体が、こうしたノウハウを呑み込みながら、新たな一大産業に育とうとしています。本書に名前が登場する宇宙ベンチャーの数は、100社を超えています。
本書の筆者両名は、ともに文系理系の両分野に興味を持ち続け、JAXAにおいて共に活動してきました。筆者・小松は、ベンチャー・キャピタリストとして、企業経営やファイナンスに知見を持ちますが、自然科学にも興味を持ちJAXAの委員会等に参加してきました。筆者・後藤は、JAXAのエンジニアとして様々なプロジェクトに携わりながらも、技術革新とイノベーションの根幹にある経済活動にも着目してきました(*3)。
文理二刀流の両者が、互いの知見を共有しながら宇宙開発について語り合ったことが、本書の主要な部分を構成しています。小難しい科学の知識など持ち合わせなくても読み解ける読み物にしたいと思って執筆しました。また既にある程度の宇宙開発に関する知識を持っている理系の読者の方でも、例えば第七章で株価と宇宙ベンチャーの関連について考察したように、企業経営の観点から宇宙開発を見直した経験は少ないかと思います。こうした新たな視点を取り入れながら、本書をお読みいただけたら幸いです。
それでは早速、「宇宙ベンチャー」のめくるめく世界に向かって、
3、2、1、リフト・オフ!(打ち上げ!)