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スウェーデンのハロウィンとクリスマス|村上藍 vol.2

2023年10月からスウェーデン・ストックホルムに移住した、住居学、近代住宅史を専門とする村上藍さん。北欧社会は評判通り幸福なのか。現地のライフスタイルは魅力的なのか。移住生活に何を思うか。現在進行形で身の周りの「暮らし」を綴ります。第2回はハロウィンからクリスマスにかけてのスウェーデンの「ハレとケ」の記録をお届けします。

連載第1回はこちら↓↓↓


スウェーデンのハロウィン

 スウェーデンでもハロウィンはイベントの一つとして盛り上がるようで、クリスマスと年末を盛大に祝うための助走のようにみえた。

 日本でハロウィンというと、渋谷の仮装した人々による大混雑が思い浮かぶ(規制でずいぶんと落ち着いたそうだが)。それ以外は大体、お店のショーウィンドウがハロウィン仕様になり、ハロウィン限定商品などが並ぶイメージだ。こちらでも同様に至る所がハロウィン仕様となるが、市街地の中心通りであるDrottninggatanには巨大なおばけのバルーンが出没し、トラムがハロウィンラッピングされるなど、大きな装飾が目立つ。巨大なおばけのバルーンはいわばアドバルーンで、仮装アイテムやパーティーグッズ専門店が出している。そもそも仮装・パーティーグッズ専門店があるのがヨーロッパらしい。店内はフロア全体がドン・キホーテの仮装グッズエリアのようになっているのだが、なんと地下2階、地上1階全てが仮装アイテムとパーティーグッズで埋め尽くされている。大人たちが血の付いた仮面やコスチューム、大きな蜘蛛や切断された指のアイテムを真剣に選んでいるのは面白い光景である。

巨大なおばけのバルーン。下を通るたびに落ちてこないかと不安になるほど大きかった。写真右側に店舗があり、筆者もこのバルーンが気になるがゆえにお店を訪れたので、宣伝効果は抜群だ。

 ハロウィンパーティー自体は10月31日のある週末やその翌週末に開かれるが、ホームパーティー以外にも、学生達は学校でハロウィンパーティーがあり、各自思い思いの仮装をして学校で踊るそうだ。そのため、ハロウィンの時期には頬に血が流れ、悪魔の角を付けたテンションの高い若者達を電車や街中でたくさん見かけた。気温が1℃近い夜に半袖姿やほぼ上半身裸の青年を見かけることもあった。普段、街中でテンションの高いスウェーデンの人々を見ることは滅多にないので、珍しい光景であった。

 他の国と同様に子どもたちが家にお菓子を貰いにくることもあるそうだが、私が間借りしていた家はオートロックで最上階だったからか、誰も来なかった。自分も特にハロウィンパーティーなどはしなかったが、スウェーデンの大人たちがどのようにハロウィンを過ごしているのか、これから友人ができたら聞いてみたいと思う。

ハロウィンラッピングのトラム。車内の広告もすべてハロウィン仕様だった。

クリスマスムードはいつから始まるのか

 10月半ばに引越してきた筆者は、クリスマスムードがいつから始まるのか気になっていた。というのも、クリスマスといえばフィンランドのサンタがいる街・ロヴァニエミを筆頭に、北欧では盛大に祝われるイメージがあったからだ。実際、スウェーデンでは様々なイベントが催され、11月半ば頃から1月上旬頃までの長いクリスマスムードであった。

11月中旬にはもうシャンデリアの飾りがあしらわれていた。手前の逆さの木は樫の木で、スウェーデンのアーティスト、シャーロット・ギレンハンマーの「Die for You」という作品。30年前に同様の展示をし、好評だったことから、現在バージョンアップされて展示されているそうだ。

 ハロウィンとクリスマスの境目はどこなのかと気になっていたが、同時並行しつつも街はゆるやかに切り替わっていった。ハロウィンラッピングのトラムは11月10日を過ぎても走っていたが、一方で市街地ではハロウィンが終わる前からクリスマスに向けたイルミネーションが準備されていた。市街地をハロウィンたらしめた巨大なおばけのバルーンも気づいた頃には撤去され、きれいなシャンデリアのイルミネーションに変わっていた。では、いつ本格的なクリスマスムードになるかというと、街全体の雰囲気としては、Julbord(ユールボード)とJulmarknad(ユールマルクナド)が始まる頃からではないだろうか。

市内の様々な場所で異なるデザインのイルミネーションを見ることができる。イルミネーションマップもあり、それを見ながら街を散策するのも楽しい。

 スウェーデンではクリスマスのことを「JUL(ユール)」と言い、その起源はキリスト教以前からある、冬至の頃に行われたお祭りまで遡る。bordはテーブルという意味で、Julbordはクリスマス期間限定の食事のことを指す。スウェーデンの人々はクリスマスになると家族で集まって、あるいは友人とのホームパーティーでJulbordを食べるそうだ。また、有名なレストランや伝統的なレストランでも食べることができる。人気のお店はすぐに予約でいっぱいになってしまうらしく、スウェーデンの人々がクリスマスのイベントをいかに楽しみにしているかわかる。

