日本企業はメタバースで生き残れるか?
4章⑩ GAFAMのメタバースへの取り組み
光文社新書編集部の三宅です。
岡嶋裕史さんのメタバース連載の30回目です。「1章 フォートナイトの衝撃」「2章 仮想現実の歴史」「3章 なぜ今メタバースなのか?」に続き、「4章 GAFAMのメタバースへの取り組み」を数回に分けて掲載していきます。今回はその10回目です。
ウェブ、SNS、情報端末などの覇者であるGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)はメタバースにどう取り組んでいくのか? 果たしてその勝者は? 各社の強み・弱みの分析に基づいて予想します。
本記事では日本の動向に焦点を当てます。
※下記マガジンで、連載をプロローグから順に読めます。
4章⑩ GAFAMのメタバースへの取り組み
日本企業に勝機は?
翻って、我らが日本企業はどうか。
ここまでで述べてきたように、仮想現実を巡る需要はメタバースとミラーワールド(デジタル空間と現実がリンクした世界のこと)に二分していくだろう。
テックジャイアントと呼ばれる巨大プレイヤは、これまでに積み上げてきた資産を活かすためにミラーワールドを志向することが予想される。規模の大きさも、ミラーワールドでは有利に働く。どれだけのデータを確保しているかが、ミラーワールドの範囲と精度に直接結びつくからだ。
新興企業はミラーワールドではテックジャイアントに太刀打ちできない。また、ミラーワールドにさほどの魅力を感じていない。今から好んで仮想現実で一旗揚げようなどと思うアントレプレナーは、まったく新しい世界を構築する野望を持っているか、もともとリアルが嫌いなギークである。
私はマジョリティが楽しむミラーワールドと、オタク好みのメタバースがそれぞれに立ち上がり、やがてゆっくりとメタバースに参加人口が移動していくと考えているが、しばらくは両立の時期が続くだろう。
この潮流の中で日本企業が存在感を示すとしたら、メタバースが良いと思うのである。サブカルチャーで高い評価を得て、独特なプレゼンスを確立している日本はメタバースでブランドたり得る(今のところは。各国が急速に追い上げている)。
何せオタク世界の支配言語は日本語なのだ。
ミラーワールド志向の行政
やや残念に思うのは、大きな予算を投じやすい行政公認の仮想現実への取り組みが、ミラーワールドに偏っているように見えることだ。
バーチャル渋谷
バーチャル渋谷内で開催されるイベント
池袋ミラーワールド
政策決定者の気持ちはわかるのである。いきなりリアルとは異なる世界観を持つメタバースを立ち上げるのは、周囲の理解を得にくい。ミラーワールドであれば、「現実をそのまま、デジタルに移行します」とでも言っておけば、リテラシがまったくない人にも説明することが可能だろう。
まして、コロナ禍の影響を受けている期間では、「リアルの店舗では集客しにくいので、バーチャルで」と話を進めることに一定の説得力がある。
だが、ミラーワールドを成功させる鍵は、情報の質と量にある。リアルと同じ建造物、リアルと同じ体験を目指すからこそ、中途半端な作りでは粗が目立ってしまう。
「現実にあるエリアを再現するのだから、渋谷や池袋や新宿が参画しているプロジェクトが最も強いのでは?」と思うかもしれない。しかし、データの収集と分析に長けた巨人を甘く見るのは禁物である。
ローカルメディアはなぜ衰退したか?
インターネットの初期において、ローカルメディアの時代が高らかに宣言された。全国メディアの影に隠れて日の目を見なかった地方メディアが、全国メディアと同等の発信力を得る機会だったからである。
顧客にさえリーチできれば、ローカルに根ざして生きる人々が本当に求める身近な情報を最も適切に届けることができるのはローカルメディアであり、ローカルゆえに広告なども正しく刺さるのだと考えられた。
しかし、現状を見渡せば明らかなように、ローカルメディアは没落した。テックジャイアントはローカルな情報もくまなくさらっており、渾然一体としたそれを利用者が望む形に加工して提供する技術も巧みだった。
広告すらローカルメディアに寄与しなかった。ローカルメディアに注目が集まれば、広告出稿が増えるはずだった。しかも全国メディアと違って、地域にターゲットを絞った出稿である。マッチングの度合いは高いと考えられていた。
でも、テックジャイアントの広告は、地域ごとにセグメントを区切るような雑なものではなかった。年齢、性別、趣味嗜好……その他あらゆるデータを活用して、カスタマイズした効果的な広告を提供することが可能だった。どんなクライアントもテックジャイアントのほうに出稿したがった。
地の利があってもテックジャイアントには敵わない
同じことがミラーワールドでも起こるだろうと考えている。バーチャル渋谷も池袋ミラーワールドもVR新宿もそれぞれに頑張っているが、リアルな地域と連携しているからそれだけで勝てるほどデータの世界は容易ではない。
グーグルはかつてアレクサンドリア図書館になることを望むかのように、すべてのドキュメントをデジタル化したがった。
それが現在では複数のテックジャイアントが、あらゆるデータをデジタル化したがっている。風のゆらぎも、小鳥のさえずりも、初夏の木漏れ日も、標本化して量子化して符号化すればすべてはデジタルデータになる。かつてできなかったこと、空想の産物にすぎなかったことが、デジタル技術の洗練によって、手の届くところに来ている。
彼らは圧倒的な物量にものを言わせて、渋谷も池袋も新宿もデジタル化するだろう。自分の国の自分の地域だから、だけでは勝てない。「自分の体は自分が一番よく知っている」はずなのに、AIの医療診断に勝てないのと同じだ。
ミラーワールドも悪くはないし、人の益にもなるものだが、テックジャイアントを相手に気の遠くなるような退却戦を戦うくらいならメタバースに勝機があると思うのだ。
日本が世界に存在感を示せる産業分野
これは世界市場でのゲームシリーズ総収益ランキングである。これだけ日本が存在感を示す産業分野がいまどのくらいあるだろうか。
ゲームやアニメの世界観をベースにする、リアルとは違うもう一つの都合のいい世界:メタバースこそ、日本が無限大の集積を持つ勝負分野である。
サブカルチャーを正面から後押しするのは、行政や立法には難しいかもしれない。サブカルチャーはオタクの身も蓋もないリビドーも込みで、魅力を形成する。
たとえば、『君の名は。』から生じたコンテンツツーリズムで、行政がサブカルチャーからお行儀の良い耳障りのいい箇所だけをつまんで利用を試み、急速に没落させたように、個々のメタバースではねちゃねちゃしたどうしようもなさも許容しないと、人が集まるようなものは作れないだろう。
後押しが難しければ、開こうとする芽を踏み潰さないだけでもいい。それだけで日本のメタバースはいい戦いができるだろう。
国交省のプロジェクトプラトー
その意味で、国交省のプロジェクトプラトーはいい取り組みだと考える。全国50都市の精密な3Dデータをオープンデータとして提供するプロジェクトである。
プラトーのデータを使って、平面上に都市を造り、それをくるくるとまるめている
プラトーのデータを使って、ARで地形に合わせて初音ミクを表示している
おそらくはデジタルツイン(デジタル空間に再現された現実世界のこと)をやりたいのだろうが、目的を縛っていないので、データを収集・公開した者が想像もしなかったコンテンツを作るクリエイタが必ず現れるだろう。(続く)
参考:メタバース、ミラーワールド、デジタルツインの関係
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