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教養としてのロック名曲ベスト100【第10回】91位は? by 川崎大助

「ビター・スウィート・シンフォニー」ザ・ヴァーヴ (1997年6月/Hut/英)

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Genre: Alternative Rock
Bitter Sweet Symphony - The Verve (June 97) Hut, UK
(Richard Ashcroft) Produced by Martin "Youth" Glover and The Verve
(RS 136 / NME 382) 365 + 119 = 484

いわゆる「ブリットポップ」の時代、「時代を象徴するナンバー」としてよく売れた。英バンド、ザ・ヴァーヴの代表曲だ。全英チャートの最高位は2位、米ビルボードHOT100では12位ながら、なんと米〈ローリング・ストーン〉と英〈NME〉の両者が、97年のソング・オブ・ザ・イヤーにこの曲を選んだ。まさに天下御免の「時代の1曲」――だったのだが、後述するスキャンダルによっても、よく知られることになった。

ルー・リードの「ストリート・ハッスル」(78年)よろしく、冒頭から最後まで、ただひたすらにループし続けるストリングスのフレーズが印象的なこのナンバーは、まさに「そこ」に目をつけられる。このフレーズはサンプリングで、元はザ・ローリング・ストーンズ「ラスト・タイム」を、ストーンズの初代マネージャーだったアンドリュー・ルーグ・オールダムがオーケストラ・アレンジでカヴァーしたトラックの一部だった。原盤はデッカ・レコード。だからヴォーカリストで作詞作曲者のリチャード・アシュクロフトは普通にサンプリングの許諾と、使用料の支払いを申し出ていたのだが……ここに付け入られてしまう。多くのロック・ファンに世紀の大悪党として知られている、アラン・クラインに。

そもそもクラインとは、ストーンズの元マネージャーでありながら、60年代の彼らの楽曲の著作権すべてを強引に押さえて巨富を築くわ、ビートルズの解散にも大きく関与するわ――などした男。そんなクラインが「仕掛けた」せいで、詰めが甘かったアシュクロフトは追い込まれ、「ビター・スウィート・シンフォニー」の著作権もクラインの会社に持たせることに。そしてなんと、作詞作曲のすべてを自前でやったにもかかわらず、アシュクロフトの手元には1000米ドルぽっちしか与えられなかった……という、悪夢のような実話があった。

もっともこの件は、2019年にようやく解決を見た。(クラインによって)一時的に「共作者」としてクレジットされていたミック・ジャガーとキース・リチャーズらが、自らの名を引き上げ、アシュクロフトに著作権および使用料を返還することに合意したからだ。このことをアシュクロフト本人が発表した。

そんな一大醜聞が巻き起こるほど、この曲は注目を集めていた。アシュクロフトの盟友であるオアシスのギャラガー兄弟の激賞はもちろん、映画やTVにも果てしなく使用され続けた。この曲を収録している第3作アルバム『アーバン・ヒムズ』は12週間連続で全英チャート1位を独占という快挙を達成。97年に最も売れたアルバムとなった。

(次回は90位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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