なにがあっても、忘れたくない10曲―『教養としてのロック名曲ベスト100』刊行記念 by川崎大助
光文社新書編集部の三宅です。
本noteの好評連載『教養としてのロック名曲ベスト100』が同じタイトルの新書として刊行されました。
2019年7月に刊行された『教養としてのロック名盤ベスト100』の姉妹編で、アルバムではなく曲にスポットを当てています。
2冊とも、ある手法によって客観的に100曲(あるいは100枚)の順位をつけているのが特徴ですが、本記事では刊行を記念し、著者の川崎さんの主観丸出しでベスト10曲を選んでもらいました。果たして、どんな名曲が選ばれるのでしょうか?
なにがあっても、忘れたくない10曲 by川崎大助
ボーナス・トラックをお届けしたい。どういった趣旨のものかというと、その、要するに……なんと「僕の主観で選んだ」名曲を、10曲、これから書き出してみることを、始めてみる。前著「アルバム編」こと『教養としてのロック名盤ベスト100』をご記憶のかたなら「あれか」と思い出していただけるかもしれない。「本編の100」に対しての「主観の10」という、余興がこれだ。
ご存じのとおり、第2弾であるこちら『教養としてのロック名曲ベスト100』でも、本編のランキングにおいては、筆者である僕の「主観ぬき」でベスト100曲を提示した。アメリカの〈ローリング・ストーン(以下RS)〉、イギリスの〈NME〉、それぞれの「こだわりの」名曲ランキングから数学的に抽出した、言うなれば「米英ロック・ファンの集合的無意識」の反映としてのリストが、本編の主軸を成していたわけだ。
だからこちらでは逆に、筆者である僕の「主観のみ」で編んだベスト・ランキングを発表してみる――と書くと簡単そうかもしれない。いや人によっては、実際簡単なのかもしれない。しかし僕は……正直言って、容易にはやれない。「自分自身のベスト・ソング10曲」など、とてもじゃないが僕には選べないのだ。
考えれば考えるほど、逃げ道のない隘路へと追い込まれていくような。頭がオーヴァー・ヒートして、どうにかなってしまいそうに――なる。つまり「選びきれない」のだ。おそらく僕は、確実な死が眼前にやってきたことを自覚するまで「自らのベスト・ソング」を選べはしないだろうという、そんな妙な自負だけはある(さらに、きっとベスト・アルバムよりも、こっちのほうがずっとやっかいなことは間違いない)。
だから僕はここで、10曲を選ぶ際に、いくつかの枠組みを自分に与えた。大前提としては、前著「アルバム編」と同様、自分が好む曲のうち、本編の100曲に「含まれていない」ものから選ぶ。加えてさらに「忘れたくない曲」という基準をも、今回は付け加えた。
人は、いろいろなことを忘れてしまう。場合によっては、自分の名前さえ忘れてしまうこともある。「だがしかし」どうあっても忘れたくない曲、というものはあるのだ。
それを記憶している、ということが、とてつもなく重要である「1曲」。その曲と自分自身のあいだに「つながりがある」ことが、あたかもアイデンティティの一部となっているようなナンバー……と言えばいいだろうか。
つまりは「忘れがたい曲」の最上位区分として、「なにがどうあっても」僕自身の記憶のなかにあり続けてほしいナンバーを10曲、ここに選んだ。順位は付けられなかった――が、聴いてほしい順には並べてみた。もしこのなかに、あなたが好む曲があったならば、とても嬉しい。
『名曲ベスト100』の本編ランキングに使用した、米〈ローリング・ストーン〉、英〈NME〉各500曲のオリジナル・リストに入っているナンバーは、タイトル欄にその順位を記した。「-」となっているのは「ランキングしていない」という意味だ。それでは、いってみよう!
