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革新的認知症予防|辛酸なめ子

もの忘れ予防策が覚えられません

 年々、悪くなっていく記憶力。固有名詞が出てこないのはもちろん、前日に食べたものもなかなか思い出せません。そんな話をスピリチュアル系の知人にすると「それは瞬間に生きているということですね」と肯定してもらえるのですが、その言葉に甘んじるのも危険な気がしています。

 「週刊現代」(2024年7月20日・27日号)の認知症特集を読んだら、日本人は他の国の人と比べて、悲観的で、ストレスをためやすい性質で、認知症を引き起こす「アミロイドβ」が増えやすい、と書かれていました。「ストレスホルモン」と呼ばれる「オレキシン」も多く分泌される傾向が。不安を感じやすい「S型遺伝子」を持つ人の割合も8割以上だそうで、同じ日本人同士、辛さを分かち合い、いたわり合った方が良いくらいです。「アミロイドβ」は脳脊髄液の循環を良くすることで洗い流され、リセットできます。そのためには、寝る前のスマホをやめて、しっかり睡眠をとり、日光を浴びてオキシトシンを分泌することが大事だそうです。飲食物では、不飽和脂肪酸を含む青魚や、緑黄色野菜、緑茶なども効果的……と、覚えようとしても、記憶力が減退しているので読んだはしから忘れていきそうです。

「革新知能統合研究センター」へ

 先日、不思議な縁で、認知症予防について研究している方とお会いすることができました。理化学研究所の「認知行動支援技術チーム」のリーダーを務めるおおたけさんは、東大工学部卒のロボット工学博士で、なんと同じ中高の一つ下の学年だそうです。私が母校に泥を塗りかねない存在なのに、このような素晴らしい経歴の方がいらっしゃって、学校にとっても誉れある貴重な卒業生です。その大武さんが「認知症予防のための会話支援AIロボットの体験会」を行なうと教えていただき、参加してみることに。

 会場は日本橋コレドのオフィスビル内の理研の施設。日本橋コレドは服やコスメを買いに何度も訪れたことがあり、私にとっては物欲スポットの一つなのですが、反対にストイックそうな理研の施設があるとは知りませんでした。会場は、理研の中でも「革新知能統合研究センター」という、かなり最先端なイメージの施設です。中に入ると、白衣を着た知的な女性、大武博士が佇んでいました。

 まずは、高齢者になった時に健康を保てるか、40代50代からチェックした方が良いということで、骨密度、筋肉量、体内糖化度などを計測。それぞれ標準値に近くて安心しましたが、ショックだったのは久しぶりに測った体重です。この数値は積極的に忘れたいです。ちょっと重いくらいが長生き、という説もありますが……。

「会話」で認知症予防

 続いて大武さんが提唱している「共想法」という、認知症予防になる会話を実践しました。今回誘った中高の同級生を含めて、参加者は4人。それぞれ、最近の体験の写真を持ち寄り、見せたり、質問を受けたりします。それぞれの写真について1分間ずつ説明し、1分は質疑応答、という流れでした。司会進行は大武博士が開発した会話支援ロボット「ぼのちゃん」です。お地蔵様のような癒し系の見た目ですが、はきはきした口調で会話を誘導してくれます。

 まずは、中高の同級生でライターのMさんが提出した愛猫の写真について。病院からもらってきた保護猫で、オスだそうです。夏は冷たくなるマットの上で寝ている、というエピソードなどを聞いたら、次は私が持ってきた写真について話す番です。滝の写真を送ったのですが、送っておいてどこの地方のなのか失念。あやふやながら、宮城県の滝かもしれないと思い、この滝にひとりで行ったらタクシー運転手さんなどに心配された話などをしました。続いてYさんが、アップルウォッチの写真について説明。歴史についてのラジオをよく聴いているようです。さすが知的な施設で働いている方は、常に教養を高めています。最後は、大武さんの写真でした。軽井沢で「街歩き共想法」を行なった時の写真で、紫陽花の咲く美しい庭園を散歩した後、今回のように感想を話したり質問し合ったそうです。とくに他の観光地には寄らなかったようで、ストイックです。

質問力と記憶力

 それぞれの方のお話を聴いて、記憶しつつ、何を聞いたら良いのか考えなければなりません。Mさんの猫の写真については「猫を飼った決め手は?」といった質問をしてみたら「動物病院ですごい勧められて」とのこと。猫の写真がとにかくかわいくてそれだけで脳が活性化された感があります。

 続いて私の滝の写真については「いつ行ったんですか?」「どうやって帰ったんですか?」などと聞かれましたが、訪れたのは東京オリンピックの年だったのでギリギリ覚えていたものの、どうやって帰ったのかは記憶にありませんでした……。「たぶんタクシーを呼んだんだと思います」と答えましたが、すでに物忘れフラグが……。

 時間になると「なめ子さん写真について発言ありがとうございました。Yさんの写真についてご質問お願いします」とロボット「ぼのちゃん」が促しくれます。人間だと話している途中で切られると角が立ちそうですが、ロボットなので気にならないという利点が。

