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【35位】シネイド・オコナーの1曲―「虚無へのベル・カント」、癒えない哀しみの上に堂々と

「ナッシング・コンペアーズ・トゥー・ユー」シネイド・オコナー(1990年1月/Chrysalis/米)

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Genre: Alternative Pop
Nothing Compares 2 U - Sinéad O' Connor (Jan. 90) Chrysalis, US
(Prince) Produced by Sinéad O'Connor and Nellee Hooper
(RS 165 / NME 38) 336 + 463 = 799

アップになった顔がカメラを見据えながらエモーショナルに歌うMVを、ご記憶の人も多いはずだ。ものすごい規模の大ヒットとなった、彼女一世一代のパワー・バラッドがこれだ。ビルボードHOT100で1位、全英も1位。そのほか世界各国のチャートで軒並み1位を獲得した。当曲を収録したセカンド・アルバム『アイ・ドゥ・ノット・ウォント・ホワット・アイ・ハヴント・ゴット(邦題・蒼い囁き)』も米英で1位となった。

というヒットを生んだ最大の要因は、この楽曲とシネイド・オコナーの資質との、すさまじい化学反応によるものだ。アイルランドはダブリン出身の彼女のキャリアは、今日にまで続く波乱に満ちている。抑圧への対抗、そのための戦いを「相手がカトリック教会でもやってやる!」という彼女が、その熱情を集中させて、曲のなかに埋蔵されていた燃料を発掘。それをイタリアン・オペラで言うところの「ベル・カント」スタイルで、真っ正面から放出した。ベリー・ショート・ヘアの女性(は、当時のメジャー音楽シーンでまだめずらしかった)が、魂も避けよと歌う「喪失の哀しみ」に、人々は打ちのめされた。

しかしこれを気に入らない人がいた。当曲そもそものソングライターであるプリンスその人で、オコナーによると、当ヴァージョン発表後に彼女はプリンスの邸宅に深夜呼び出され、そこで非難され、彼女もやり返して大喧嘩となったのだという。その後、対抗意識に燃えた(?)プリンスは、ライヴ・ヴァージョンにて当曲をセルフ・カヴァーして発表。しかしシングルはR&Bチャートの62位止まりだった。また2018年には、84年に彼が制作していたデモ状態の当曲も公式発表された。たしかにそこでは、あたかも「ナッシング」に押し潰され、哀しみに崩れ落ちるかのような主人公像が描写されていた。

「あれから15日と7時間経った」というのが歌い出しだ。タイトルは「あなたと比べられるものなんて、なにもない」という意味だ。つまり愛する人が去ったあとの、どうやっても埋めようもない「空虚」が、テーマだ。プリンスは「哀しみ」に浸った。しかしその「苦」に、怒りにも近いほどの熱でもって「対抗」したのがオコナーだったわけだ。

忘れてはならないのは、当曲の共同プロデューサーがネリー・フーパーだったこと。元マキシマム・ジョイ、元ザ・ワイルド・バンチ、つまり「レアグルーヴ界隈の人」の彼の、控えめながら着実に、鼓動のように「打っている」アレンジもまた、勝因のひとつだったのだと僕は考えている。オコナーの熱と「祈り」を、彼のビートが支えた。

(次回は34位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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