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新人編集者が全米ベストセラーを読んで、こんな面白い本があったのか!と驚愕した話

今回は新書編集部ではなく、隣の隣の隣の編集部からの寄稿です。

こんにちは、光文社翻訳編集部の宮本と申します。
20代の新人でわからないことだらけですが、日々手探りで頑張っております。

さて、今回は、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー1位に輝き、全米で150万部以上を売り上げた、マルコム・グラッドウェルの新刊、『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』の紹介をさせていただきます。

このマルコム・グラッドウェルという方は、アメリカの知識人層では知らない人がいないほどの書き手らしく、タイム誌の「もっとも影響力のある100人」にも選出されるほどの人物らしいのですが、僕は先輩の命でこの本を読むことになるまで、「マルコムといえばマルコム・Xでしょ、グラッドウェルって誰?」というていたらくでした(笑)
翻訳編集者の端くれとしては恥ずかしいばかりで猛省しましたが、読了後は、そのあまりの面白さ、語り、構成の妙にうならされすっかり彼のファンになってしまいました。

まずは著者の簡単な紹介を。

マルコム・グラッドウェルは、アメリカで最も有名なジャーナリスト、知識人の一人です。本書のみならず、のちに紹介する『第一感』や「天才とは1万時間の訓練からつくられる」という説を世に広めた『天才!』などの国際的なベストセラーを多く著し、新作が出るたびに大きな話題を呼ぶといいます。

ジャマイカ人の父親とイギリス人の母親のもと、イギリスに生まれカナダで育ち、アメリカで名声を得るというマルチカルチュラルな経歴と、そのロックスターのような風貌もあいまってスター性も抜群。ラジオパーソナリティとしても人気があります。

(「パスタソースと幸せ」について語っているこのTEDトークは、彼のユニークなアイデアとユーモア、語り口がうかがえて面白いのでぜひご視聴ください!日本語字幕がついてます!)

さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここからようやく『トーキング・トゥ・ストレンジャー』の紹介といきます。

まず初めにネタバレ的に言ってしまうと、本書は一言でこういう本だと言うことが難しい本です。
それは、構成や語りが巧みで、様々な論点やエピソードを行きつ戻りつするからでもあります。
それでもあえて一言で言い表すなら、「他人を理解することは難しい」ということを様々な視点から語った本ということになりましょうか。

それを語るために著者がメインに取り上げているのが、2015年にテキサス州で起きた「サンドラ・ブランド事件」です。日本では聞いたことがない方が多いかもしれませんが、当時アメリカでは大きなニュースになり、2020年現在も再びスポットライトが当てられている事件です。
なぜか?
それは、ある黒人女性が一人の白人警官と些細な行き違いから逮捕され、留置所の中で命を落としたという経緯が、今年に入って大規模な抗議行動のきっかけとなったジョージ・フロイド氏の死と結び付けられたという一因があると思います。

本書は、この事件を冒頭でまず取り上げ、他のいくつものエピソードを挟みながら、終わりでまたこの事件の話に戻るという構成をとっています。

ここでは、「サンドラ・ブランド事件」の概要が簡潔にまとめられた冒頭の一節を引用します。

2015年7月、サンドラ・ブランドという名の若いアフリカ系アメリカ人の女性が、故郷のシカゴを車で出発し、テキサス州ヒューストンから西に一時間のところにある小さな町に向かった。(中略)右折し、プレーリー・ビュー大学のキャンパスを取り囲む幹線道路に入ると、警察官に制止された。警官の名前はブライアン・エンシニア。黒髪を短く刈り込んだ30歳の白人だ。彼は礼儀正しかった――少なくともはじめのうちは。車線変更のときに方向指示器を出さなかった、と警官は指摘した。警官がいくつか質問し、ブランドはそれに答えた。しばらくして彼女がタバコに火をつけると、 エンシニアはタバコを消すように言った。(中略)ブランドとエンシニアの口論は不穏なほど長引き、ふたりの感情はエスカレートしていく。
(中略)ブランドは逮捕され、身柄を拘束された。 三日後、彼女は独房で自殺した。
(中略)あの日、テキサス州の田舎の幹線道路の脇で実際に何が起きたのか?本書では、その事実を追求したい。
(はじめに「車を降りろ!」より)

これだけ読むと、サンドラ・ブランドの死はひとつの「謎」でしょう。実際にこの本は、彼女の死の真相を解き明かす一種の「ミステリー小説」的な側面もあります。
先述の通り、世間では白人と黒人の対立という構図で語られることが多いこの事件ですが、本書では、些細なことから起きる誤解や勘違いといった側面に光をあてて語られます。

(サンドラ・ブランド事件を報じたニュース動画のリンクです。冒頭で警察官に頭を地面に押し付けられている様子が鮮明に映っています)

