人々の共感を得られないと潰される時代。|起業家・斉藤徹ロングインタビュー②
GAFAの覇権は、コロナ後も続くのでしょうか。日本IBMを退職して起業し、何度も倒産寸前まで追い込まれ、それを乗り越えてきた起業家の斉藤徹さんは5月19日発売の新刊『業界破壊企業』で、今、かつてのGAFAのように業界を破壊しているイノベーション企業をピックアップして解説しました。
本書を読めば、イノベーションはどうやって起こすのか、イノベーションを起こすのはどんな人なのか、ポストコロナの時代に生き延びるのはどんなイノベーション企業なのかがわかります。
それを知ると、イノベーションがぐんと身近になります。大規模な技術革新はムリでも仕事の現場で小さな革新を生むことは可能です。
コロナ後を見据え、自分にとってのイノベーションとは何かを、斉藤さんと一緒に考えてみませんか。 取材・文=今泉愛子
新刊『業界破壊企業』の内容を2分間にサマリーしたホワイトボード・アニメーション。制作は、「イノベーションチームdot」が担当。
みんなを幸せにするハッピーイノベーションとは?
――前回は、コロナ下で大躍進した業界破壊企業についてお聞きしました。その一つがオンライン・フィットネスを提案するPelotonです。一方で苦戦を強いられている企業もあります。例えば旅行者に、宿として自分の家や部屋を提供する仕組みを作ったAirbnb。両者は、イノベーションの良否や起業家の資質ではなく、単にラッキーだったか、アンラッキーだったか。サイコロがどちらを向くかということだと。
斉藤 起業って、そういうことばかりです。だけど、無理して資金調達したりせず、自然と成長している企業は、こういうことがあってもリカバーしやすいんです。状況に応じて、縮小する方向に切り替えられますから。だけど外部から資金を調達するこれまでの起業スタイルでは、お金を返済しなくちゃいけなかったり、株主からのプレッシャーがあったりで、あっさり縮小というわけにはいかない。そこが苦しいところです。僕もドットコムバブル時代に約30億円を調達し、後々まで苦しめられました。
――バブルがはじけたんですね。
斉藤 そう。だけど外部資金がゼロに近い状態で起業できるなら、起業は、それほど危険なことではありません。今はそれがどんどんできるようになっています。
――ビジネスの準備にも仮想空間を利用すればいい。
斉藤 インターネットやソーシャルメディアを使えば、コストをかけずに人を集めることもサービスを作ることもできます。さらに、この本でも説明しているリーンスタートアップのように、無駄を省いて小さく、早く、安く失敗しながら成長していく。
――大規模な資金調達をして万全の準備をしなくてもいいと。
斉藤 自然な成長でいい。別に世界を制覇しなくても、川崎市幸区だったら、川崎市幸区鹿島田の周りの人たちに幸せになってもらえばいい。そういう気持ちで取り組み、結果的に少しずつ広がっていくような考え方のことを、僕はハッピーイノベーションと言っています。そのような考え方で広げていけば、例え失敗してもそれほど大きな痛手は負いません。自然に広がったものは、自然に閉じていけばいいんですから。
⻫藤徹(さいとう とおる) プロフィール
株式会社ループス・コミュニケーションズ 代表取締役。ビジネス・ブレークスルー大学教授。専門分野はイノベーションと組織論。30年近い起業家経験をいかし、Z世代の若者たちとともに、実践的な学びの場、幸せ視点の経営学とイノベーションを広めている。『再起動(リブート)』(ダイヤモンド社)、『BEソーシャル!』(日本経済新聞出版社)、『ソーシャルシフト』(日本経済新聞出版社) など著書多数。
――確かに聞こえはいいのですが、ビジネスの手法に置き換えるとどうなりますか。
斉藤 ものすごくシンプルです。たとえば僕が関わっている「チームdot」という学生のチームは、株式会社して黒字化していますけれども、宣伝も営業もしていませんし、僕がやっている「ヒントゼミ」という私塾もソーシャルメディアでやっているだけで、宣伝は一切なし。でも自分たちがワクワクしながら、小さな経験から絶え間なく学び、周りの人たちを幸せにするようなソリューションを提供すると、口コミで仕事が広がっていくんです。
――この本に出てくる「注文をまちがえる料理店」は、まさしくそういうモデルですね。ホールで働いている人たちは全て認知症で、注文をまちがえることもありますよ、と。
斉藤 これ、人に言わないでくれって言われても、言いたくなりますよね(笑)。
――なります、なります。お客さんもいい人しかこないでしょうから、きっといい雰囲気の店ですよ。
斉藤 そう。そこで、この「注文をまちがえる料理店」が、ガンガン宣伝し始めたら、どう思われますか。
――ちょっと萎えます(笑)。
斉藤 変わりますよね。そのことを僕は言っているんです。単純な数字で割り切れないものが人の心にはあるんです。お互いさまでやっているところに、お金を払うと言われると、市場規範に変わってしまいます。広告を出すとか、金銭的なインセンティブはどうだとか市場規範を「注文をまちがえる料理店」に持ち込んだ瞬間、お客さんも冷めれば、働いている人たちも冷める。でもこれまでのビジネスはそういうことよりも業務の拡大や利益ばっかり気にしていたんです。
――うまくいっていると、必ず誰かがお金を持ってきて、もっと大きくしようぜ、となります。
斉藤 そうです。すると社員とも、お客さんともお金の関係になってしまう。
――創業者は株を売って、いっちょ上がりと。
斉藤 創業者も最初は内発的動機でやっていたのに、資本が入ってくると変わる、変わらざるを得ないところがあります。いついつまでにいくら返済して、いついつまでに上場して、と数値目標を、顧客満足よりも優先せざるを得なくなりますから。すると、会社全体が変わります。僕はそれを30年ぐらいやってきて自分の失敗を元に書いています。
ハッピーイノベーションは日本人に向いている!?
