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コロナ禍で変化した「食」への意識。「耕す」ことで手に入れられる豊かな暮らしとは?

食料自給率が40%を下回る日本は、食の大部分を海外に頼っています。また、「飽食の時代」という言葉に象徴されるように、私たちはクリックひとつで自宅に食品が届き、コンビニエンスストアだけでも食事を賄うことができる時代を生きています。しかし、今後、地球環境に変動が生じ、農作物の輸出入に不測の事態が起きたらどうなるでしょうか。「食の海外依存」「国内農業の荒廃」という二重のリスクを抱えている私たちは、今、食と農についてどう考え、どう行動すべきなのでしょうか。本書では、地域社会や食と農、有機農業などの動きに精通している千葉商科大学人間社会学部准教授の小口広太さんが、現場で起きている新しい動きにも着目しながら「等身大の自給」について考えます。刊行を機に本文の一部を公開いたします。

日本の食と農の未来-帯表1_RGB

耕し続けた人たち、耕し始めた人たち

コロナ禍は、食と農を取りまく状況を大きく変化させました。「食」の現場を見ると、食料自給や地産地消などローカル・フードシステムへの再評価が起こりました。同じく、「農」の現場にも大きな変化が起きています。そのひとつが都市生活者による農への関心の高まりと耕す市民の増加です。人々は耕し続け、耕し始めたのです。

例えば、みんなの農園(1971年に設立された生活協同組合「生活クラブ神奈川」が2018年9月、横浜市泉区に開設した「生活クラブ・みんなの農園」を指す)では、長時間の滞在を避けること、定期的に行われる講習会の時間帯をずらすなど、密を避ける工夫をして受け入れ続けました。多くの農業体験農園が同じでした。農業体験農園や市民農園への問い合わせ、新規利用者も増加しています。筆者はコロナ禍で耕し始めたひとりで、みんなの農園の利用者です。休日はほぼ毎日通い、収穫を喜び、身体を動かし、娘にとって安心できる最高の遊び場となりました。

収穫を楽しむ筆者の娘(撮影:筆者)

「みんなの農園」で収穫を楽しむ筆者の娘さん

援農ボランティアの現場にも変化が起きています。東京都農林水産振興財団の広域援農ボランティアへの登録者は、2020年3月時点で376名でしたが、2020年5月からの約3か月で200名ほども増加し、毎年400名弱の派遣回数は7月のみで199回にのぼりました。担当者は、「コロナ禍で、消費者の意識、食に対する考えが変わってきている」と述べています。

マルイファームでは、外出自粛中も会員の判断で活動を続け、毎回参加する会員も増えました。ある会員は、「ここはいつでも受け入れてくれて、身体を動かし、誰かがいるから楽しい」と語っていました。

なぜ、耕す市民は増えたのか

耕す市民が増加した背景には、在宅勤務の普及により職住一体が進んだこと、外出自粛によって買い物や娯楽施設、旅行など消費活動が制限されたことなどが挙げられます。さらに、在宅勤務と外出自粛は運動不足や精神不安、コミュニケーションの希薄化など身体的、精神的、社会的な弊害ももたらしています。

内閣府が2020年5月25日~6月5日に実施したインターネット調査によると、「まったく満足していない」を0点、「非常に満足している」を10点とし、「①新型コロナ感染症拡大前、②感染症の影響下、それぞれ何点くらいになると思いますか」という質問の結果、「生活全体の満足度」が5・96 → 4・48、「社会とのつながりの満足度」が6・07 → 4・32、「生活の楽しさ・おもしろさの満足度」が6・33 → 4・38に低下しました(内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」)。

コロナ禍で在宅勤務が普及し、働き方も変わりつつありますが、「生活の質」は必ずしも向上していません。こうした状況に対し、農地は密を回避する開放的な空間として居場所、つまり「サードプレイス」になりました。都市生活者は、現状の暮らしを豊かにしていくひとつの手段として耕す市民という実践を選択し、自己防衛的に耕し続け、耕し始めたと考えられます。

夏野菜の収穫(撮影:筆者)

「みんなの農園」で夏野菜の収穫(撮影:筆者)

やぼ耕作団が実践した耕す市民

耕す市民という言葉、実践が生まれたきっかけのひとつに「自給農場運動」があります。自給農場運動は、高度成長や農業の近代化によって歪んだ暮らしを、都市生活者が自ら耕し、自給することで問い直した取り組みです。

その始まりは、「自らつくり・運んで・食べる」を掲げて1974年春に創設された消費者自給農場「たまごの会八郷農場」(茨城県石岡市八郷地区)です。消費者が共同で出資し、自ら農場をつくったのです。農場の運営は会員の中から専従スタッフを置きましたが、都市に暮らす会員も購入するだけではなく、共同労働者として生産に関わり、平飼いの鶏卵や多品目の有機野菜を栽培しました。

その後、都市生活者が日常的に耕し、自給することを選択したたまごの会のメンバーが1981年に東京都国立市で「やぼ耕作団」を発足させました(その後、活動拠点を日野市に移動)。

