平和な日常が一変!?もしも私が「炎上」したら…の心構え | 辛酸なめ子
独特の観察眼と味のあるイラストで人気を博す漫画家・コラムニストの辛酸なめ子さん。これまで、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)や『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)など数々の著作を世に出されていますが、このたび、新刊『新・人間関係のルール』(光文社新書)を上梓されました。辛酸さんは本書の「まえがき」で次のように述べています。「『新・人間関係のルール』なんて偉そうなタイトルで恐れ入ります。人間関係は人生の問題の多くを占めていて、ストレスの原因になったり、時には生きる活力の源泉になったりします。(中略)今回は、自分としては少し難易度の高いコミュニケーションの体験や気付きについて書かせていただきました」。本書の執筆中、世界を激変させるパンデミックが発生し、人間関係にも新しいルールが生まれつつあります。本書の刊行を記念して、本書の中から3つのトピックを公開いたします。第1回目は「炎上への対処法」です。
不安な状態にあると人間は攻撃性が増す?
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」
というヨハネによる福音書第8章の一節がこのところ心をよぎります。
芸能人の不倫に厳しすぎる世の中。たしかに恋愛の快楽に溺れて周りの人を傷つけたということはモラル的によろしくないですが、こんなに誰も彼もが叩きまくる風潮に恐怖を覚えました。当事者の親友やCMのクライアント関係とかならまだわかりますが、夫婦の問題に1ミリも関係ない人ばかりです。
税金が上がり、疫病が流行り、不安だらけの世の中で人々の心の余裕がなくなっているようです。不安な状態だと人間の攻撃性が増すと聞いたことがあります。また、芸能人のように見た目が良くてリア充っぽくて、多額の収入を得ている人々へのルサンチマンもあると思います。
人間は他人の不幸で喜ぶ生き物?
中野信子氏も「シャーデンフロイデ」について本を書かれていますが、他人が不幸になったり堕ちていく様を眺めて快感を得る、という人間の感情があるそうです。脳科学者、池谷裕二氏の著書にも「人間は他人の不幸で報酬系が活動し、脳が喜ぶ」と、ありました。人間の業の深さを感じます。
不倫やドラッグだけでなく、ちょっとしたことでも炎上する昨今。炎上しがちな辻希美さんが、いちご狩りでいちごに練乳をかけただけで叩かれた時は戦慄を覚えました。メディアに出ている知人は、誰が見ているかわからないので信号無視は絶対しないと語っていました。そのくらい一挙手一投足に気をつけないとならない昨今です。
ちなみに以前、江戸時代についての本を読んでいて、炎上の元祖というべき風習を発見しました。江戸時代、火事が発生すると野次馬が集まるだけでなく、火事見物の人を目当てに蕎麦屋の出店まで出たそうです。
現代の火事見物はネットという場に移動し、江戸の人々が蕎麦を食べながら見物したように、食事中にネットで炎上ネタをチェックしてメシウマとか言っている現代人の姿が浮かびます。安全な場所から堕ちていくセレブを見物していると、歪んだ勝利の快感を得ることができます。自分もつい芸能ゴシップを楽しみに見てしまうので、そんな因果な行為についてとやかく言えません。
炎上する側になると……
ただ、炎上する側になったら事態は一変します。余裕だった日常が、道ゆく人まで誰もが自分を責めているようなイバラの道に……。
私はエゴサーチをしないので積極的に炎上を見つけることはないのですが、ツイッターなどで批判やお叱りのメッセージを送られることがあり、その時は数時間くらい落ち込みます。自分の不用意な発言や、言葉足らずだったことが招いたこととはいえ、知らない人から突然敵意を向けられたり叱責されるのは心にこたえます。世界がグレーがかって見えます。
先日もメーガン妃について意見を書いたら、知らない人に怒られました。さかのぼると結構セクハラ的な発言をしてきた人で(子宮が疼いたんですか。とか)、こちらもいろいろ反論したい思いがあったのですが飲み込み、当該ツイートを消しました。
また同じ頃、私がハワイに行ったことを書いたら気に入らなかったのか、別の人にディスられました。このようなプチ炎上でも相当ダメージがあるのに、芸能人で炎上した人はどのようにして心のバランスを保っているのでしょう……。今世の学びのためか、人生で炎上を経験することになった人々に尊敬の念すら抱きます。
敵意には愛が勝つ?