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「エヴァー・フォーレン・イン・ラヴ(ウィズ・サムワン・ユー・シュドゥント)」バズコックス(1978年/United Artists/米)
Ever Fallen in Love (with Someone You Shouldn’t) - Buzzcocks (1978) United Artists, US (RS - / NME 71) Genre: Punk Rock, Pop Punk, New Wave
曲名がすべてを物語る。「恋したことあるかい?(するべきじゃない人に)」。片想いの歌なのだ。しかも、決して実らない恋の――一般的には、ゲイの主人公がストレートの友人に寄せる気持ちを歌った、と解釈されている。つまり「秘めたる恋」に、その狂おしさに身悶えする心の動きを、熱く脈動するパンキッシュなギター・ロックに「直結させた」ナンバーがこれだ。イングランド北部、マンチェスターが産んだバズコックスの、いや中心人物ピート・シェリーの、一世一代の代表曲。映画やドラマでの使用例は無数にあるし、カヴァーも多い。なかでも05年、BBCの名DJ、ジョン・ピール追悼のためのトラックはすごかった。ロジャー・ダルトリー、ロバート・プラント、エルトン・ジョン、ニュー・オーダーのピーター・フックなどなど集結、男泣きの歌い継ぎを繰り広げた。とぐろを巻く「出口なし」のエモーションが、ここまで見事に具現化されたナンバーは、そうそうあるものじゃない。まさに魂を削って生み出した彫刻のごとき、パンク/ニューウェイヴ期の名曲だ。
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「プレッシャー・ドロップ」ザ・メイタルズ(1970年/Beverley's/ジャマイカ)
Pressure Drop - The Maytals (1970) Beverley's, Jamaica (RS 453 / NME - ) Genre: Reggae
この曲を僕は、ザ・クラッシュのカヴァーで知った(79年の「イングリッシュ・シヴィル・ウォー」B面)。ゆえに、絶対的な「抵抗ソング」だと思い込んでいた。原曲は70年リリース。「レゲエ」という言葉を最初に広げたトゥーツ・ヒバート率いるザ・メイタルズのナンバーだ。「お前だよ、お前」と歌い出す。「お前の上にプレッシャーが落ちてくる」と、不吉な運命を予告するかのように。だから「レジスタンスよ耐えるのだ、来たるべき革命の日のために」的な歌だと僕は信じていた、のだが――近年ヒバートがあっさりと述べていたところによると、じつはこれは「ギャラを払わなかった奴」への呪いの歌なのだという。「お前だ、お前」にきっとバチが当たるのだ、的な……まあ、だとしても、いい歌であることに変わりはない(はずだ)。動機はどうあれ(クラッシュがどう解釈していたかは、置いといて)レゲエ界屈指の偉人がさらりと書いた、最高曲のひとつがこれだ。
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「タイトゥン・アップ」アーチー・ベル&ザ・ドゥレルズ(1968年/Atlantic/米)
Tighten Up - Archie Bell & the Drells (1968) Atlantic, US (RS 270 / NME - ) Genre: Soul, Funk
病気と言っていい。僕にはいろんな症状があるのだが、この曲にかんして言うと、耳にしたらいつも、どんなときでも、身体の各部が動き出してしまうのだ。足先が、膝が踵が、そのほか上半身も首元も、むずむずと……このリズムに反応し、引きずられてしまう。とくにこのベース・ライン、出た瞬間に「おっ」となって(何回でも、なる)そしてドラムスのフィル・インから、もう症状は止まらない――この最高のダンス・チューンが鳴り響き続けるかぎり。高速回転するソウル、軽く弾むファンク……この独特にアイコニックなナンバーは、曲中で自らが述べているとおり、テキサスはヒューストン出身のアーチー・ベルが主導して生み出された。YMOによる名カヴァー(「ジャパニーズ・ジェントルメン・スダンダップ・プリーズ!」)をご記憶の人も多いはずだ。
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「トライ・ア・リトル・テンダネス」オーティス・レディング(1966年/Volt/Atco/米)
Try a Little Tenderness - Otis Redding (1966) Volt/Atco, US (RS 207 / NME - ) Genre: Soul, Jazz
これぞソウル。燃え立つ灼熱の、焦げ付く魂の歌だ。とくにライヴ・ヴァージョン(モンタレーそのほか)は、鳥肌もの。日本の忌野清志郎の「ガッタ、ガッタ」の出どころのひとつはここだし、映画『プリティ・イン・ピンク』(86年)におけるダッキーのダンスなど、文化史に残した足跡は巨大。しかしこの曲のオリジナルは33年に発表されたソフトなフォックストロット・ナンバー(レイ・ノーブル)であり、55年のビング・クロスビー版もスムーズなジャズ・ソングで、もちろんどちらも「焦げて」はいない。すべてはレディングの天才性が、この曲をここまでにした。バッキングはブッカーT&ザ・MGズ、アレンジはアイザック・ヘイズ。名曲が数え切れない時期のスタックス系列で、しかし突出した、ソウルの行き着く先の極限のひとつを記録するためにあった名曲だと、僕は思う。