やぼ耕作団は、十数家族が30~50アールの農地を共同で耕しました。都市農業における野菜農家の平均的な面積を複数の家族で耕したことになります。これは「ハイレベルな市民耕作」とも呼ばれ、耕作面積が広く、自給度の高さが特徴です。「市民農園や農業体験農園以上独立就農未満」の活動と表現すれば、わかりやすいでしょう。

少量多品目の野菜、米、麦の栽培、味噌や醤油など農産加工、ウサギやニワトリ、ヤギなど家畜の飼育、ワタや藍を栽培して織物や染め物、布団までつくり、自給しました。そして、家畜の糞尿や生ゴミ、落ち葉、稲ワラ、麦ワラ、米ヌカなど身近な資源を利用して堆肥をつくる有畜複合型の有機農業に取り組みした。

やぼ耕作団の活動は、市民であっても生産手段である農地、種、道具、機械、施設を活かす技術を身に付け、食生活の自給度を高めていくとともに、メンバー間の多様な知恵と工夫によって生活全体が自然に寄り添った「ホンモノの暮らしづくり」へと展開していったのです。

「自給」と「つながり」を大切にする「住み続けられる都市」へ

やぼ耕作団は、1997年に解散しましたが、「誰もが農に関われること」を実践的に証明し、耕す市民という先駆的な動きをつくり出しました。そのリーダーであった明峯哲夫さんは耕す市民の実践と理論の構築に尽力し、社会に向けて多くの発信をしてきました。

図は、人間の暮らしの成立条件です。明峯さんは、人間が自然的かつ社会的な存在であるとし、暮らしの成立条件を「自給」と「つながり」の充足にあると指摘しました。つまり、耕す市民の実践は、食べものの自給や身体性の確保、相互扶助を生み出すコミュニティの形成など単なる趣味嗜好ではない「豊かな暮らし」の実現にあります。

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都市農業は新たなステージに入り、コロナ禍でその重要性と必要性が再認識され始めています。すでに述べた通り、耕す市民の存在は、農家とともに都市農地を守り、育む担い手です。都市農業振興基本法では都市農業の多様な機能が評価され、農業体験や交流などの機能の発揮が理解の醸成につながります。

2020年は、東京圏で2013年7月以降初めて7月、8月、11月、12月に転出超過でした(年間を通して見ると転入超過)。緊急事態宣言による移動制限や感染者の増加などがあり、本来転入するはずだった人たちが移動できなかっただけではなく、テレワークの普及などによって他の地域に移住する人たちが増加したことも一因です。

実際、コロナ禍を機に都市から地方へという「田園回帰」の流れは強まり、受け入れ側の地域も期待を寄せています。人口の地方分散は持続可能な社会をつくる上で望ましい動きですが、それですべてを解決できるわけではなく、「住み続けられる都市をどう育てていけるのか」という問題意識も同時に考えることが必要です。

都市でも高齢化が進み、人口減少の時代に入ります。世帯規模の縮小に加え、空き家問題も顕在化している現状で、これまでのような宅地需要は大きく見込めません。都市農業の現場でも他の地域と同様、高齢化と後継者不足の問題を抱え、農家だけで農地を維持していくことに困難が生じています。都市農地を「宅地にするのか、農家が維持するのか」だけではない選択肢をつくりながら、その保全と活用策を考えていくことが重要です。

コロナ禍で明らかになったのは、耕す市民が都市農業を支えるだけではなく、耕すことが人間の暮らしそのものを支え、結果として都市農地の維持や都市農業の振興に大きく貢献するということです。

都市農業への理解や都市農地の維持はもちろん重要ですが、それをさらに一歩進めて、耕す市民の実践を、人間の暮らしに不可欠な「自給」と「つながり」を充足する実践として位置付けることが持続可能な社会をつくる上でも大きな役割を果たします。こうした都市農業、都市農地の普遍的な価値が認められることによって、その維持と多様な農の担い手は増えていくことでしょう。

『日本の食と農の未来』目次

【第1章】日本の食と農のいま
【第2章】この時代に農業を仕事にするということ
【第3章】持続可能な農業としての「有機農業」を地域に広げる
【第4章】食と農のつなぎ方
【第5章】食と農をつなぐCSAの可能性
【第6章】都市を耕す

著者プロフィール

小口広太(おぐちこうた)
1983年、長野県塩尻市生まれ。千葉商科大学人間社会学部准教授。明治学院大学国際学部卒業後、明治大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得満期退学、博士(農学)。日本農業経営大学校専任講師等を経て2021年より現職。専門は地域社会学、食と農の社会学。有機農業や都市農業の動向に着目し、フィールドワークに取り組んでいる。日本有機農業学会事務局長。農林水産政策研究所客員研究員。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)理事。著書に『生命(いのち)を紡ぐ農の技術(わざ)』『有機農業大全』(ともに共著、コモンズ)などがある。


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