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何ができるのか? 何がすごいのか?――ChatGPTの基礎知識①by岡嶋裕史
ChatGPTがたいへん流行っている。
たしかにそうなんだろう、本を書く依頼をいただいたのだから、それが確固たるエビデンスである。ぼくのところまで話がまわってくるということは、相当流行っているのである。
IT業界的にはメタバースが幻滅期に入ったあと、Web3で一山当てて、その次に生成系AIの波が来て欲しかったはずである。実際、そのようなサイクルで状況は推移していた。
しかし、そんな予定調和をぶっ壊すように生成系AI、とりわけChatGPTの登場が不意の鯨波となり、世界地図を描き換えてしまった。
ChatGPTの作り出す文書は確かにすごい。一例をあげよう、こんな感じである。
Q 本に間違いがあったので、著者にクレームを入れたいです。文面を考えて!
Q 例文を考えてくれてありがとう! この例文を、語彙力のない人が、粗野な感じで、威嚇を込めて書いた風に、書き直してくれる?
すごいのである。
まず、けっこうな話題に追従してくるのがすごい。過去の会話モデルでも、特定のテーマを深く学習させたものはあった。道案内なら道案内、蔵書検索なら蔵書検索でなかなか頼りになる。
会話モデルを作るのは手間だから、そうなると仕事や生活の役に立ちそうなテーマのモデルばかりが出てくることになる。
それに対してChatGPTはクソみたいな話題でも相手をしてくれ、かつ精度の高い答えを投げてくるのである。
そう! AIのモデルを作るって、お金も手間も精神力も容赦なく削ってくる作業だったのだ。いったい誰が売れない著者にクレームを入れるための文面の学習をさせようなんて思いつくだろうか。
それが、ChatGPTだと、ちゃんと話相手として成立するのである。他の話題もふってみよう。
Q 凹んでるんで、なぐさめて欲しいんだ。ちなみに、ぼくのプロファイルを示しておくと、声優さんが好きだよ。早見沙織さんが大好きだけど、佐倉綾音さんも好きだし、花守ゆみりさんも素晴らしいよ。ツンデレは戸松遥さんに決めてるんだ。ああ、ぼくはどうしたら癒やされるんだろう?
ChatGPTの基本的な口調は(たぶんクレーム対策だろう)ジェントルなものである。そういう風にチューニングされている。最初の質問で示した通りだ。それが、凹んでいるので慰めて欲しい旨を伝えたら、特に口調についての指示はしていないのに、なんだかスピリチュアルな似非カウンセラーみたいな包容力ある口調に変えてきた。ちょっとしたことだが、従来の会話モデルから長足の進歩を遂げている箇所である。
このあたりなんて、ツンデレを知らない人にツンデレとはなんぞやとさりげなく情報伝達するライトノベルの導入部のような書きっぷりである。というか、ライトノベルはGPT-4を育てる学習データのなかに含まれていたことだろう。
と思うと、ビジネスに使えそうな堅い話題にももちろん追従してくる。
Q 中央大学が都心移転戦略をとっていますが、新規学生の獲得という観点において、この戦略が成功するかどうかを評価してください。
知らないことや、推測しにくいことからは微妙に逃げて、一般論で着飾ってる感はあるけど。でも、教育コンサルタント企業が出してくるレポートも、こんな水準のやつはいくらでもある。
ビジネスだけではなくて、学校でも使えそうだ。学習の友にもなりそうだけど、児童、生徒がやりたいのはたぶんこういう使い方だろう。
Q シャーロック・ホームズの「オレンジの種5つ」の読書感想文を書いてみてください。
読書感想文として、違和感がない。むしろ、違和感がないのが違和感である。
ちょっと前までなら、「稚拙なことで、AIが書いたとわかった」のだが、GPT-4以降は「上手すぎるから、学生が書いたんじゃないっぽい」と判断するようになった。
実際、ちょっとした宿題なら、そのまま提出してよい水準の成果物をばんばん出してくれるし、同じ問いかけ(プロンプト)をしても微妙に違った成果物が出てくるから、みんながChatGPTで読書感想文を書いてきても、雑な採点をする先生なら気付かないかもしれない。
文章が上手すぎると思ったら、先ほどやったように書き換えてもらえばいいのである。
Q どうもありがとう。この文章を小学3年生が書いたように、書き直して!
気の利いた、「大人が考えるいい子ども」を演じ慣れているタイプの小学3年生なら、確かにこんな読書感想文を書いてきそうである。ジョン・オープンショーがいつの間にか「男の子」になっちゃってるけど、このままで通るだろう。
ただ、汎用的なモデルなので、知らないことは当然ある。
Q 「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」という論文の要点を、箇条書きにして教えてください。
この論文は実在するのだけれど、仮想の論文だって豪語しちゃった。まあ、それはいい。どんな人間だって書籍だってデータベースだって、載っていない知識はある。で、これまでの会話モデルであれば、「知らない」「実在しない」で終わりだったのが、「仮にそのような研究があると仮定して」と話を続けてくるあたりがすごいのである。
ほんものの方は、周囲何mに人がいなくなるとカップルがいちゃこらし始めるのか、という研究なので推測した内容もけっこう当たっている。
実はここまで見てきた事例で、ChatGPTの特徴がよく表されている。膨大な知識と会話のデータを保有し、分野横断的な会話に追従できることはすでに述べたが、それに加えていくつか挙げてみる。
既存のチャットボットはステートレスなものが多かった。会話しているものの、その内容は1回のやり取りで揮発するのである。ボットは1つ前の発言を覚えていない。
ところがChatGPTはステートフル、つまり文脈を覚えていて文章を生成してくる。これが利用者にとても自然な会話であるという印象を与えるのだ。
問いかけに対して、文体や語調、語彙まで整えてくる点も際だった特徴である。既存のチャットボットはこれらは変えられないか、変えられるにしても明確な指示が必要だった。
しかし、ChatGPTは特に指示がなくても、その文章に相応しい文体や語調を選択してくる。語彙力や感情、その分野特有の言い回しにまつわるパラメータを持っているということである。これらの相乗効果により、極めて人間らしい反応として仕上がっているのである。(続く)