ストックホルム市庁舎のレストランstadshuskällarenのJulbord。普段はノーベル賞晩餐会と同じメニューを食べられるレストランとして有名だが、この時期はJulbordを提供している。手前の瓶にはさまざまな味のニシンの酢漬けが、その横にはサーモンや卵料理、奥にハムやサラミが並ぶ。

 marknadはマーケットのことで、Julmarknadとはその名の通りクリスマスマーケットである。ストックホルムでは主に旧市街地のGamlaStanと野外博物館SKANSENの二箇所で開催され、スウェーデンのクリスマスを祝うためのさまざまなものが揃う。どちらも11月の下旬頃から始まり、そこから街も人々も一気にクリスマスムードとなる。

GamlaStanのクリスマスマーケット。大きなクリスマスツリーを中心に、広場いっぱいにお店が並ぶ。規模は大きくないものの、旧市街地の雰囲気と併せてクリスマス気分を味わうことができるため、観光客で賑わっていた。ここでは数字を決めてからルーレットを回す簡単なくじのようなものが人気だった。
SKANSENのクリスマスマーケット。小さな小屋が何十軒と並び、多くの人で賑わっていた。ホットチョコレートやキャンドル、オーナメントのお店から、クリスマスリースや食器類、手袋や靴下のお店などもあった。人気なのはクリスマスの飲み物Glöggやホットチョコレート、甘いナッツなどだ。
GamlaStanのクリスマスマーケットで飲んだGlögg。pepparkakaというジンジャーブレットクッキーがついてきた。ジンジャーブレットクッキーもスウェーデンのクリスマスにかかせない食べ物だ。

 スウェーデンではクリスマスの4回前の日曜日を「第1アドベント」と呼び、この日から飾り付けや準備をするのが習わしだそうで、この頃、各家庭では窓辺に星型の照明Julstjärna(ユールファーナ)を吊し、山型のキャンドル台を模したクリスマスのアドベントライトを飾る。こちらではほとんどの家がカーテンを閉めないため、夜の長いスウェーデンではこうした窓辺の飾りが街の景観を彩る一つの要素となっているのも印象的だ。リビングには自分たちで買いに行った本物のもみの木にオーナメントを飾り付け、側にJulbok(ユールボック)という藁でできたヤギを置くのが伝統的なスタイルだ。

 qasaでセカンドハンドの物件を見つけ、12月頭に越してきた我が家はコンパクトな部屋で、初めてのクリスマスということもあり、オーナーが飾ってくれたキャンドルのアドベントライトと、小さなクリスマスツリーのオブジェを窓辺に飾った。14時30分には日が沈むこの時期、窓辺にアドベントライトの光が灯ることで、夜を穏やかに過ごすことができるし、他の家の窓辺にあるさまざまな形の星やアドベントライトを見ることも楽しみの一つとなった。

駅近くの広場などで、しばしば生のもみの木を売っているのをみかけた。ここで買っている人を見たことはないが、二人がかりで木を運んでいる人たちは何回か見かけた。間借りしていた家のホストはなるべく大きさや形が良いものを選ぶために、11月中旬には買いに出かけていた。
我が家のアドベントライト。右はプレゼントでいただいたGlögg。奥の集合住宅にもアドベントライトが飾られており、山の形でライトが浮かび上がっている。
さま ざまなJulstjärnaとアドベントライト。7つ星のものが多く、色は白か赤が多い。紙やプラスチックでできており、別売りの電球に覆いかぶせて設置する。ストックホルムには照明専門店も多く、この時期になるとさまざまなアドベントライトを見ることができる。

暗い冬を明るく照らすルシア

 スウェーデンには、クリスマス前に祝う最も大切な行事として、ルシア祭がある。ルシアはキリスト教の聖ルチアに由来し、スウェーデン語ではルシアと呼ばれる。ルチアの名は光を意味するラテン語luxから来ていると言われ、光を象徴するお祭りとして長い間スウェーデンの人々に親しまれてきた伝統行事である。ユリウス暦が採用されていた16世紀以前は毎年冬至に祝われたとされるが、現在のスウェーデンでは毎年12月13日に祝われる。ルシア祭では、聖人ルシアに扮した少女が蝋燭の冠を被って先頭に立ち、後ろには手に蝋燭を持った少年少女や星のスティックを持った少年が続き行進をするルシアトレインが伝統である。彼女らはイタリアの民謡サンタ・ルチアを歌いながら教会や施設などに入るが、イタリア・ナポリの美しい港町の情景を連想させる原曲とは異なり、スウェーデン語での歌詞は、暗く、重く長い夜の中から、頭に蝋燭を灯した白衣のルシアが光と共に現れたというような内容になっている。