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「アンブレラ」リアーナ・フィーチャリング・ジェイZ(2007年/Def Jam•SRP/米)
Umbrella - Rihanna feat. Jay-Z (2007) Def Jam•SRP, US (RS 412 / NME 458) Genre: Pop, R&B, Hip Hop
ゼロ年代における、傑出した名曲だ。今日にまで至る、一大ポップ・アイコンにして文化史的巨魁の彼女が、最初にその「実力」を悠然と示した1曲がこれだ。歌のストーリーは、とくにどうということもない。恋人への愛の深さや困難について、天気を題材に主人公が縷々宣言する、といった程度のもの――なのだが、それがもう、大変なことに。壊れた水道管から垂直に吹き上げる、度を越したセンチメンタリズムとでも言おうか。胸ぐら引っつかみ、数センチの近さに顔寄せて説教されているかのような、問答無用にドスが利いたリアーナ様の「愛の歌」の圧力に、僕はやられた(あのジェイZですら、ここでは、お囃しを入れる軽妙おじさんでしかない)。地上の多くの人も同様で、米ビルボードHOT100で7週連続、英では10週連続の1位を記録。そのほかいたるところで猛烈に売れたこの曲の印象的なドラム・サウンドが、Macにかならず同梱されるソフト「ガレージ・バンド」のプリセット音源から生み出されたのも有名。その一種のぎくしゃく感まで含めて「計算されつくした」緻密かつ野太いR&Bが、ポップ・シーンのこの先10年を完全に制した。
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「アイム・ノット・イン・ラヴ」10cc(1975年/Mercury/米)
I'm Not in Love - 10cc (1975) Mercury, US (RS - / NME - ) Genre: Pop, Soft Rock
ないだろうなとは思っていたのだが、念のために確認したら、やはりなかった。RSのリストにも、NMEのにも、ない。まあ「ださいよね」と言われたら、たしかにそのとおり(激越に Corny だ)。でもしかし、あなたは取り憑かれはしないだろうか? このどうしようもなくメロメロで甘々な、エレピの響きに。溶けちゃいそうな「僕は恋してないんだよ」との、言い訳がましいつぶやきに……英ポップ職人バンドとしてヒット曲多数の彼らとしても、このナンバーの強さは群を抜いている。CMや映像作品での使用例も多いが、映画ならば僕は『ヴァージン・スーサイズ』(99年)が最も印象深い。同時に、同作にも関与したフランスのエレクトロ・デュオAIR(エール)においては、当曲からの影響が(とくに初期には)甚大だったと僕は見る。「ドレッドロック・ホリディ」など、聴くたびに僕が殺意を覚える曲も10ccにはあるのだが、しかしときに彼らがやらかす、異世界と交信した結果みたいな「異常空間」は、間違いなくこの曲のなかに存在していた。
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「ストレンジャーズ・ホエン・ウィー・ミート」ザ・スミザリーンズ(1987年/Enigma/米)
The Smithereens - Strangers When We Meet (1987) Enigma, US (RS - / NME - ) Genre: Power Pop, Alternative Rock
有名な曲だとは、とても言えない。当欄を目にするほとんどの人が、一度も聴いたことないのではないか。もちろんRSもNMEも選ばず。しかし僕にはオブセッションがある。「スミザリーンズならば、まずはこれ」なのだ(とはいえ、もちろん彼らの代表曲ですらない)。ニュージャージー出身の彼らのデビュー・アルバム、オープナーとなった1曲。ドラマチックなギターに乗せて、(平凡そうでいて)じつは不思議な語りが展開されていく。おそらくはダブル不倫の愛の関係が終わる瞬間を、主人公を捨てていく女性側の科白主体で描く。だから「主格の自意識」側は、まずはほぼ一方的に言われっぱなしになるのだが、これを聴き手は体験させられる。去りゆく人の言いたい放題を「主人公の視点をとおして」受け止めることになるわけだ。この「変わった感触」が当曲のキモだ。そのきわめつけがタイトルにもなったライン。「私のことは追わないで。通りで私を見かけても、私たちは他人どうしなんだから」――つまり言うなれば「ふられた男の嘆き」めいた状況を、ハードボイルドすぎる文体の間接話法で描き出した逸品と言おうか。噛めば噛むほどに味が出る1曲として、僕の脳内では、折に触れ繰り返し再生され続けている。
