「対話と傾聴」で、組織はなぜ変わる?組織開発を実践するような「伴走支援」の取り組みを、豊富な実践経験とともに解説する一冊
はじめに
本書は、これまで筆者が中小企業支援活動の中で取り組んできた伴走支援の考え方を整理したものです。ここで述べる伴走支援とは、企業経営者に対して、「対話と傾聴」を通じて寄り添いながら継続的に経営支援を行っていくことです。
それだけのことと思われるかもしれませんが、このアプローチは従来の支援手法とは違った効果をもたらしてきました。経営者の方々が、より本質的な経営課題に気づき、納得し、主体性を持って自己変革に取り組み始めたのです。そして、社員にもその動きが伝わったとき、企業組織が持っている潜在的な力(潜在力)が発揮されるようになっていきました。
これはプロセス・コンサルテーションという、組織開発の理論の中にある手法の一つなのですが、私が当初伴走支援を始めたとき、実はそうした理論的体系の存在を知りませんでした。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故によって被災した事業者の方々への支援活動を行っている間に、まさに現場の必要に迫られて会得していった手法でした。その意味で本書は、組織開発がいかに現場で役に立つのかを、実践経験を通じて明らかにしたものと言えるかもしれません。
私は、その後、この手法は被災地でなくても活用できるのではないかと考え、中小企業庁長官として伴走支援を全国に広め、理論的な整理もしながら政策の構築を進めていきました。そして、伴走支援を取り入れてくれた数多くの企業経営者の方々が様々な経営課題に挑戦し、乗り越えていくのを見てきました。おかげさまでこうした取り組みについて多くの関係者の方々に関心を持っていただき、伴走支援の考え方が徐々に全国の現場で広まりつつあります。既に同じ発想で取り組んでいた方々も集まってきて、力が結集されつつあります。そして、単に企業に対する支援にとどまらず、地方経済の再生の文脈でも議論されようとしています。
伴走支援とは何か
改めて伴走支援とは何か。ここでは、主に企業経営者と外部の支援者が、信頼関係の下で対話を行うことを通じ、経営者が本質的な経営課題に気づき、意欲を高めて会社の自己変革などに取り組むことにより、組織が本来持っている潜在的な力を発揮させていく一連の営みのプロセスと考えます。「支援」というと、一方が他方を助けるという一方通行の関係のように見えますが、伴走支援は、むしろ経営者と支援者の対等なパートナーシップの下での双方向のやり取り、相互作用だと捉えていただくのがよいでしょう。念頭に置いている組織は、主に非上場の中堅・中小企業ですが、公的機関やNPO、大企業の事業部門など様々な組織に幅広く適用できる考え方だと思います。
この伴走支援の考え方のエッセンスは、主に次の3つに集約されます。特に理論的な部分は、我が国の組織開発分野の第一人者である中村和彦先生のご指導をいただきました。本書にも解説をいただいております。
第一に、対話と傾聴。経営者の話に耳を傾け、共感を持って対話を継続する。それによって、経営者が自身の頭の中で内省し、自分にとっての本質的な課題は何かということを言語化することができます。このためにも、経営者と伴走者の信頼関係の構築が鍵となります。
第二に、課題設定力。支援者側は、ともすると課題解決策を先に提示しようとしがちですが、それでは表面的な解決に終始してしまい、経営者が本質的な課題をつかみ取ることができない場合があります。何が本質的な課題なのか、あくまで経営者本人が気づき、腹落ちするプロセスが重要です。特に、そのような課題には、本人自身や会社組織自体が変わらなければ解決できないような課題(適応課題と言います)が含まれることが多く、課題の設定自体が大変重要になってきます。
第三に、自己変革と自走。近年の日本経済は、新型コロナウイルス感染症や価格高騰など、思いもよらない危機や環境変化が頻発しています。企業はそうした変化を乗り越えるだけの適応力や変革力を持たなければなりませんが、経営者単独でそれを実現することはなかなか難しいものです。このため、第三者による伴走が重要になってきます。上述のように対話と傾聴を通じて課題設定ができ、経営者や従業員が意欲を持ってその課題に取り組もうという動機づけ(「内発的動機づけ」と言います)がなされたとき、潜在的な力が発揮されます。これこそが、企業組織が自走できるようになるために重要な鍵と考えます。伴走支援とは、他者への依存を促すものではなく、経営者が本来持っている〝経営の力〟を発揮して自立自走していくプロセスを支えるものなのです。
