御社の上層部は「日本人、男性、シニア」で占められていませんか?
「日経WOMAN」時代に「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を立ち上げ、約四半世紀、働く女性をテーマに取材し続けている野村浩子さんが、国内外の女性役員の生の声を集めて考察した『女性リーダーが生まれるとき』を刊行しました。女性のキャリア形成のヒントが綴られています。
「女性はひとりも登場しないなあ」
付箋がたくさん貼られてボロボロになっている本が、今、私の手元にあります。
経営学者の金井壽宏先生が、2002年に著した『仕事で「一皮むける」―― 関経連「一皮むけた経験」に学ぶ』。この本との出会いが、今回の執筆のきっかけになりました。
赤線を引きながら読んだのは、発売後の間もない頃のこと。男性役員らが、どのような「一皮むけた経験」、つまり成長経験を経て今に至るのか、リーダーシップを身につけてきたかについての定性調査をもとに、金井先生がまとめられた本です。なるほどと頷きながらも、「女性がひとりも登場しないなあ」とぼんやり思った記憶があります。
ちょうどその頃、私は「日経WOMAN」という働く女性向け月刊誌の編集長を務めていました。1995年に副編集長となり、その後編集長に。足掛け10年、日経WOMANの編集を手掛けるなかで、女性のキャリア形成を応援する記事を読者に届けてきました。当時はまだ女性役員、とりわけ生え抜きの女性役員などほとんど聞いたことがありませんでした。「女性にヒヤリングしようにも、対象がいなかったのだろうなあ」と、ひとり呟きながら納得したものです。
「時代は変わったなぁ」
それから十数年。男女雇用機会均等法が1986年に施行されて間もなく入社した「均等法世代」から、初の生え抜き女性役員が誕生というニュースが聞かれるようになりました。そこで思い出したのが、冒頭の一冊『仕事で「一皮むける」』です。そろそろ女性役員を対象にまとまったインタビューができるのではないかと考えたのです。
意気込んで「女性役員の『一皮むけた経験』」という連載の企画書を書き、日経ビジネスオンライン(現・日経ビジネス電子版)に提案しました。業界が偏らないように、これまで辿ったキャリアの道のりが多様になるように、慎重に人選を進めました。既婚か否か、子育て経験があるか、といった私生活もバリエーションが出るように情報を集めました。時には、同じ会社に勤める友人に社内の評判を確かめました。
取材対象を調べながら、つくづく思ったものです。時代が変わったなあ、と。キャリアの軌跡が多様になるようにと選べるほどに、女性役員が次々に誕生していたのです。
おそるおそる企画書を差し出すと……
嬉しいことに、日経ビジネスオンラインから連載OKの返事をもらうことができました。そこで次に向かったのは、神戸大学の金井先生の研究室です。
JR六甲道の駅からタクシーに乗り坂道を上ると、六高台にある神戸大学経営学研究科の重厚な建物が見えてきました。歴史のある経営学の学び舎という佇まいです。広々とした金井先生の研究室は、床から天井まで本が積み上がり、ちょっとした図書館ほどの蔵書です。
そこで、おそるおそる企画書を差し出し、「金井先生の書かれたご著書の女性役員版の連載をしたい、そしていずれは書籍にしたい」とご相談したところ、快く認めてくださいました。さらには、どのような視点でインタビューを進めればいいのか、実に丁寧に助言をしてくださいました。機関銃のような早口で……。その後、書籍化のご相談をしたところ、光文社新書の編集者、小松現さんを紹介してくださいました。
1年弱かけて、10社10人の女性役員にインタビュー。「一皮むけた経験」を「3つ以上挙げてください」とお願いすると、皆さん20代から今に至るまで、話が止まりません。録音テープを回しながらも必死にメモをとり、感心したり、驚いたり……。均等法世代の女性役員らの話を聞いて、新しい時代が拓けつつあるなあと感慨深く思いました。
日本と相似形のドイツ
では、海外の女性エグゼクティブの「一皮むけた経験」はどうなのだろうと疑問がわき、海外取材にも出かけることにしました。
まず向かったのはドイツ。
ドイツ語どころか英語もおぼつかない私は、ドイツの現地コーディネーターさんの力も借りて、女性活躍推進に力を入れる企業各社に取材のお願いをしました。東京に本社が集中する日本と違い、ドイツでは大手企業の本社が各都市に散らばっています。
まずはベルリンに入り、官庁取材をしながら企業も取材。
次にベルリンから急行で約1時間半、巨大な敷地に工場と本社棟が散在するフォルクスワーゲンの本社へ。
ドイツ・ヴォルフスブルクにあるフォルクスワーゲン本社の外観
それから西に向かいデュッセルドルフに移動し、労働法について弁護士に取材。
そして急行で1時間、鉄の町であるテッセンにある欧州最大の鉄鋼会社ティッセン・クルップへ。次に特急で南に下り2時間半のシュトュットガルトにあるボッシュ本社へ。電車が2時間遅れて大遅刻にもかかわらず待っていてくださいました。感謝。最後にフランクフルトでドイツ銀行他4社を取材しました。
ドイツは女性の登用では日本より半歩進むものの、女性幹部との話では妙に話が合います。幼少期の教育、根強い性別役割分業意識、仕事と家庭の両立の難しさなど社会の抱える課題が日本と相似形なのです。日本とドイツ、育った国も業界も違うものの、なぜか「あるある」という感覚で頷きながらキャリアの道のりを聞きました。
「実はマッチョな」シリコンバレーの世界
次に向かったのは、米国シリコンバレー。シリコンバレーの真ん中あたりにあるサンタクララで7泊、拠点とした宿は部屋のドアが道路に直結しているモーテルです。地価の高いシリコンバレーではホテルも驚くほどの宿泊料で、そんな安宿にしか泊まれなかったのです。
さて、実力さえあればチャンスが開けるというイメージのシリコンバレーですが、実は白人男性優位の「マッチョ」な世界です。名だたるシリコンバレー企業に勤める女性エグゼクティブらからも、次々にそうした証言が飛び出しました。女性管理職比率が4割に達する米国であっても大変なんですねえ、と共鳴するものがありました。
アメリカ・シリコンバレーにあるエヌビディア本社の外観
ここまできたところで、編集の小松さんから指定された字数を既に超えています。本にするときも「野村さん、ページ数膨らんでいます」と何度も指摘されたものです。
25社2500人にアンケートを行い「リーダーシップとジェンダーバイアス」に関する調査も行ったのですが、紙幅が尽きましたので、その結果は是非本書最終章をご覧ください。
日・米・独の女性役員らに話を聞いたときのワクワク感を、みなさんと共有することができれば嬉しく思います。
野村浩子(のむらひろこ)ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より公立大学法人首都大学東京(20年4月より東京都公立大学法人)監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。著書に『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)などがある。