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ある天文学者の気になる数字|谷口義明

私たちの想像が及ばないほど広大な宇宙。誕生から138億年が経った今も膨張は続いており、その広さは無限大へと向かっている気がしてしまいます。ですが、それは、本当なのでしょうか。有限なものが溢れるこの世界に、宇宙だけが無限大ということはあり得るのでしょうか。
0に関しても同じような疑問が浮かびます。この宇宙を支配する4つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)はいずれも遠隔力。触れ合ってなくても力は働きます。とすると、少し視点を変えれば、この宇宙に触れ合っているものはなく、0もまた存在しないのではないでしょうか。
宇宙に関するこれらの疑問。光文社新書の6月新刊『宇宙・0・無限大』では、そんなシンプルながらも深淵な問いに、天文学者である谷口義明先生が果敢に挑みます。本記事では刊行を記念して「はじめに」を公開。

はじめに

私の職業は天文学者である。専門分野は銀河天文学と観測的宇宙論。職業柄、宇宙について考える日々が続いている。

天文学者はざっぱくな性格の人が多いので、細かなことは気にしない。たとえば、3と7という数がある。天文学者の場合、ある人は3も7も1であるという。一方、10だという人もいる。つまり、オーダー(桁)で数値を捉えることがよくある。

私もそんな天文学者の1人であるが、最近、少し気になる数が出てきた。それは0と無限大だ。そのきっかけになったことが2つある。

まず、最近書いた1冊の本である。タイトルは『宇宙を動かしているものは何か』(光文社新書)。この本では宇宙を動かしている4つの力を紹介した。重力、電磁気力、強い力、そして弱い力である。重力と電磁気力については、説明は不要だろう。残り2つの力、強い力と弱い力は原子(ミクロ)の世界の力なので、普段は耳にしないかもしれない。強い力は原子核を安定して維持するための力であり、弱い力は逆に原子核を壊す力である。

この広い宇宙が、たった4つの力で動いていることには驚いてしまう。しかし、もっと驚くべきことは、いずれの力も遠隔力であることだ。つまり、力を及ぼし合うとき、接触する必要はないのである。

手のひらで壁を押す。壁は手のひらを押し返してくる。作用・反作用の法則である。壁を手のひらで押すとき、私たちは手のひらが壁に接触していると感じる。そして、壁を押すことができるのは、手のひらが壁に接触しているためだと考える。

じつはこれは間違っている。手のひらと壁は厳密には接触していない。手のひらと壁にある原子や分子が電磁気力で押し合っているだけなのである。原子レベルで手のひらと壁を注意深く見ると、接触はしていない。つまり、手のひらと壁との距離をdとすると、dは0にはなっていないのである。

宇宙を動かしている4つの力が遠隔力であるということは、宇宙には接触しているもの同士が力を及ぼし合う必要はない。逆の見方をすれば、宇宙にはd=0を満たしているものはないと考えてよい。とすると、ひょっとしたら宇宙にはゼロがないのだろうか? そんな素朴な疑問が生まれた。

もう1つの気になる数は無限大である。特に強い理由はないにもかかわらず、私たちはこの宇宙には無限大という数があるように感じている。もちろん、誰も無限大を見たことはない。おそらくは、無限という言葉を知っているので、あまり気にせずに無限という言葉を使っているだけなのかもしれない。

その疑念を明らかにしてくれたパラドックスがある。それは「オルバースのパラドックス」と呼ばれるものだ。それは次のような論理をもとにしている。

宇宙は無限に広い

宇宙には星が無限個ある

星が一様に分布していれば、夜空は真昼のように明るくなる

一見正しそうに見えるのではないだろうか。ところが、ご存知のように夜空は暗い。この矛盾が「オルバースのパラドックス」である。何か間違っていることは確かだ。疑わしきは「宇宙は無限に広い」「宇宙には星が無限個ある」という仮定であろう。

そして、この仮定が間違っているとすると、新たな疑問も生まれる。そう、そもそも宇宙に無限大はあるのだろうか。

無限大は数学的に議論することはできるし、実際、私たちは無限級数などでいろいろな問題が解けたことも知っている。しかし、それは数学的な道具としての無限大である。この宇宙に無限大があることを意味しているわけではない。ひょっとしたら、この宇宙には無限大もないのかもしれない。

さらに、この宇宙に0と無限大がないとすると、またまた次の疑問が生まれる。時間の世界を考えてみてほしい。0も無限大もないとしたら、この宇宙には「瞬間」と「永遠」もないのではないだろうか。

ということで、問題をまとめると次のようになる。

この宇宙に0はあるのか?
この宇宙に無限大はあるのか?
この宇宙に瞬間はあるのか?
この宇宙に永遠はあるのか?

本書ではこれらの問題について考えてみることにしよう。はたして真相や如何に?

※以上、「はじめに」より抜粋。はたして宇宙に0と無限はあったのか。その真相はぜひ本書でお確かめください!

目次

はじめに
第1章|不可思議なゼロと無限大
  1‐1: 厄介なゼロ
  1‐2:ややこしい無限
第2章|宇宙に無限はあるか
  2‐1:これまでの宇宙観
  2‐2:夜空と無限を巡る謎
  2‐3:オルバースのパラドックスを解く
  2‐4:大きな世界と小さな世界
第3章|宇宙にゼロはあるか
  3‐1:宇宙の誕生
  3‐2:原子のその先へ 
  3‐3:遠隔力しかない宇宙
  3‐4:自然はゼロを嫌う
第4章|宇宙に永遠はあるか
  4‐1:有限な宇宙で育まれる命
おわりに

※より詳しい目次はこちらをどうぞ

著者プロフィール

谷口義明(たにぐちよしあき)
1954年北海道生まれ。東北大学理学部卒業。同大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了。理学博士。東京大学東京天文台助手などを経て、現在、放送大学教授。専門は銀河天文学、観測的宇宙論。すばる望遠鏡を用いた深宇宙探査で128億光年彼方にある銀河を発見、当時の世界記録を樹立。ハッブル宇宙望遠鏡の基幹プログラム「宇宙進化サーベイ」では宇宙のダークマター(暗黒物質)の3次元地図を作成し、ダークマターによる銀河形成論を初めて観測的に立証した。著書に『天文学者が解説する 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」と宇宙の旅』『宇宙を動かしているものは何か』(以上、光文社新書)、『アンドロメダ銀河のうずまき』(丸善出版)、『天の川が消える日』(日本評論社)など多数。


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