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「フライデイ・オン・マイ・マインド」ジ・イージービーツ(1966年/United Art-ists/米)
Friday on My Mind - The Easybeats (1966) United Artists, US (RS - / NME - ) Genre: Pop Rock, Garage Rock
天下御免のガレージ・ポップ・ロックンロール、不滅の名曲だ。デヴィッド・ボウイもカヴァーした。プロデュースは、初期キンクスとフーの爆裂ロック後見人だったシェル・タルミー。オーストラリア出身の彼らの、国際的ヒットとなった。月曜日になった時点でもう、心の中には「金曜日があるのさ」というナンバーだ。週末に「街に繰り出して」彼女といっしょに弾ける――ただそれだけのために「金持ちのために働き」、無味乾燥なウィークデイをやり過ごす若者の心情を、前へ前へとつんのめっていくようなギター・リフをバックに素早く描破。そして「トゥナイト!」がやってくる――僕の学説では、およそすべてのパワー・ポップ・ナンバーの「トゥナイト!」という叫びの出どころは、ここだ。マルコムとアンガスのヤング兄弟のさらなる兄貴として初期AC/DCを支えた、ジョージ・ヤングと相棒ハリー・ヴェラがこの曲を書いた。RSもNMEもどういうわけだか当曲を無視している(なぜだ?)。
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「フールズ・ゴールド」ザ・ストーン・ローゼズ(1989年/Silvertone/英)
Fools Gold - The Stone Roses (1989) Silvertone, UK (RS - / NME 31) Genre: Madchester, Dance-Rock, Funk Rock
取り憑いて離れないといえば、僕はまずこの曲――いや、この「リフ」だ。まるでサンプリング・ループのようなリズム隊は、しかし実演であって、だから確実に「人間的なゆらぎ」がそこにある。バンド・サウンドだということだ。「この発想」が90年代に大きな道を切り開いた(ちなみにドラムはJBの「ファンキー・ドラマー」、ベースは「シャフトのテーマ」からフレーズを援用している)。フィッシュマンズの発想にも近い。「インディー・ダンス・クロスオーヴァー」などともてはやされ、熱気の渦中にあった「マッドチェスター」シーンにおいて、このある種冷淡な、夢幻の境地を漂うかのようなダンス音楽は異色であり、強烈な吸引力を放った。この曲に「憑かれた」せいで僕は、およそ20年後に1000枚の長編小説を書いた(『東京フールズゴールド』)。いまもって、なぜタイトルの「Fools」にアポストロフィーが付かないのか、その謎は解けない(付け忘れ?)。
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「レディオ・スウィートハート」エルヴィス・コステロ(1977年/Stiff/英)
Radio Sweetheart - Elvis Costello (1977) Stiff, UK (RS - / NME - ) Genre: Country Rock, New Wave
「アメコミのアカデミー賞」ことアイズナー賞を本年度2部門受賞した我が畏友、エイドリアン・トミネが、アルバム編同様『名曲ベスト100』の表紙絵を描いてくれたのだが、そのイラストを発注する際、僕が伝えた暗号がこの「レディオ・スウィートハート」だった(彼もコステロ・ファンなのだ)。ゆえに絵の中に、コンピ盤『テイキング・リバティーズ』のジャケがある。オリジナル・アルバム未収録だったこの曲を、同コンピで知ったファンは多かったからだ。そもそもコステロは、カントリー・ロックのこの曲をデビュー・シングルにしたかった(!)らしい(結局は「レス・ザン・ゼロ」のB面におさまった)。パブ・ロック時代からカントリー好きだった彼らしい逸話であると同時に、パンクの嵐吹き荒れる77年の世相を一顧だにしない豪胆さが素晴らしい。アトラクションズ登場前なので、ニック・ロウがベースを弾き、のちにドゥービー・ブラザーズで大活躍するジョン・マクフィーがペダル・スティールの名人芸でバックアップ。トラッカーが遠く離れた恋人を想うシーンを切り取ったかのような、陽性の、しかしよく聴いてみると変わった歌詞の当曲は、言うなればコステロによる「アメリカの音楽」への愛情表現だったのかもしれない。「遠く離れた」しかし気持ちはつながっている、神聖なる想い人としての。当曲の印象的なタイトルは(またしても僕の学説的には)ザ・バーズのアルバム『Sweetheart of the Rodeo』(68年)の表題をコステロが空目したところから生まれた――と推察しているのだが、どうだろうか。
……という10曲を、僕は選んだ。エモーショナルにして、パーソナルな観点から聴き手に到達しようとする曲が多い気がする。あなたが好きだった曲、あるいは、新たにお眼鏡にかなったナンバーがこのなかにあったなら幸いだ。ともあれ、とにもかくにも、お楽しみください。ぜひ大きな音で!(了)