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【第55回】そもそも「在宅医療」とは何か?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

「より良く生きる」手段としての在宅医療

「在宅医療」と聞くと私の脳裏に浮かび上がるのが、竹田主子氏の笑顔である。竹田氏は、信州大学医学部卒業後、東京大学医学部附属病院・東京都老人医療センター・横浜総合病院などに勤務し、テキサス州ヒューストンのベイラー医科大学で3年間臨床研修医を務めた経験もある内科医である。

帰国後、医師の仕事を続けながら2人の子どもを育てていた2012年、42歳の竹田氏は、突然「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を発症した。ALSは、身体中の運動神経を崩壊させ、やがて全身を動かなくさせる神経難病である。約1万人に1人の割合で発症し、知能や記憶と視聴覚は正常に機能する。天才物理学者スティーブン・ホーキングのように思索や研究を続けることはできる。

竹田氏は、まず歩行が困難になり、次第に手が動かなくなってカルテを書けなくなり、言語も不明瞭になっていった。2年後には寝たきりになり、呼吸もできなくなったため、気管切開して人工呼吸器を付けた。「大切な家族に迷惑をかけるくらいなら消えてしまいたい」と願うようになり、もし日本で積極的安楽死が認められていたら、サインしていたかもしれないという。

それから「死にたい」と4年間苦しみ続けた竹田氏を救ったのが、「在宅医療」だった。2016年、竹田氏は「重度訪問介護者」として認定され、「24時間介護サービス」を受けられるようになったのである! このサービスによって、平日の夕方以降と土日に介護をしていた家族の負担がなくなり、竹田氏の家族に対する「心的ストレス」は大幅に軽減された。人生に前向きになった竹田氏は、「視線入力装置」を導入して、眼球運動で文字入力できるパソコンを使い、現在では「医療コンサルタント」として大活躍している。

本書の著者・小豆畑丈夫氏は、1969年生まれ。日本大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。日本大学医学部准教授・教授を経て、現在は医療法人社団青燈会小豆畑病院理事長・院長。専門は、救急医療・在宅医療。「日本在宅救急研究会」を発足させ、新しい地域医療の在り方を発信している。

さて、小豆畑氏は竹田氏の「自宅で生活できること」が「生きる意味」に直結していることを知って「頭をガツンと打たれるくらい強い衝撃」を受けたという。「生きるとは?」という哲学的な問いの答えが「普通の生活」だった!

本書で最も驚かされたのは、現代の医療の世界に独特の「階級意識」が存在することである。かつて救命救急センターにいた小豆畑氏は、容態が急変して運ばれてくる在宅医療の患者を診て入院が「いつもワンテンポ遅い」と批判的だった。ところが、彼自身が在宅医療に関わるようになると、病院の「救急医」から高圧的な態度で対応される「在宅医」の立場を実感できたという。

本書には、「特別養護老人ホーム」「介護老人保健施設」「介護医療院」の選択基準をはじめ、「重度訪問看護」の仕組み、在宅医療を受ける際の具体的な選択可能性について、多種多様な事例が詳細に解説されている。とくに最終章の「在宅医療と救急医療の連携はいかに可能か」という指摘は重要である!

本書のハイライト

今、在宅医療というスタイルが全国的に浸透し始めているのは、簡単にいえば医療財政の厳しい国が、やむにやまれぬ事情から最後の手段として在宅医療を推進しているためです。その結果、昔であればしばらく入院していたような患者さんも、長く病院にいることができなくなり、退院して在宅療養に切り替えざるを得なくなっています。在宅医療が推進される理由にはもう一つ、「死に場所が不足する」という問題もあります。……長生きする人が増え、全人口に対する高齢者の割合が増えると、「長寿社会」「超高齢社会」などといわれますが、これからの日本はそれだけでなく、亡くなる人がどんどん増える「多死社会」を迎えようともしているのです(pp. 37-39)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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