【42位】ザ・ドアーズの1曲―俗情から無限へ。文学が昇天するサイケデリックの夏に「火をつけて」
「ライト・マイ・ファイア」ザ・ドアーズ(1967年4月/Elektra/米)
※こちらはドイツ盤シングルのジャケットです
Genre: Psychedelic Rock
Light My Fire - The Doors (Apr. 67) Elektra, US
(Jim Morrison • Robby Krieger • John Densmore • Ray Manzarek) Produced by Paul A. Rothchild
(RS 125 / NME 131) 376 + 370 = 746
連続してウィリアム・ブレイクねただ。60年代終盤を象徴するロックスター、ジム・モリソンを擁するバンドである彼らの名が、元祖LSD教祖でもある作家オルダス・ハクスリーによる53年の著作『知覚の扉(The Doors of Perception)』に由来していることは有名だ。が、そもそもこの本のタイトル自体が、ブレイクの1793年の著作『ザ・マリッジ・オブ・ヘヴン・アンド・ヘル』からの引用だった。こんな一文が原典だ。
「もし知覚の扉が浄化されたなら、なにもかもがそのままに、無限に、人の前に立ちあらわれる。なぜならば、人は自らを閉じ込めているからだ。洞窟の狭い隙間からすべてを見るまでは」
要するに、つまり、サイケデリックなのだ!――そんなドアーズに、デビュー即の大成功を授けたナンバーがこれだ。同年1月に発表の、バンド名が掲げられたデビュー・アルバム(『教養としてのロック名盤ベスト100』では71位)に収録。4月にシングル・カットされて、7月下旬にはビルボードHOT100の1位を奪取。そのまま3週占拠して、9月にはアメリカ盤だけで100万枚の出荷を記録する。早い話が、とてつもなく売れた。サイケデリックなのに――いや、だからこそ。「愛の夏」のこの年に。
またこの曲は、カヴァー・ヴァージョンが多い。しかもそれがコンスタントに人気を得る。最初に売れたのは、翌68年に出たプエルトリコ出身のギタリスト/シンガー、ホセ・フェリシアーノによるもの(最高位3位)。近年では、彼の「カリフォルニア・ドリーミン」カヴァーがタランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19年)に起用されて話題となった。つまり当曲には日本の歌謡曲にも通じるような、センチメンタルでウェットなラテン・ソングの骨格が、じつはあった。「ハートに火をつけて」という邦題が、「これしかない」と思えるほどにはまるのは、そんな理由ゆえだ。
という「ポピュラー・ソングの芽」の上に、レイ・マンザレクの「洪水のような」オルガンが乗った。イントロから続く印象的なフレーズの元は、バッハだ。オリジナルは7分超(さすがにシングル用は3分に編集)。つまり「エクスペリメンタルな」文学がロックに作用して、「サイケデリック」という新種の「穴」が大衆文化に開いた瞬間のひとつが、ここに凝集されている。曲も詩も原型のほとんどはギタリストのロビー・クルーガーが書いた。メロディはジミ・ヘンドリックス「ヘイ・ジョー」に、歌詞はストーンズの「プレイ・ウィズ・ファイア」の影響下にあることを本人が認めている。
(次回は41位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)
※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki