「郵政破綻」は近い!? 巨大グループの「腐敗と本性」を徹底検証|藤田知也
裏切り者は「絶対に潰す」
パンドラの箱を開けたのは、決死の思いで録音された1時間18分の音声データだった。
耳を澄ませば、オルゴールのようなBGMが流れている。そこにドスのきいた男の声がかぶさってきた。
62歳だった男は郵便局長として、〝裏切り者〟を捜していた。疑わしい配下の局長を郵便局の応接スペースに呼びつけ、身内の不正を本社に内部通報したことを自白させようとしている。
か細い呻き声も聞こえてくる。疑われた40代の男性局長が、「いえ」「そんな」と絞り出している――。これが2019年1月に起きた出来事だ。
男が守ろうとしたのは、〝同一認識・同一行動〟の徹底を求める組織の規律である。
組織とは、郵便局を運営する日本郵便ではない。現役の局長だけで構成する「郵便局長会」を指す。法人格のない任意団体で、中央組織の「全国郵便局長会(全特)」を頂点に、12の「地方郵便局長会」、238の「地区郵便局長会」、約1600の「部会」へと枝分かれするピラミッド組織。会員数は全国で1万8千人を超える。
そのなかで男は、九州ナンバー2の座にいた。日本郵便九州支社でも高位の役職を与えられて厚遇され、地域で強力な人事権限も握るが、優先するのは勤め先のガバナンスや人権ではなく、局長会の結束とメンツだった。
音声データには、こんなセリフも記録されている。
私は2020年2月にこの音声データを入手し、男の言葉を一文字ずつ起こしていった。朝日新聞デジタルで音声とともに記事を配信し始めたときは、これは大問題に発展すると信じて疑わなかった。折しも日本郵政グループは、かんぽ生命保険の不祥事を受けて経営陣を刷新し、企業再建のさなかにあった。
ところが、刷新されたはずの経営陣の対応は異様だった。局長会に話が及ぶと途端に口が重くなり、腫れ物に触るように言及を避けた。日本郵便の社長に至っては、ウソに違いない説明を2度、3度と繰り返した。男の脅迫行為が刑事事件として立件され、やむなく再調査や追加処分に及んだが、それでも問題の根底にある局長会活動にメスを入れることは拒み通した。
支社幹部でもある局長の「選挙違反かもしれんこと」について、政府が出資する上場企業として調べるのは当然ではないか。少なくとも本人に話を聴くべきではないか。そう尋ねる私に、日本郵便は2021年7月、調査する必要などないのだと堂々と宣誓してみせた。そこまで言われたら、自分で調べてみるしかない。彼らがいったい何を隠しているかを。
不正で選挙の得票を上積み
ニッポン最強の集票マシン――。局長会は長らくそんなふうに呼ばれてきたが、内実はベールに包まれている。
第2次安倍政権の発足以降、3年に1度の参院選で、局長会は組織の代表を自民党公認候補として比例区に立ててきた。2013年は42万票、2016年は52万票、2019年は60万票と躍進し、いずれも自民党でトップ当選を果たした。投票総数の1%を超え、会員1人あたりの平均集票数は30票超に。組織代表を国会に送り込む他の業界団体と比べても、集票能力の高さはピカ一だ。
強さの秘密はどこにあるのか。
私はかんぽ生命の不祥事が発覚したのを機に、2019年夏の参院選の直後から日本郵政グループについて取材を始めた。その過程で局長会にまつわる噂や醜聞も耳にしたが、公表される情報はわずかで、確たる証言や文書も限られていた。前作『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)を書いたときも、取材に協力してくれる現役の局長は一握りだった。
そこで2021年の夏から、局長会に照準を合わせて取材を深めてみることにした。取材源を各地につくり、翌年の選挙活動をリアルタイムで観察する狙いだったが、目論見はやや外れた。選挙を待つ暇もなく、不正や不祥事、違法行為が続々と浮かび上がってきた。
厳しい「集票ノルマ」に追い立てられる局長たちは、得票を増やそうと、郵便局のロビーでユルそうな客を物色していた。顔なじみのお年寄りに近づき、雑談を通して投票行動を分析。使えそうな客はエクセルファイルでリスト化し、無断で政治団体と共有する者もいた。