余談なのですが僕もこの事件に近い経験をしたことがあります。
大学時代にメキシコと国境を接するアメリカの州に留学しておりまして、現地人の友達にドライブに連れて行ってもらったときのこと。検問のようなもので足止めされ、同乗していたエクアドル人の友人の女の子が、スペイン語を話すせいで、近辺に多く潜むメキシコ人の麻薬の運び屋ではないかと疑われました(そして僕はカモフラージュのためのアジア人であると 笑)。
全員がボディチェック、身分証チェックをされ、車のトランクまで徹底的に調べられました。善良で礼儀正しい彼女が疑われたのは心外でしたが、確かにラテン系にしては非常にシャイで警官と目を合わそうとしないし、僕とドライバーの彼はあまりに映画的な出来事に思わず笑ってしまうなど、典型的な犯人グループに見えてしまったのもあるかもしれません
(本書で取り上げられるアマンダ・ノックスの冤罪事件のパートも、たとえ客観的な証拠に乏しくとも、疑わしい行為や振る舞いをする人間を世間が犯人に仕立ててあげていくプロセスが描かれていて、とても興味ぶかいです)。

僕たちは無事に解放されましたが、一つ対応を間違えばサンドラ・ブランドのように拘束されていたかもしれません。
そういうことは、アメリカのみならず日本でも普通に起きることで、警察の取り締まり事件だけでなくあらゆる場面にそういう「落とし穴」は隠れていると思います。

実際本書には、「サンドラ・ブランド事件」以外にも、以下に挙げるような、多くの興味深いケーススタディーが出てきます。

・侵略者エルナン・コルテスとアステカ帝国最後の皇帝モンテスマ2世の邂逅

・「キューバの女王」と呼ばれた女スパイとフィデル・カストロを裏切った男スパイ

・第二次世界大戦開戦前夜、ヒトラーの嘘を信じてしまった英国首相チェンバレン

・史上最大の巨額詐欺師バーナード・メイドフの連続出資金詐欺

・アメフト強豪校コーチの連続児童性的虐待事件

・心理学、人類学的にみるドラマ『フレンズ』の登場人物の表情の機微と、トロブリアンド諸島の先住民の感情の表し方

・イタリアの殺人事件におけるアメリカ人女子大生アマンダ・ノックスの冤罪事件

・スタンフォード大のエリート大学生の社交クラブパーティーにおける性的暴行事件

・9・11実行犯のアルカイダ最高幹部への心理学者による尋問

・詩人シルビア・プラスの自殺と彼女の死に方の選択について

・カンザス・シティーにおける防犯パトロール実験

これらのケースは、どれも人の勘違いや思い込みを明らかにするケースだという共通点こそあるのですが、一見バラバラで互いに無関係にも思えます。

それをグラッドウェルは、様々な理論を武器に見事に分析し結びつけていきます。
たとえば、人は相手を信用するよう初期設定されているという「トゥルース・デフォルト理論」、人の感情は表情に如実にあらわれるという「透明性理論」、行動と場所が密接に関連しているという「結びつき(カップリング)理論」など、名称だけ聞いてもよくわからないからこそ詳しく知りたくなるようなものばかりです。

ジェットコースターのように縦横無尽にいろいろなことを語りつくすグラッドウェルのスタイルですが、最後には「えっ?」という意外な結末が待ち受けています。本当に自分はこの本を理解できたのかという疑いとともに、気づけばまた読み直すことになると思います。

エピソードの一つ一つはどれもめちゃくちゃ面白いのですが、僕が特に気に入ったのは、シルビア・プラスの自殺について検討する章。生涯にわたり重い鬱病と闘い、30歳で自ら命を絶った、天才女性詩人。
僕は学生時代に英文学を勉強していたのですが、その時に出会った彼女の詩の、繊細である種病的なイメージに惹かれるものがあって、「生まれながらにして早く死ぬ運命にある天才っていうのもいるんだなあ」というありふれたことを思っていました(カート・コバーンや芥川龍之介、尾崎豊とかについてみんなが言うようなことですよね 笑)。

しかし、オーブンに頭を突っ込むというプラスが選んだ自殺の方法にグラッドウェルは注目し、当時のデータなどを参照しながら、彼女の死は、本当に天才詩人ゆえに運命づけられたものだったのか?ということに迫ります。思考停止的な認識を根底から覆される本当に面白い体験でした。

(彼女の半生を描いた伝記映画『シルヴィア』は、この美貌の天才詩人の、破滅的でいて人間味あふれる素顔に迫っていておススメです!)

他人を理解するのが難しいというのはいつの時代も同じですが、このコロナ禍の時代で、人々が、他者というのは自分とは全く違うコントロールできない存在だということを、より強く意識しはじめているのではないかと思います。
そんな今だからこそ、理解不能な他者との出会いが避けられない社会で生きていく知恵を身につけるために、一人でも多くの人に本書を読んでほしいと思います。

特に社会や人間関係の仕組みに興味がある人、良い仕事のために人間への洞察を深めたいクリエーター、ビジネスマンの方々には必読です!

ストレンジャーズタイトル画像 (1)

光文社のグラッドウェルの好評既刊もぜひ!

『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』
(マルコム・グラッドウェル著、沢田博・阿部尚美訳)



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