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アルゲリッチの新譜からポゴレリチ21年ぶりの新録音まで〜クラシックの名盤7選〜

今年3月の演奏会(クレーメルとのデュオ)も、5月の「アルゲリッチ音楽祭」もコロナ禍の影響ですっとんじまいました。さらには、ショパン・コンクールも1年延期という寂しいニュースも飛び込んできました。そんな中、アルゲリッチの新譜がリリースされました。昨年の来日公演の模様を収めたライヴアルバムです。その新譜に加えて、拙著『アルゲリッチとポリーニ』に登場するピアニストのオススメ盤をご紹介します。テレワークのお供に、オンライン授業の合間の息抜きにご活用ください。

ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第2番 他 /マルタ・アルゲリッチ(p)、小澤征爾(指揮)、水戸室内管弦楽団(2019/DECCA)

拙著『アルゲリッチとポリーニ』(p128〜p132)で紹介している2019年5月24日の東京オペラシティでの演奏ではなく、水戸芸術館での定期公演(5月26日、28日)での模様を収録。本作のベートーヴェンは東京オペラシティの演奏よりバランスがいい。造形が美しいのだ。それにしても、このオケはうまいなぁ。アンサンブルの精緻さでいえば世界に誇れるレベルだ。アルゲリッチのピアノのまた優しいこと。それぞれが、様々な荒波を潜り抜けここに降り立ったという静謐な境地。小澤征爾という指揮者も随分と長く楽界に君臨していたなぁ、と感慨深い1枚。

シュトゥットガルト・ソロ・リサイタル 1966-1979年/フリードリヒ・グルダ(p)(1966-1979/Hanssler Swr Music)

若き日のアルゲリッチの師匠、グルダです。グルダと聞いてバッハの「平均律」やJAZZを演奏したアルバムとかが頭に浮かぶ方が多いと思いますが、どんなピアニストだったのかを知るにはやっぱりリサイタルの録音です。リサイタルを頭から終わりまでちゃんと聴く。そうすると、あ、この人はこんなピアニストなんだというのが分かります。キラキラ表情を変化させるタイプではない。素っ気なく、淡々とピアノを弾く(これが実はメチャメチャかっこいいのだ)。それなのに豊かな水量を誇る音楽の泉をイメージさせる。ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト。これがウィーンのピアノ弾きだ。

アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリ・ライヴ・イン東京 1973(1973/TOKYO FM)

ミケランジェリといえばドビュッシーが定番ですが、キャンセル魔ミケランジェリの東京ライヴです。NHKでOAされた同年の音源も『ミケランジェリ ベートーヴェン・ピアノソナタ第4番 シューマン・謝肉祭 1973年東京ライヴ』としてCD化されていますが、本作はFM東京(現TOKYO FM)が番組用に録音したもの。「日本で唯一の現役稼動しているテレフンケンのオープンリール再生機で丁寧にオリジナルのアナログテープをトランスファーいたしました」(オフィシャルリリース)とメーカーの鼻息も荒い歴史的な音源です。場所は東京文化会館。そこでミケランジェリが弾いたシューマン《ウィーンの謝肉祭の道化》、ショパン《ピアノ・ソナタ第2番》、ラヴェル《高雅で感傷的なワルツ》《夜のガスパール》。ね、聴いてみたくなったでしょ。

ホロヴィッツ,モスクワ・ライヴ 1986/ウラディーミル・ホロヴィッツ(p)(1986/Deutsche Grammophon)

ホロヴィッツが故郷に錦を飾ったモスクワ・ライヴ。僕はDVDで持ってますが、ホロヴィッツちょっと得意気に鼻ふくらんでます。得意のスカルラッティ、ラフマニノフ、スクリャービン。ショパンもシューマンも弾いています。3年前(1983年)にNHKホールでやらかしたとは思えない復活ぶり。実はこの年、2度目の来日公演(昭和女子大人見記念講堂)を行っていてなかなか高評価だったのに、人々はNHKホールの方しか覚えていない。そんなもんです。もちろん最晩年の録音なんで若き日の“燃えたぎる血気”(あるいは華麗なるブラヴーラ)はありません。しみじみと、じっくりと。色々あったけど、とてもとても偉大なピアニストでした。

