しその実たまり漬けとの再会|パリッコの「つつまし酒」#111
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しその実たまり漬けとの再会|パリッコの「つつまし酒」#111

いつもと違うスーパーで

 いつもと違うスーパーにふらりと入り、へー、ここはこういうラインナップなのか、なんて、ひととおり店内を徘徊していて、ふと、棚に並ぶ「しその実たまり漬け」が目にとまりました。
 ふだん行くスーパーだとどこに何があるかわかっているぶん、意外と決まった棚しか見ていなかったりして、こういうふいの出会いがなくなりがちなんですよね。うわ、懐かしい! 久しぶりに見たなぁこれ。昔大好きだったな〜。と感じると同時に、いろんな思い出がぶわ〜っと、記憶の底から湧いてきました。
 しその実のたまり漬け。母の好物で、実家にはいつでも常備してある食材のひとつでした。僕は実家にいるころからお酒が好きだったので、夕食時にはよく飲んでいたんですが、あるとき、つまみにしていた冷奴に試しにこれをかけてみたところ、ものすごく美味しかったんですよね。それ以来、僕にとっても大好物になり、冷奴に遠慮なく、5回で中身を使いきってしまうくらいにドサドサッとかけては、つまみにしていました。

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「しその実たまり漬け」

段ボールをテーブルがわりにしていたあのころ

 僕の実家は東京都練馬区にあるので、高校を卒業して入った水道橋の大学や、その後就職した中野の会社に通うのにも苦はなく、すぐに実家を出てひとり暮らしをするということにはなりませんでした。
 やがて現在の妻と出会い、石神井公園という街でふたり暮らしを始めたのが2008年のこと。今から、もう13年前か……。当時のマンションの、まだ家具が届く前のがらんとした部屋で、板をのせた段ボールをテーブルがわりに食事していた日のことがありありと思い出せます。
 そこから親まかせではなく、自分たちで家事をする生活が始まりました。
 ある日スーパーに行くと、好きだったしその実のたまり漬けが売っている。ただ、これが微妙に高くて買う勇気が出ない。といったってたかだか400円くらいのものなんだけど、それだけあればメインのおかずとなる豚こま肉がひとパック買えるわけで、僕にしてみたら贅沢品なわけですよ。
 当時は普通に会社員をしていて、安月給をどうにかやりくりして家賃光熱費その他諸々を支払うと、手もとに残るお金なんてない。どうしても、まずは生活に最低限必要なもの優先になるんですよね(酒だけは別だけど)。

買えるじゃん!

 そういえばあのころは、未来がまったく見えていなかった。今の会社に定年まで勤めるなんてことはまったく考えられないけど、かといって転職してステップアップ! なんて至難の業に思える。
 それでも、環境には恵まれていたんでしょう。ほぼ毎日定時で帰れて、勤務時間以外にどんな活動や副業をしようと文句を言われない会社だったので、音楽活動や漫画、そしてやがて、酒や酒場に関する文章と、自分が興味を持てること、楽しめることを手当たり次第にやっていたら、今はこのとおり、「酒場ライター」なんていう世にも珍しい仕事で独立することができたのでした。といっても、確固たるビジョンがあったわけではなく、ただただ流れに身をまかせていたらこうなっていた、というだけなんですけどね。むしろ自分でも不思議なくらいで。まぁ、あいかわらず将来への不安は消えませんが、今のところは毎日楽しくやれています。
 話は冒頭に戻り、久々に出会ったしその実のたまり漬けを見て思った。あれ? このくらいの値段なら、たまの贅沢に買えるじゃん! と。
 13年前、実家を出たてのころにスーパーで、「こんなに高いものだったんだ……」と打ちのめされ、それまで親のすねをかじって甘えきっていたことを思い知らされて以来、たぶん、無意識に見ないようにしてたんでしょうね。だってはっきりと、あれから一度も食べてないもん。
 さて、ホクホクと買って帰ったしその実。せっかくなので真剣に向き合おうと、僕の信頼している「おとうふ工房いしかわ」の豆腐「究極の絹」と、ハートランドの瓶ビールなんかを用意しまして、いざ、豆腐にドサドサとかけていただきます!

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ここの豆腐がうまいんです

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久々に会うな

 ……あ、そうそう、これこれ! ぷちぷちっ、パリパリッとした小気味良い歯ごたえ、ちょうどいい醤油味、それから、大葉ほど派手ではないんだけど、おだやかかつ爽やかな香り。それが、豆腐のまったり食感や大豆の甘さと溶けあい、も〜、ビールのつまみに最高!
 と、しその実ひとつでちょっぴり感傷的になってしまった、初夏の夕方でした。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco

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