ヨーロッパ人が憧れる屈指のリゾート地でいつか味わいたい、西洋美術史上の最高傑作
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ヨーロッパ人が憧れる屈指のリゾート地でいつか味わいたい、西洋美術史上の最高傑作

カラヴァッジョ研究の第一人者、美術史家、神戸大学教授・宮下規久朗さんによる美術をめぐる最新エッセイ集『名画の生まれるとき――美術の力Ⅱ』(光文社新書)が刊行されました。本書は、「名画の中の名画」「美術鑑賞と美術館」「描かれたモチーフ」「日本美術の再評価」「信仰と政治」「死と鎮魂」の6つのテーマで構成されています。長年、美術史という学問に携わってきた宮下さんが、具体的な作品や作家に密着して語った55話が収録されています。刊行を機に、本書の一部を公開いたします。今回は、第二章「美術鑑賞と美術館」の中から一話をお届けします。

マルタ島は島全体が至高のミュージアム

私の職場の若い事務職員が結婚することになり、新婚旅行にマルタ島に行くと言う。地中海のイタリア半島の先に浮かぶマルタ島は淡路島の半分ほどの小さな島にすぎないが、世界遺産が三つもあり、カラヴァッジョの最高傑作もある。

しかし彼はそのようなことをまったく知らず、単にきれいなリゾート地だから行ってみたいと言うので、拍子抜けしてしまった。たしかにこの島はヨーロッパ人の憧れる屈指のリゾート地であり、日本でも近年は人気が高まっているようだ。

私は学生時代からほぼ十年おきにこの島を訪れており、様々な思い出がある。最初に行ったときは情報もほとんどなく、飛行機も通っていなかったため、シチリア島から3日に一度しか出ないフェリーで渡るほかなかった。

太古の歴史を持ち、使徒パウロも訪れたこの島は、何よりも聖ヨハネ騎士団の島である。この騎士団はマルタ騎士団ともよばれたが、12世紀にエルサレムで設立され、聖地への巡礼者を保護する病院活動を主としていた。次第に対イスラムの軍事活動に重点を置くようになり、エルサレム陥落後はキプロス島、ついでロードス島に拠点を移し、そこがオスマン帝国によって陥落すると、1530年からマルタ島に移って来た。

以後、18世紀末にナポレオンに島を追われるまで、イスラム勢力からの防波堤として、ヨーロッパ中から大きな名声と信望を集めていた。1565年にはトルコの大軍がマルタを包囲し、多くの犠牲者を出しながらも島を死守した。この「マルタ大包囲」によって聖ヨハネ騎士団の名声は一気に高まり、堅固な要塞都市ヴァレッタが新首都として整備され、騎士団長宮殿や大聖堂などが建設された。この都市も世界遺産になっている(図1)。

2-6ヴァレッタ外観

(図1)ヴァレッタ外観

カラヴァッジョ畢生の大作が眠る島

1607年、この騎士団に入団しようと、ローマで殺人を犯したお尋ね者の画家カラヴァッジョがやって来て畢生の大作《洗礼者ヨハネの斬首》(図2)を描く。

2-7ヴァレッタ、サン・ジョヴァンニ大聖堂内オラトリオ

(図2)カラヴァッジョ《洗礼者ヨハネの斬首》1608年 ヴァレッタ、サン・ジョヴァンニ大聖堂内オラトリオ

洗礼者ヨハネは騎士団の守護聖人であり、彼がヘロデ王の命で斬首される光景である。牢の中庭のような薄暗い空間で、処刑人が倒れた聖人の上にかがみ込んで小刀を抜き、一太刀で切れなかった首を胴体から切り離そうとする。鉄格子の向こうにはこの惨劇を恐る恐る覗く2人の囚人がいる。このヨハネの死は、トルコ軍との戦闘で犠牲になった騎士を象徴していると私は考えている。

この作品の出来栄えは騎士団長を喜ばせ、画家に金の首飾りと2人の奴隷を与えたという。この絵を奉納することが入団金の代わりになったものと思われ、画家は念願の騎士になった。ヨハネの首から流れ出る血は、画家が作品に描きこんだ唯一のサインになっている。

しかしながら、得意の絶頂にあった画家は、いつものように自らその成功を台無しにしてしまう。わずか1ヵ月後のある晩、仲間の騎士とともに高位の騎士の家を襲撃し、重傷を負わせたのだ。すぐに逮捕されてサンタンジェロ要塞に投獄されるが、脱獄してシチリアに渡る。やがて、皮肉にもこの絵の前で、カラヴァッジョの騎士号剥奪と追放が決定したのだった。

この大作は今もヴァレッタの大聖堂にあり、制作された当時と同じ環境で見ることができる。私が学生時代にマルタ島に行ったのはひとえにこの絵を見るためであり、数日間この傑作の前で一日中座り込んで眺めたものである。

この島には、人類最古といわれる巨石文明や地下神殿の跡もあり、いずれも世界遺産になっているが、いつごろ誰によって作られたかなどは不明である。

悠久の歴史を物語る遺跡と美術史上の最高傑作が本来の環境で見られるマルタは、島全体が天然にして至高のミュージアムといってよい。

『名画の生まれるとき』目次

第一章 名画の中の名画
第二章 美術鑑賞と美術館
第三章 描かれたモチーフ
第四章 日本美術の再評価
第五章 信仰と政治
第六章 死と鎮魂

著者プロフィール

宮下規久朗(みやした きくろう)
1963年愛知県名古屋市生まれ。美術史家、神戸大学大学院人文学研究科教授。東京大学文学部美術史学科卒業、同大学院修了。『カラヴァッジョ──聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞などを受賞。他の著書に、『食べる西洋美術史』『ウォーホルの芸術』『美術の力』(以上、光文社新書)、『刺青とヌードの美術史』(NHKブックス)、『モチーフで読む美術史』(ちくま文庫)、『闇の美術史』『聖と俗』(以上、岩波書店)、『そのとき、西洋では』(小学館)、『聖母の美術全史』(ちくま新書)など多数。

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