 歴史ラジオについてお勧めしたYさんについては。どんな歴史のジャンルなのか、話している人はどんな人なのか、といった質問が出ました。「無料なんですか?」と聞いたら「無料です」とのこと。やはり金額などつい知りたくなってしまいます。

 大武さんの軽井沢の庭園の写真についても、こんな風なやりとりがあり、平和な空気の中「共想法」を体験することができました。しかしそのあと伺った、認知症や老化についての話は結構シリアスなものがありました。

「脳内ゴミ屋敷」のかたづけ方

 それは、年を重ねるにつれ体も脳内も「ゴミ屋敷状態」になる、という危険。「体の中で余分な糖分がタンパク質とくっつくと、細胞の外に捨てられなくなるので、どんどん体の中にたまっていってしまいます。脳もタンパク質がたまりすぎると、ゴミが捨てられない状態になってしまいます」と、大久保さん。甘いものは控えめにした方が良いそうです。最近スイーツを食べると異様な眠気に襲われていたのは、体からの警告だったのかもしれません。そして脳内や体内の状態が外界にも反映され、住環境も……という恐ろしい連鎖がありそうです。

「体や脳内をゴミ屋敷にしないためには、食事に気をつける、運動して老廃物を捨てる、睡眠をとる、というのがポイントです」と、大武さんに有益な情報を教えていただきました。

 認知症の定義は「脳や身体の疾患を原因として、記憶・判断力などの障害がおこり、普通の社会生活がおくれなくなった状態」。毎日ルーティーンで同じことを繰り返していると認知症になりやすい、という傾向もあるそうです。新しい情報やボキャブラリーをインプットすると認知機能が高まります。ちなみに、他に認知機能が衰えやすいタイプは「ブライドが高い」「好きなことだけに偏る」「まじめで頑固」「仕事オンリー」など、こちらも思い当たるふしがあります。話し役、聞き役のどちらか一方になってしまう人も脳が衰えてしまうリスクが。

話を聞いて質問する、という行為は、認知症になるとできなくなってしまいます。昔のことは話せるけど新しいことが覚えられないんです。昔の思い出話をするのと、最近のことを話すのとでは、使われる脳の機能が違います。「共想法」のように、最近のことを話したり聞いたり質問することで脳の機能が強化されます。海馬は数分前から1ヶ月前の記憶を一時的に保存し、そこから大事な記憶は大脳皮質に書き込まれます。海馬を活用することで認知症を予防できます。

 と、大武さん。

 私の海馬は、自分のバッグの中身のように乱雑になってしまってなかなか取り出せない感じがします。スマホでネットニュースをチェックしすぎて、情報過多になってしまっているのかもしれません。雑多な情報は体を動かしたり瞑想したりすることで、洗い流したいです。スイーツや甘いドリンクで糖分も取りすぎなので、控えようと思いました。

認知症予防の二大巨匠

 認知症予防についてまとめると、食事や運動、睡眠に気を付けて体や脳の老化を遅らせる、というのと、脳の回路を維持するために、会話などの交流や、知的活動を行う、ということが重要なようです。今回体験した「共想法」がおすすめだとのことですが、話し相手がいない場合は、ロボットの「ぼのちゃん」が会話してくれる機能があるみたいで、老後が少し安心になりました。 

 ところで認知症予防になる会話を常日頃している人といえば……黒柳徹子さんです。ゲストの近況について聞いて、質問する、というのを50年近く続けています。彼女が90代になっても頭の回転が速い理由がわかりました。

 さらに先日、徹子さん級の脳の機能の持ち主を発見。寄席に行ったら、80代後半の林家おう師匠が出ていたのですが、落語やばなしがおもしろいのはもちろん、その記憶力のすごさに圧倒されました。昭和20年代に観た映画のセリフやディテールをまるで昨日観たばかりのように実演していて、あまりの記憶力に恐怖すら感じました。「盗んだ金を分け合うのに『おかしら!』って声が大きすぎるよ」とか突っ込みを入れながら……。約70年前に観た映画の役者の名前もスラスラ出てきていました。私は最近観た映画のストーリーもほとんど忘れてしまっています。人に説明するためには映画を見ながらセリフをメモるか、もう一度配信で見直さなければなりません。こうやって外部のデータベースに頼ることも記憶力低下の要因な気がします。

 落語家は、枕で話す近況エピソードを思い返しながら自分で突っ込みを入れる一人脳内会話を行っていて、認知機能を高めているのかもしれません。落語のストックをたくさん記憶することでも脳が鍛えられています。

 認知症予防のヒントになるかもしれない、黒柳徹子さんと林家木久扇師匠という二大巨匠。世の中や人に対する好奇心を持ち続けて、突っ込みを入れていたら認知機能は保てるかもしれない、と希望を感じました。脳は同期するという説があるので、80代90代で脳がしっかりしている人と会話したり、同じ空間で講演を聴いたりすることで、海馬や大脳皮質が共鳴してアップグレードしそうです。林家木久扇師匠の落語を聞いた日の夜ご飯は、トマトのパスタ……と、少し記憶力も復活しました。


今回の言葉

認知症の予防は、まず脳内のゴミ屋敷を片付けることから……

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