ショパン:夜想曲集/アルトゥール・ルービンシュタイン(p)(1965、1967/SONY CLASSICS)

ルービンシュタインは、40歳くらいまで毎夜毎夜、遊び呆けていた。この人はフォトメモリーのある人でスコアを写真のように覚えてしまう(指揮者の岩城宏之、ヴァイオリニストの千住真理子もこの特技を持っていた)。ポリーニに伝授した絶妙なタッチの極意もある。別にピアノなんて今更さらわなくてもいいじゃん、と思っても不思議はない。そんで、演奏会が終わると遊びに行っちゃう。そんな男のノクターンは、スコアを読み込んだり、ショパンの文献を研究して弾くノクターンとは一味違う。まあ聴いてみてください。普段なら詩情豊かなとか書くところですが、ずばり色気が滲み出てます。

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第1番、第2番/ダニエル・バレンボイム(p)、ピンカス・ズッカーマン(vl)、ジャクリーヌ・デュ・プレ(vc)(1969、1970/WARNER CLASSICS)

今や巨匠然としてオーケストラをドライブさせているバレンボイム。そんな彼でも、青春の日々があったのです。若き日のバレンボイム、恋人→結婚相手となるデュ・プレとの室内楽です。朋輩ズッカーマンもいます。熟練の室内楽ではなく、大学院生のような溌剌とした音。とりわけ溢れ出すエネルギーを持て余しつつ、好き勝手に弾き倒すジャクリーヌ・デュ・プレが凄い。彼女はアルゲリッチとも交流があったのですが、気性の激しさでいえばデュ・プレはアルゲリッチといい勝負です(機会があったらエルガーのチェロ協奏曲を是非お聴きあれ!)。

旧EMIには“double fforte”という2枚組のシリーズ(輸入盤のみ)があって、そこにはスティーヴン・コヴァセヴィチ(アルゲリッチのソウルメイト)とデュ・プレとのベートーヴェンのチェロ・ソナタ数曲も収録されているので、そちらも是非。好き勝手に弾き倒すデュ・プレに「これベートーヴェンだからね」と呟くように必死で冷静さを保とうとするコヴァセヴィチが、とてもチャーミング。

ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第22番、第24番/イーヴォ・ポゴレリチ(2016、2018/SONY CLASSICS)

ここ数十年、恣意的な演奏(テンポが遅すぎたり)ばかりしていたのでなかなかCD発売に至らなかったポゴレリチ。実に21年ぶりの新録音(ネット配信のみのタイトルは除く)です。とびきり美しい音色、大胆なアゴーギク。やっぱり、すげーピアニストだ。全国を彷徨っていた野武士がひょっこり帰って来て、とんでもなく強くなってた感じです。とりわけラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番は出色。友よ、これがポゴレリチだ。

さて、いかがでしたか。ネット配信、CD、ハイレゾなど、メディアでリリースにはばらつきがあるかと思いますが、参考にしていただけたら幸いです。
タイトルの末尾の(2019/DECCA)は、(録音年/レーベル)です。

本間ひろむさん:プロフィール

本間ひろむ(ほんまひろむ)1962年東京都生まれ。批評家。大阪芸術大学芸術学部文芸学科中退。専門分野はクラシック音楽評論・映画批評。著書に『アルゲリッチとポリーニ』『ユダヤ人とクラシック音楽』(光文社新書)、『ヴァイオリンとチェロの名盤』『ピアニストの名盤』『指揮者の名盤』(以上、平凡社新書)、『3日でクラシック好きになる本』(KKベストセラーズ)ほか。新聞・雑誌への寄稿のほか、ラジオ番組出演、作詞作曲も手がける。オフィシャルサイト“hiromu.com”(http://hiromu.com)。


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