――この本で紹介している業界破壊企業は、ハッピーイノベーションですか?
斉藤 いえ。業界を破壊するほどのインパクトをもった企業ですので、メガイノベーション(これまでのスタイル)が多いです。どこもそれなりに資金を投入しています。
――現時点では、まだメガイノベーション企業が幅を利かせていると。
斉藤 現時点ではハッピーイノベーションを実現している企業はまだあまり多くない。僕はメガイノベーションを全面的に否定するつもりはないんです。プラットフォームを作る、インフラを整備するには、それなりの投資が必要ですから。そういう産業は、これからも資金を調達して、競争して、いいものを作るという流れがこれからも続くでしょう。
一方でハッピーイノベーションは、これからのもう一つの大きな柱として注目されるようになります。それがうまく組み合わさる社会になるでしょう。
――お話を伺っていて、日本人は、メガイノベーションではアメリカ人にかなわないですけど、ハッピーイノベーションならけっこううまくやれるんじゃないかと思ったんです。日本人に向いている。
斉藤 そうですね。ハッピーイノベーションは、人とのつながりを大切にして、自分と社員とお客様、さらに地域や株主などすべての人に幸せを伝えたいという、いわゆる三方よしの考え方ですから。
――三方よしは、江戸時代の近江商人が心掛けていた、売り手よし、買い手よし、世間よしの商道徳ですね。近江商人だけでなく、日本人が広く共有しています。
斉藤 日本の企業はものすごく長生きなんです。世界で200年続いている企業の56%が日本の企業だというデータもあります。三方よしや、先義後利、不易流行という日本人が大切にしてきた商いへの考え方が長寿企業のベースになっていると言われています。
――先義後利は、道義を優先して、利益を後回しにすること、不易流行は本質をずっと大切にしつつ、時代の流れに合わせるところも必要だと。
斉藤 日本人の商道徳が大きく変わったのが1970年代です。日本だけではありませんが、いわゆる不確実な時代になって、モノ余りで、製品をつくっても売れなくなりました。すると経営が戦いになってきて、戦略、戦術というような言葉が頻繁に使われるようになりました。コンサルティング会社が強くなって、その頃から数字重視、データ重視になったんです。
――流れが変わったんですね。
斉藤 アメリカ発の戦略論を日本の企業も取り入れ始めました。だけど本質的には日本人は、三方よしのようなやり方に共感します。だから企業も長生きするんです。
――この本の中でハッピーイノベーション企業というと?
斉藤 代表的なのは、Zipline International(ジップライン・インターナショナル)です。ドローンを使って、医療用の血液を運ぶというビジネスで、メインで活動しているのは交通網が未発達なアフリカ。ドローンによって多くの人命が救えることを発見したことがビジネスの発端になりました。だけど、普通アフリカに行かないでしょう。
――Netflixのドラマになりそう。
斉藤 正確にいうと、ハッピー&メガイノベーションです。ほんとに純粋な思いから発生したビジネスで、人々の心に響きますよね。ドラマにしてほしいです(笑)。
取材は先週末、Zoomを使って行いました。写真下が斉藤徹さん。
メガ企業も今後はソーシャルシフトする
――人の役に立つという強い動機がイノベーションのきっかけになっていると。
斉藤 これからは投資家も変わっていくと思います。短期的なリターンを求めずに、投資をした企業がいかに人の幸せを創出しているか、環境保護に役立っているか、企業統治に配慮しているかを重視する投資をESG投資というのですが、そういう視点で企業を育てる感覚を持つ投資家が増えてくるのではないでしょうか。実際、2030年までの達成を目指すSDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択されるような流れもあります。
――コロナ下でも調子のいいNetflixやAmazon、Facebookのような巨大な新興企業の優位性はこれからも変わらないんでしょうか。
斉藤 彼らは、今後それほど無茶ができなくなるでしょうね。
――どういう意味ですか。
斉藤 ソーシャルシフトして、人々の共感を得られないと潰されてしまいます。
――なるほど。
斉藤 Facebookもよく逆風に遭います。やっぱり共感が必要になってくるので、GAFAのような覇権企業もソーシャルシフトして、お金視点から幸せ視点に少しずつ移行していくと思います。
――そこを見誤ると、経営的にもかなり厳しくなる。
斉藤 例えば、SNS上で炎上すると、経営的にはそこまで追い込まれなくても、創業者が辞任に追い込まれたりします。だから当然、自分たちのサービスや言動が人々の共感を得られているかどうかに敏感になります。それは間違いないと思います。
――先ほどの三方よしの考え方からすると、これから100年、200年と続く企業には共感型のマインドが必要になってきそうです。
斉藤 企業のトップが自社の利益や拡大のみを最優先に考えれば、そういう社風が醸成されます。それを敏感にかぎ取る人が増えてくれば、ブラックな会社は自然淘汰されていくでしょう。
――社会はいい方向に変わると期待が持てそうです。次回は、これから起きる働き方改革についてお聞きします。
斉藤さん制作、映画みたいな出版予告ムービー。