「映画を早送りで観る人たち」の出現は本当に“恐ろしい未来”なのか?|稲田豊史
映画やドラマを早送りする人たち
「AERA」2021年1月18日号には、ある種の人々にとって我慢ならない記事が載っていた。タイトルは「『鬼滅』ブームの裏で進む倍速・ながら見・短尺化 長編ヒットの条件とは」。そこには、映画を通常の速度では観られなくなったという男性(37歳)の、「倍速にして、会話がないシーンや風景描写は飛ばしています。自分にとって映画はその瞬間の娯楽にすぎないんです」という声が紹介されていた。
同記事中、別の女性(48歳)は、Netflixの韓国ドラマ『愛の不時着』を「主人公に関する展開以外は興味がないので、それ以外のシーンは早送りしながら」観たそうだ。
この記事に怒り、嘆き、反発した人は多かった。
正直、筆者も胸がざわついた。というより、居心地が悪かった。なぜなら、かつて自分にも倍速視聴にどっぷり浸かった時期があったからだ。
出版社でDVD業界誌の編集部にいた頃、毎月決まった時期に編集部総出で大量のVHSサンプルを視聴する必要があった。ある期間内に発売されるDVD作品の中で、どれがどのくらい売れそうなのかを予測して、誌面での掲載順を決めるためだ。
サンプルが手に入るタイミングは、多くが掲載順検討会議の数日前。会社から終電で帰宅して、翌朝までに2時間の映画を3本観なければいけない日はざらだった。そこで効果覿面だったのが、倍速視聴である。
記事中の男性が言っていたように、会話がないシーンや風景描写は飛ばして観る。会話シーンも倍速で観ていたが、視聴サンプルは海外作品が多かったので、音が消えても字幕でセリフは追えた。派手なアクションシーンや濡れ場など、売上に直結しそうなシーンだけは通常再生に戻して確認していた。
その仕事は8年以上続いた。
ある時、かつて倍速視聴した作品をDVDレンタルして観直し、愕然とした。作品の印象がまったく違うのだ。初見の倍速視聴では作品の滋味を――あくまで体感だが――半分も味わえていなかった。
ストーリーは倍速視聴時に把握していた通りだった。見せ場も記憶にある。だが、登場人物の細かい心情やその変化、会話からにじみ出る人柄や関係性、美術や小道具、ロケ地の美しさ、演出のリズムや匂い立つ雰囲気、それらを十全に味わえていたとは言いがたい。仕事で致し方なかったとはいえ、もはや懺悔に値する行為である。
そんな経験があったからこそ、「AERA」の記事には余計に胸がざわついた。
「それでは、作品を味わったことにならないぞ……」
無論、そのつぶやきは過去の自分にも向けられていた。
倍速視聴経験者は若者に多い?
10秒間の沈黙シーンには、10秒間の沈黙という演出意図がある。そこで生じる気まずさ、緊張感、俳優の考えあぐねた表情。それら全部が、作り手の意図するものだ。そこには9秒でも11秒でもなく、10秒でなければならない必然性がある(と信じたい)。
それを「飛ばす」「倍速で観る」だなんて。
石川さゆりの『天城越え』やあいみょんの『マリーゴールド』を倍速で聴いたり、サビ以外を飛ばして聴いたりするくらいの逸脱行為に思える。そんな聴き方で叙情や作品の魅力を堪能できるのだろうか。懺悔の念を込めて、あえて感情的に言うなら、それはアーティストへの冒涜ではないのか。
しかし、本編すべてを1.5倍速で視聴したり、会話がなかったり動きが少なかったりするシーンを躊躇なく10秒ずつ飛ばして視聴する人は、それほど珍しい存在ではない。ただ、かつての筆者のように「仕事で致し方なく」だけが理由ではなさそうだ。
マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングによる2021年3月の調査によれば、20~69歳の男女で倍速視聴の経験がある人は34.4%、内訳は20代男性が最も多く54.5%、20代女性は43.6%。次いで30代男性が35.5%、30代女性が32.7%だ(図1)。男女を合算すれば、20代全体の49.1%が倍速視聴経験者だという。
これを多いと見るか、それほどでもないと考えるか。少なくとも「仕事で致し方なく」だけでこれだけの比率にはならないだろう。調査対象に映像業界従事者がそれほどまで多いとは思えない。
では、仕事が絡まない学生ならどうか。2021年12月、筆者は青山学院大学の2~4年生を対象に授業を行い、受講者のうち128名を対象としたアンケートを行った。結果は、倍速視聴を「よくする」「ときどきする」が66.5%。「あまりしない」も足せば87.6%にも及んだ(図2)。先の「20代全体の49.1%が倍速視聴経験者」に比べてずっと高い。
調査サンプルや質問選択肢の微妙な違いを念頭に置く必要はあるものの、倍速視聴経験者が「20代全体の49.11%」「大学2~4年生(概ね19~22歳)の87.6%」であることから、“年齢が若いほど倍速視聴経験率が高い”とは言えそうだ。なお同大学のアンケートでは、10秒飛ばし(もしく何秒かのスキップ)を「よくする」「ときどきする」学生はさらに多く75.8%、「あまりしない」も足せば91.4%にも達した。
とにかく、20代の倍速視聴経験率は高い。参考までに、マクロミルによる2019年8月の調査によれば、13歳から29歳までの若年層による動画配信アプリの利用率トップ3は、民放キー局のTV番組が見逃し視聴できるTVer(ティーバー)、インターネットTVサービスのABEMA(アベマ)、Amazonプライム・ビデオだが、これらはスマホで視聴する場合、すべてのサービスにおいて10秒スキップが可能。TVerとABEMAには倍速視聴機能が実装されている。
また、クロス・マーケティングの調査によれば、倍速で見たいと思う動画コンテンツは、1位がドラマ(35.7%)、2位がニュース・報道(28.3%)、3位がバラエティ(25.9%)、4位が映画(23.8%)、5位がYouTuberの企画動画(23.0%)と続く。
青山学院大学の場合、倍速で観たいと思う動画コンテンツの1位は大学の講義(57.8%)、2位がYouTuberの企画動画(50.8%)、3位が連続ドラマ(23.4%)、4位はアニメ(映画とアニメシリーズを合算、22.6%)、5位が報道・ドキュメンタリー(19.5%)、6位が映画(17.2%)と続く。
ニュースや報道を「情報」だと割り切るなら、それらを倍速視聴することについて気分的には許容の範囲内だが、ここには「ドラマ」「映画」「アニメ」も入っている。
なぜ、こんなことになっているのか。そこには、大きく3つの背景がある。
こちらのつづきはぜひ書籍でお楽しみください。この「3つの背景」には非常に納得させられます…!
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著者プロフィール
稲田豊史(いなだとよし)1974年、愛知県生まれ。ライター、コラムニスト、編集者。横浜国立大学経済学部卒業後、映画配給会社のギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)に入社。その後、キネマ旬報社でDVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て、2013年に独立。著書に『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)。近著に『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)がある。