郵便局の経費や物品を選挙のために流用する例は、枚挙にいとまがない。億単位の会社予算を引き出して購入されたカレンダーが、選挙のために使われていたことも判明した。取材を始めて1年もしないうちに、200人超の局長が社内処分を受けた。少なくとも2019年の「60万票」という金字塔は、一定数の不正行為によってかさ上げされていた疑いが濃厚だ。
だが、この程度の不祥事でめげる組織でもなかった。
局長会は私の取材に、不正などないとウソをついたままダンマリを決め込んだ。顧客情報の流用を指南した幹部らは調査もされず、正直に打ち明けた現場の社員に責任をなすりつけた。顧客情報や会社経費を流用するハードルが上がり、参院選に向けた活動は数カ月にわたって休止を強いられたが、それでも2022年に局長会が擁立した候補は41万票を獲得し、当選ラインを悠々と超えた。前回より得票を減らし、トップ当選の座を著名な漫画家に明け渡したものの、職域団体としては圧倒的な集票力を改めて見せつけた。強さの秘密は不正だけではなかったのだ。
全国で数十万票を安定的に集める力の源泉はどこにあるのか。目を凝らすと浮かぶのは、組織の「動員力」と「集金力」である。
局長会には、全国津々浦々に配された1・8万人超の会員を無償でフル稼働させる力がある。選挙には配偶者も動員し、必要とあらば会社の幹部や郵便局のスタッフも動かす。
会員1人につき毎年20万円超の費用負担を強いることで、毎年数十億円の局長マネーが泉のようにわき出る。その一部は組織に協力的な政治家にも注ぎ込まれる。
現役世代の人員を安定的に確保し、そこから潤沢な資金を吸い上げるための「システム」。それが局長会特有の強みであり、決して知られたくない組織の秘密でもある。
これほど都合のいいシステムがいかに築かれ、どのように維持されてきたか。内実を知るには、数奇な歴史をたどる必要がある。
目的を見失った組織運営
組織のルーツは明治初期の郵政創業時、資金の乏しい政府に代わり、地方の名士らが自宅などを提供して敷いた郵便局網にさかのぼる。小規模局が中心で、民営化前は「特定郵便局」と呼ばれた。
コンビニのフランチャイズ方式のようにスタートしたことから、当初の局長組織は営業ノウハウを共有し、厳しい郵便局経営を連携して改善することが主眼だった。
戦後、労働組合から特権を厳しく批判され、政治へ傾倒していく。局長ポストと局舎を子や孫に引き継ぐ「世襲」を維持し、利権を拡大することが主目的に置き換わった。政治家や官僚との結びつきを強め、戦後最年少(当時)で郵政大臣となった田中角栄の後ろ盾を得たことで一気に開花。経済成長期に局数も増やして隆盛を極めた。
日本経済のバブルが崩壊し、行政改革が進むと、「国家公務員であり続けること」をめざし、民営化の要請には徹底的に抗った。郵政改革を推し進めた小泉純一郎に押し切られたが、逆境は組織の結束を強くする。小泉退陣後に民営化の針を押し戻し、郵便局が公共的な存在だと国会でわざわざ認めさせ、局数を決して減らさぬよう法律で規定することに奔走した。新たな目標のためにも、得票を稼いで政治的な影響力を保つことは必定だった。
だが、2012年に郵政民営化法の改正を実現し、第2次安倍政権で自民党との復縁を果たしたあたりから、組織の目的は漂流を始める。
絶対的な目標に掲げるのは、参院選の得票数の積み増し、局長が自ら保有する局舎数の維持・拡大、局長の転勤阻止、そして局長会の意に沿う会社人事の実権を決して手放さないことだ。どれも組織力の強化や維持につながるのは間違いないが、では、何のために組織力を必要としているのか。
民営化以前は、既得権益を守るという明確な目的があった。そのための手段として組織力や政治力が渇望された。だが、局長が局舎を持って相場より割高な賃料を得るのは、民営化で難しくなった。世襲で局長ポストを継ぐ者が減り、社員から登用する割合が増えた。会員個人が局長として享受するうまみが消える一方で、人事や予算で強い権限を与えられる一握りの幹部だけが利権を貪るようになった。よもや幹部の利得のために組織力を維持するのだとは口が裂けても言えず、「地域のため」「郵政事業のため」という抽象的な理念でごまかすようになった。