SKANSENでステージへと向かうルシアトレイン。ルシアとその後ろの少女達は白いドレスに赤いリボンを巻いている。かつては、白いドレスは暗闇を追い払いたいという願望、赤いリボンはキリスト教信仰のために犠牲となった血を象徴していたという。

 この時期になると、教会やデパートなど、スウェーデンのさまざまな場所でルシアコンサートが催される。特にSKANSENでは伝統的なルシアから、1920年代のルシアを再現したもの、子どもたちのルシアトレイン、大きなステージでオーケストラとともに歌うルシアなどを見ることができるため、筆者のようなスウェーデン初心者にとってはありがたい場所だ。ルシアコンサートのためにSKANSENを訪れたが、この時期はクリスマスマーケットも開催されているため、ルシアとクリスマスを祝う多くの老若男女で溢れかえっていた。

 筆者にとっては初めてのルシアであり、何故スウェーデンの人々がこうして盛大にルシアを祝うのか気になっていたが、暗くて寒い夜の中をルシアたちがサンタ・ルチアを歌いながら行進する姿を見た時、これは暗く停滞した気持ちに区切りをつけるような、希望のための儀式なのかもしれないと思った。私自身、10月からこの地に住み、日に日に夜が長くなっていくのを実感しつつも、意外と平気なものだと思っていたが、ルシアを見て、気づかぬうちに心が暗くなっていたことに気付かされた。

 しばらく続いた長い夜はルシアによって明るく照らされ、この先の夜も少しずつ明るくなっていくのだと前向きな気持ちにさせてくれた。初めて見た筆者がそう思ったのだから、長くこの地に住む人々にとってルシア祭が重要な日であることは想像に難くない。街のイルミネーションや第1アドベントのクリスマス準備、ルシア祭を通して、スウェーデンの暗くて長い冬の中で人々がどれほど光を大切にしてきたのかを、身をもって実感することとなった。

「暗闇から光へ」と題した教会でのルシアコンサート。先頭に立つのがルシアで、その後ろでキャンドルを持った合唱隊がサンタ・ルチアやスウェーデンのクリスマスソングなどを歌うプログラム。13日の前後で複数公演があるが、チケットは連日売り切れるほど人気だ。

12月の過ごし方 クリスマスとニューイヤー

 ここまで記したように、12月になるとスウェーデンの人々はツリーを買いに出かけ、家の飾り付けやアドベントの準備をし、プレゼントを用意し、職場の人や家族、友人とJulbordやJulmarknadへ出かけ、街や老舗百貨店のクリスマスの飾りを見に出かけ、ついでにスケートしに出かけ……と、とにかく忙しない。街は1ヶ月の間ずっとホーム・アローンの映画の中にいるようだった。日本ではクリスマスを恋人や友人と過ごし、年末年始は実家へ帰り家族と過ごすが、こちらではクリスマスを家族と集まって過ごし、年末年始は恋人や友人と過ごすそうだ。

老舗百貨店NKの巨大なクリスマスツリー。毎年デザインが変わるため、今年はどんなツリーになっているのかを見に行くのも楽しみの一つ。
同じくNKの外のショーウィンドウ。こちらも毎年デザインが変わり、クリスマスといえばNKのこの壁面だとこちらの友人に教えてもらった。この他に4面ほど展開されており、人形たちが動き出したり、ストーリーがあったりと細かな演出がされている。

 特に多くの人々にとってクリスマスのプレゼントを贈ることはとても大切なようで、こちらの友人から思いがけずプレゼントを頂いた際は、他の準備で忙しいゆえプレゼントを渡すためだけの待ち合わせが発生したりもした。この時期になると、百貨店やインテリアショップ、雑貨屋、本屋から、家電量販店、ホームセンター、セカンドハンドショップにまで、セルフラッピングエリアが出現する。プレゼント文化が強く根付いているものの、”ラッピングは自分で”というのが日本では見かけない面白いスタイルである。

ホームセンターのラッピングゾーン。「ここでプレゼントを包んで」というようなことが書いてある。各店舗独自のラッピングペーパーがあり、それを見るのも楽しい。中にはリボンや可愛らしいシールも用意されている台があり、筆者はクリスマスシーズンの間ラッピングゾーンハントに勤しんだ。
クリスマス準備も終盤になると、ショッピングモール内にラッピングお任せセンターができていた。店舗で買った商品をここへ持っていくと、スタッフが包装してくれるようだ。

