仮説をしっかり考え抜いた人だけが、見込み外れを幸運なチャンスにできる:『「探究学習」入門』中田亨
◆失敗こそが大チャンス
調査や実験の結果、当初に持っていた仮説や予想とは違う結果が出てしまうこともあります。それは失敗のように見えますが、じつはこれこそが大チャンスです。
研究者は、それまでに学界で知られている情報を総動員して考え抜き、成功に絶対の自信を持って実験に臨みます。それでも失敗したということは、まだ誰も知らない何かがあるという可能性を濃厚に示しています。新発見のチャンスが降臨しているのです。
優秀な研究者は、失敗にうろたえることなく、冷静に状況を確認します。自分の仮説がどの段階までは成立していて、どこから外れたのかを、順を追って調べてみることになります。
イギリスの物理学者ラザフォードは、金箔にアルファ線という放射線を当てるという実験をしました。実験前の予想では、アルファ線の粒子は金箔を突き抜けるだろうと考えられました。金箔は薄く、アルファ線粒子の勢いは強いのです。
実験してみると、予想通りに突き抜けたアルファ線も多くありましたが、なんと跳ね返されるものもありました。ラザフォードは、「ちり紙をめがけて大砲を発射したら、砲弾が跳ね返されたようなものだから、びっくりした」と語っています。
この結果はどういうことなのでしょうか?
まずは、実験の装置や材料自体に間違いがないかという基本の段階を調べます。そこに間違いがなければ、本当に跳ね返っていると考えざるをえません。投げつけた粒子が跳ね返るということは、粒子よりもずっと重い何かにぶつかったはずです。
また、通り抜けた粒子が多かったということは、重い何かはそれほど多くはないといえます。つまり、金箔の中身は均質ではなく、ところどころに重くて硬い何かがあると、実験結果は言っているのです。
金箔は、高純度の金原子だけがつながったものですから、「金以外のものに当たった時に跳ね返った」という説は却下されます。跳ね返したり、跳ね返さなかったりという気まぐれな結果の原因は、金原子にしかないと分かります。
以上を考慮すれば「金原子は、その一部分が重くて硬い」という結論になります。この実験結果こそが、世に名高い「原子核の発見」となりました。
仮説の見込み外れを幸運なチャンスにできるのは、仮説をしっかり考え抜いた人だけです。実験や調査に入る前に、すきのない仮説を立てることが大事なのです。
仮説自体が大雑把だと、仮説のどこが現実からそれるのかを特定できません。「カエルを食べると顔が緑色になるはずだ。なぜならカエルの顔が緑色であるからだ」といった、途中の論理展開がスカスカな仮説では、実験に失敗しても、何の発見にもつながりません。
研究不正の事件は後を絶ちません。自分の立てた仮説が杜撰(ずさん)であるにもかかわらず、それに過度な愛着を持っている人がたまに出現します。そのような人は、実験で仮説が外れると、仮説を疑うことをせずに、不正に走ります。データを改ざんして、仮説が成り立ったと強弁するのです。
「この実験に成功しないとクビになる」というプレッシャーや、「自分の仮説が外れるのは恥ずかしい」という間違ったプライドが、不正に手を染めさせるのです。
こうした、仮説の失敗を許容しない雰囲気は、組織をダメにするといわれています。
大学のみならず会社でも、ほとんどの組織では、プロジェクトを管理するために、まず目標を立てさせ、終了期限が来たら成否を評価するという「プレッジ・アンド・レビュー」の方式を使っています。
しかし、この方式はうまくいかないものです。人間は「自分のプロジェクトは失敗しました」とはおいそれとは書けないものです。書類の上では理屈をあれこれこねて、「成功しました」と言いくるめることになります。書類上は成功したと書いてあるけれど、成果の実態はパッとしないのです。評価と現実が乖離していきます。
「Fail fast!(早く失敗せよ!)」という考え方が、アメリカのコンピューター業界にはあります。小さくとも粗くとも、競争相手より早く着手して、早く失敗を経験する。失敗から発見して、改良する。これが大きな成果を生み出すプロジェクト管理法だといいます。
ベスト・エフォートで(=きっちり、たゆみなく)頑張っている人を、失敗したからといって、低く評価する必要はない。そういう考え方です。
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著者プロフィール
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