目的を見失った組織は、外部との接点や情報発信を減らし、内向きの権力志向を強めた。組織内で認められて出世すれば恩恵にあずかれる一方、組織の意に背けば痛い目に遭わせる。恫喝や脅迫と甘言や賞美を織り交ぜた恐怖支配によって〝同一認識・同一行動〟を押しつけることでしか、組織を統率できなくなった。世間から断絶された異空間で、前近代的で非常識な組織風土が膨張を重ねた。だが、それもいよいよ臨界点を迎えようとしている。人手と金品の「供給源」となる会社の経営が、行き詰まりつつあるためだ。
「郵便局破綻」のカウントダウン
2007年の郵政民営化は、今から思えば、腐敗が蔓延していた組織を立て直す千載一遇のチャンスだった。
現代社会の常識を採り入れ、不正や人権侵害を許さず、郵政事業の再建に正面から向き合っていれば、新しい景色が広がっていたに違いない。国民や利用者、投資家からも共感される企業体に生まれ変わる道が拓けたのではないか。そう信じて仕事に励んだ幹部や社員は少なからず確かにいたのだ。
だが、局長会は別の道を選んだ。目先の利権と幹部らの保身を優先し、民間から招いた経営者の足を引っぱり、不正や人権侵害抜きには通らない非常識な慣習や伝統を聖域にして温存させた。顧客を巻き込んだ選挙活動や制度改正に没入し、最も大事なサービスの改善や事業価値の向上からは目を背けた。当然の帰結として窓口から客足が遠のき、国民の関心は薄れ、事業の象徴だった郵便局は死の淵へと少しずつ追いやられている。
民営化して十数年の歳月を浪費した末に、待ち受けるのは茨の道でしかない。
日本郵政グループは、祖業の郵便サービスがゆうちょ・かんぽの金融2社と合わせて巨額を捻出し、老朽化する2万4千局の「窓口」を必死で維持する経営構造になっている。主要事業はどれも先細りで、コストを削って利益を絞り出す経営が漫然と続く。グループ全体が郵便局の巻き添えになって行き詰まる「破綻」のカウントダウンは、いまも時を刻んでいる。
この状態を維持しながら延命を図るには、郵便局を使わない国民にもコスト負担を払わせる必要がある。2019年には年200億円規模の税金払いを免れる制度をひそかに構築したが、事業がしぼむスピードに追いつくには端金に過ぎない。もっと多額の負担を、だましだまし引き出す挑戦がこれから本格化する。
しかし、野放図な延命は「負の遺産」となり、将来世代にツケを回すことになる。さらなるコストを負わされる前に、私たち自身が郵便局の内実と経営が行き詰まる真因を理解し、その行く末に「審判」を下すべきだ。
いざ世間の関心が注がれたとき、郵便局という窓口は、重たいコストを受け入れてでも「必要な存在」として支持されるのか。それとも「無用の存在」として郵便サービスや金融事業と切り離され、統廃合を迫られるのか。うわべのイメージでなく、事実に基づいた真っ当な判断がなされるためにも、局長組織の実態をきちんと記録しなければならない。そう考えて、本書を書ききることにした。
これまでベールに包まれてきた局長会の活動実態を内部資料や証言をもとに明らかにし、組織運営と会社経営の矛盾や限界を検証していく。
第一部では、局長会が会社の顧客データや物品経費を選挙に流用していた実態から、不正が蔓延る根本原因に迫る。不正の証拠が出ても調査を拒む日本郵便のガバナンス不全が、身内に利得を融通する不正や多額の詐欺犯罪の温床になっている。
第二部では、150年を超える郵便事業の歴史を通して、歪んだ局長史観が形作られてきた軌跡をたどる。先人から受け継がれる教本や郵政民営化法の変遷をひもときながら、元来の目的が形骸化し、組織に腐敗が広まった経緯を振り返る。
第三部では、音声データに記録された凄絶なパワハラ事件を詳報し、権力の源泉となる「人事」と「カネ」の構造を解き明かす。目的を見失った組織が力で統制を保つ限界が浮かぶ。
第四部では、世間から遠ざかり、存在意義も薄れていく郵便局の実情を報告し、組織と郵便局の行く末を探る――。
郵便局の存続に強い思いを抱くはずの集団が、自ら死期を早めている構図はじつに皮肉だ。しかし、これは社会の構造変化への適応や順応が遅れる他の業界や企業にも当てはまる。目先の利得に目を奪われ、改革を先送りしていると、結果として多大な損失をもたらしかねない。
この報告が郵便局の行方を考える材料となるだけでなく、有意義な営みが息長く社会に貢献できるように、組織のあり方を見つめ直す一助になれば幸いである。