 ホームセンターやインテリアショップではJulstjärnaやロウソクのアドベントライトを中心にさまざまなホームデコレーションアイテムが並び、多くの人々が買っていく。ライトアップのための配線や電池、電球なども同じくらい店頭に並ぶ。スーパーではクリスマス限定のサンタの姿をしたグミや、Julmust(ユールムスト)というスパイスの効いた甘い炭酸飲料が売られ始める。普段目にする飲食物もクリスマス仕様となり、スウェーデンの炭酸飲料Trocaderoはこの時期限定でTrocamustを出し、ハムコーナーでは、マスタードを使ったソースをかけたJulskinka(ユールスキンカ)というクリスマスのハムが売られ始める。

11月には出現するサンタの姿をしたグミ。今年はバナナチョコ味も発売されていた。Bilarというスウェーデンの有名なグミに似ており、癖になる味だ。

 ちなみにJulbordはこのJulskinkaをはじめ、様々に味付けされたニシンの酢漬けやサーモン、チーズ、卵の上にエビや魚卵をのせた料理などが定番で、ヴァイキング形式で食べるスタイルだ。日本では正月に向けてしめ縄飾りや門松などを用意し、早めにおせち料理を作って正月をゆっくり過ごすように、こちらではクリスマスの飾りを用意したあとは、日持ちのするニシンの酢漬けやハムなどをJulbordで用意して家族とゆっくり過ごすそうだ。全く異なる文化でも、早めに準備してゆっくり過ごすその姿勢は日本と近しいものを感じる。

スーパーで売られる大量のJulmust。スパイスを使っているため、元々は古い薬局が作っていたという。ちなみにクリスマスが終わると安価で売られ始める。

 他にもスウェーデンのクリスマスに欠かせないものやことはたくさんあるが、中でもlussekatt(ルッセカット)とGlögg(グロッグ)は最もスウェーデンのクリスマスらしい食べ物と飲み物である。Lussekattはサフランで色付された黄色い生地にレーズンをのせた伝統的なパンで、ルシア祭の日に食べられる。パン屋さんやカフェ、スーパーなどで売られており、シナモンロールのように色々なlussekattの食べ比べも楽しい。Glöggはスパイスの効いた甘いホットワインで、中にナッツやレーズンを入れて飲むのがスウェーデン流だそうだ。この時期になるとカフェやレストランで見かけるようになり、Julbordやクリスマスパーティーでは欠かせない飲み物である。もちろんクリスマスマーケットにも必ずあり、Glöggを飲みながらLussekattを食べ、マーケットをまわるのが定番のようだった。

 こうしてクリスマスまで怒涛のイベント続きで盛り上がった後、年越しは恋人や友人と市街地に繰り出し、花火を見たり打ち上げたり(玩具店等で購入し、個人で打ち上げる事が可能)して派手に過ごす。年越し後もしばらくはクリスマスの飾りがそのまま飾られているが、ツリーは1月13日に窓から投げ捨てる文化があるそうだ(私はまだ目撃していない)。

11月頃から売られるLussekatt。Lussekattは「ルシアの猫」という意味で、コンビニではその名の通りルシアに扮した猫がLussekattの広告として使われていた。Mjaugiskt!は英語でMagicalを意味するMagiskと猫の鳴き声Mjauをもじったもの。

 連載第2回にして、すまいについてあまり触れることができなかったが、暗くて長い冬を少しでも明るく過ごす知恵や工夫を、伝統的な文化や行事から見ることができた。普段の生活にクリスマスの装飾や食べ物などが一つ加わるだけでも日常に変化が生まれ、家で過ごす長い時間も楽しくなるのだと身をもって感じた。同時に、日本にいた頃の自分にはこうした季節をゆっくり楽しみ味わう余裕が全くなかったことにも気がついた。まだまだ続くスウェーデンの冬、クリスマスが終わった後は皆どのように過ごしているのか、引き続きこの目で見て確かめていきたい。

12月にはノーベル賞授賞式もあり、ストックホルムはより活気づく。Novelweekのイベントとして市庁舎のプロジェクションマッピングがあり、多くの観客が駆けつけていた。

書き手:村上藍(むらかみあい)
1993年、長野県茅野市生まれ。八ヶ岳の麓で育つ。2016年、日本女子大学家政学部住居学科卒業。2018年、東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了。専門は住居学、近代住宅史。2020年、修士論文に加筆・修正を加え『奥村まことの生涯とその設計』を私家版で上梓。2022年、公益財団法人ギャラリーエークワッド、ちひろ美術館共催「いわさきちひろと奥村まこと・生活と仕事」展協力。2023年10月にスウェーデン・ストックホルムへ移住。手探りながらも北欧と日本のすまいや生活について考え中。Threads(@ai_murakami)にてストックホルムでの日常を気軽に書いています。

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