【8位】デヴィッド・ボウイの1曲―引き裂かれた人類に「ただ一日だけ」の可能性の熾火を
見出し画像

【8位】デヴィッド・ボウイの1曲―引き裂かれた人類に「ただ一日だけ」の可能性の熾火を

「ヒーローズ」デヴィッド・ボウイ(1977年9月/RCA/米)

画像1

※こちらは西ドイツ盤シングルのジャケットです

Genre: Art Rock
Heroes - David Bowie (Sep. 77) RCA, US
(David Bowie • Brian Eno) Produced by David Bowie and Tony Visconti
(RS 46 / NME 15) 455 + 486 = 941

巷間「ベルリンの壁を崩した」1曲とも称されるナンバーだ。デヴィッド・ボウイのキャリアのなかでも、超大型の「伝説」込みとなると、最初に当曲を挙げる人は多い。

当曲のまず第一のポイントは、タイトルの名詞が複数形だというところ。歌の主人公である「I」と「You」の2人である「We」が、「ヒーローズになれるんだ、ただ一日だけは」と、繰り返される。2人は恋人どうしだ。なのになぜ「ただ一日だけ」なのか? ここに当曲最大の「仕掛け」がある。この2人は「引き裂かれて」いるからだ。時代に、社会体制に、あるいは、未熟な人類の愚かさゆえに――「壁」によって、東西に。

かつて地上に「東西冷戦」が存在していた時代、ドイツは「2つの社会体制」に分断されていた。とくにベルリンは、街そのものが「分割統治」されていた。共産圏である東ベルリンにすっぽりと取り囲まれた「飛び地」として、西ドイツの統治下にある西ベルリンがあり、ここをボウイたち「西側」の芸術家たちはこよなく愛した。ボウイの「ベルリン時代」とは、まず最初に、こうした歴史的、社会的背景がかもし出す「息吹き」の渦中にて、人類の普遍的価値を見つめ直す、という野心的な試みだったと僕は解する。そしてこの地から、彼の「ベルリン三部作」と呼ばれるアルバム群が誕生する。当曲は、その二作目にあたる『ヒーローズ』のタイトル・トラックであり、先行シングルともなった。

そして、壁だ。アルバム制作時、「壁ぎわのハンザ」なんて異名もある、ベルリンの名門、ハンザ・スタジオにてボウイは作業していた。ベルリンを「東と西」に分割する巨大な「壁」から、たった200メートルしか離れていなかったこのスタジオの窓から、ある日ボウイは「壁の近くで抱き合う恋人たち」を目撃する。ここから、彼の脳裏にストーリーが広がっていった。「『壁』によって、東西に引き裂かれてしまった恋人たち」という構図だ。つまりこの2人は「とにもかくにも」抑圧されている――ここが出発点だった。

なぜならば「ベルリンの壁」なんてものは、自然の造形物ではないからだ。神が生み出したもの、なんかじゃない。人が、人を「分断する」ために作り上げたものだ。これは「愚かしい」ことなのだ――つまり歌のなかの「恋人たち」とは、「分断されてしまった」ベルリン市民のメタファーとしてだけではなく、世界中のごく普通の庶民の鏡像にほかならなかった。なぜならば、ごく普通の庶民とは、やはり理不尽な体制によって、毎日毎日、問答無用で「抑圧され続けている」ものだからだ。あらゆる形で分断され、分割統治されているからだ。だから王様や女王様に「生まれついていない」あなたや僕たちの全員は、いま現在はまぎれもない「社会的弱者」でしかない。しかしそんな人々にこそ、あらかじめ解き放たれているのがこの歌なのだ。いま現在は「ヒーロー」ではない者たちに。

だからボウイは「We can beat them(僕らは奴らをぶっ飛ばせる)」と歌う。いかに壁が高かろうが「ただ一日だけは」自分の人生を取り戻せるかもしれない。支配体制から自由と尊厳を奪還できるかもしれない。愛する「あなた」と、2人でならば――というのが、この歌の全体像だ。あらゆる困難に立ち向かう「被抑圧者」を勇気づけ、鼓舞すべく設計された、誇り高きナンバーこそが当曲なのだ。

サウンド面では、ブライアン・イーノのシンセサイザーと、キング・クリムゾンのロバート・フリップのギターが大きな役割を果たした。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「アイム・ウェイティング・フォー・ザ・マン」(当リスト70位)を下敷きにしたとボウイ自身が認める、並み足テンポの当曲に、匠の2人が壮大な「ドラマの翼」を与えた。精鋭たちが築き上げた、精緻かつ玄妙な「音の壁」が、当曲を名曲たらしめた。

というナンバーだったのだが、発表当時の成績は冴えなかった。アメリカではまったく売れず、全英チャートも24位止まり。批評家の受けも悪かった(が、同年末の〈NME〉批評家ポールでは6位と健闘した)。アルバム本体はさて置き、ジャーマン・ロックの影響大な当曲は、パンクの嵐吹き荒れる77年には「そぐわない」ものだとされた。

しかし時の経過とともに、当曲への評価は高まっていく。ボウイもライヴでよく演奏した。なかでも1987年6月6日、「壁」にもほど近い西ベルリンのライヒスターク(旧ドイツ帝国国会議事堂)前広場でのパフォーマンスは名高い。これが約2年後の壁崩壊への触媒となった、という見方は、2016年1月のボウイ逝去時、ドイツ政府が公式コメントで彼に謝意を伝えたことにより裏書きされた。そしてこのとき、当曲は全英チャートを急上昇、12位にまで達した。もちろんこれは、「ヒーローズ」の同国での最高位だった。

(次回は7位の発表です。お楽しみに! 毎週金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
光文社新書

よろしければサポートをお願いいたします。もっと読んでいただけるコンテンツを発信できるように、取材費として大切に使わせていただきます!

アランちゃんともども心から感謝しています!
光文社新書の公式noteです。2021年10月17日に創刊20周年を迎えます。光文社新書の新刊、イベント情報ほか、既刊本のご紹介や注目の連載をアップしていきます。お気に入りの一冊について書かれたnoteを収録するマガジン「#私の光文社新書」は、投稿をお待ちしています!