いっぽう、人をバッシングしがちな歪んだ正義感の持ち主は、いったい何をしたら満足してくれるのでしょうか。涙にくれながら反省と謝辞を述べれば良いのでしょうか。謝罪し、発言を訂正し、しばらくおとなしく謹慎したり……?彼らは、炎上対象が謝ったのを見ると、また飽くなきシャーデンフロイデ欲にかられて新たなターゲットを探すのでしょう。
以前バッシングされたことがある友人は、「叩いてきた人のツイートを見ると私以外にもいろんな人に難癖をつけていました」と話していました。心の中に満たされないものがあるのでしょう。難しいですが、叩いてきた人の幸せを祈るのが良いのかもしれません。友人からは「相手の幸せを祈りつつ、その知らない人に嫉妬されるくらい恵まれた自分の状況に感謝する」という言葉も。そのくらいポジティブに乗り切れれば良いのですが……。
作家の知人は、「数年前に炎上した時は、ひたすら相手に感謝の念を送っていました」と殊勝なことをおっしゃいました。「常に愛を送る練習になりました」。敵意には愛が勝ちます。
あとは「塩サウナ入りまくりました」とのこと。たしかに岩盤浴とか塩サウナの最中は不思議とネガティブな思いにかられないし、デトックスになります。「炎上は2週間くらいで沈静化します」という経験者の言葉も参考になります。
作品の結末が世の中の願望と違っていたため炎上した脚本家さんは「もう一生分叩かれました」とおっしゃっていました。「カミソリどこに送ればいいですか?」みたいなメッセージがたくさん来たそうで怖すぎます。「同じく炎上しているスタッフとなぐさめ合いました」とのことで、周りに同じ辛さを共有できる人がいると良いみたいです。
スルーしつつ、心の中で相手の幸せを祈る
アメリカ人サイキックのレーネンさんに、日本の炎上についてどう思われるか聞いたことがあります。
ネガティブな人たちは、昔やったことを必ず掘り起こします。過去に何か悪いことをした人で、今は変化し成長した人に対しても、過去の言動を明るみに出して傷つけようとします。アメリカから日本を見ていて思うのは、日本人はよく人を裁きますよね。お金持ちや有名人が不倫した時など、一般の人もやっていることなのに激しくバッシングされます。多くの人にはフラストレーションがあります。ネガティブな人たちを怖がるとネガティブな存在に対して心を開くことになります。ネガティブな意見は無視するのが良いです。人の非難に反応しないことで、相手が異なる意見を持つ権利があるのをリスペクトすることになります。反論したり説明しないことは、非難に対するポジティブな対処法です。
つまり、スルーしつつ、心の中で相手の幸せを祈るのがベストのようです。反応すると相手にまた娯楽を与えることになってしまいます。炎上ウォッチャーを炎上中毒から抜けさせることができれば、かなりの徳を積んだことになりそうです。
このたびの教訓
炎上はスルーして相手の幸せを祈り、自分は徳を積む。
著者プロフィール
辛酸なめ子(しんさんなめこ)
1974年、東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、『女子校礼讃』(中公新書ラクレ)、『無心セラピー』(双葉社)、『電車のおじさん』(小学館)など多数。
『新・人間関係のルール』目次
まえがき
【その1】人間関係のテクニック
【その2】試練への対処法
【その3】同調圧力のかわしかた
【その4】コロナで変わった人間関係
【番外編】人間不信になる前に
あとがき