経営に携わる方へ
本書は、経営者やマネジメント層の方々を念頭に置いて、伴走支援の考え方について話を進めています。経営者の中には、直近の経営環境の変化のみならず、今後のGX(経済社会システムの脱炭素化への移行を意味するグリーン・トランスフォーメーション)やDX(デジタル・トランスフォーメーション)といった中長期的な構造変化を見据えて会社の改革を進めなければならないが、どう手を付けてよいか分からないという方が少なくありません。
また、特に若い経営者や事業承継を受けて間もない経営者の中には、社員のマネジメントに苦労されている方も多いと思います。伴走支援の考え方に触れる中で、自身は孤独ではなく、社員そして外部の支援者と共に前に進む道があるということ、そして会社の強みや潜在力を引き出し、様々な環境変化を乗り越えていく手段があるのだということを知っていただき、勇気と自信を持っていただければと思います。そのためにも、伴走支援を受け入れる姿勢が大切であることも訴えたいと思います。
本書では、第1章及び第2章で、伴走支援を現場で実践してきた経緯や考えをお伝えし、第3章で組織開発の理論的な背景を踏まえつつ、伴走支援の枠組みについて整理しています。小規模企業から比較的規模が大きな企業まで様々な事例に触れながら、経営者の心が変わる過程を紹介しています。少しでも参考になれば幸いです。
支援に携わる方へ
本書は、伴走支援の実際の担い手となる様々な支援者の方も読者として想定しています。全国の中小企業支援実施機関・商工団体の方々をはじめ、税理士や弁護士、公認会計士、中小企業診断士、社会保険労務士など中小企業経営者と関係のある士業の方々や、そうした資格取得を目指そうとしている皆様にとっても、伴走支援の考え方が有用であることをご理解いただければ幸いです。そして、少しでもこの伴走支援を現場で実践し、企業の潜在力を引き出していっていただくことを願っております。経営者の方々にとっても、同世代や後輩の経営者に対して助言を行う場面は多いでしょう。そういう意味で、支援者の視点は役に立つのではないかと思います。伴走支援が多くの支援者の間で全国的に広がってきている状況については第4章でお伝えします。
さらに、地方自治体や地域金融機関など地域経済を支える方々にとっても、伴走支援は重要なアプローチとなりうることを強調したいと思います。地方は、今、人口減少が加速しており、地域経済の持続可能性が大きな課題となっています。この構造的な解決策の一つは、地方の企業がより良い雇用を生み出して若者や女性が地方で活躍できる社会を創ることではないかと思います。そのためにも、地域企業の経営変革を促し、その潜在的な力を引き出す伴走支援は、地域再生の一つの切り札になりうると考えます。それについては第5章で詳しく述べたいと思います。
こうした伴走支援や組織開発が、個々の企業組織のみならず経済社会全体の力を引き出す可能性については、最後の第6章でお伝えします。企業や人が内発的に意欲を高めて潜在力を開花させることで、ミクロの集合体としてのマクロの日本経済を立て直す道筋を考えていきます。日本人が本来持っている力を発揮すれば、日本経済の再生は可能だと思います。
最初、自身の体験を本にまとめることには躊躇いがありましたが、行政に携わった者がその経緯や考え方をしっかり記録にまとめて世の中に示すことは、次の世代への責任の取り方の一つだと考えるようになりました。そして、伴走支援への理解が広まることで、多くの企業が激変する経済を生き抜き、日本経済の再活性化、信頼と協調性のある社会の創造に少しでもつながっていくのであれば意義があるのではないかと考え、筆を執った次第です。できる限り平易で分かりやすい文章を心掛けました。本書が少しでも皆様の参考になれば幸いです。
目次
著者プロフィール
角野然生(かどのなりお)
1964年、東京生まれ。
東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現在の経済産業省)入省。元中小企業庁長官。2015年に福島相双復興官民合同チーム初代事務局長および福島相双復興推進機構初代専務理事として福島復興に携わり、その後、関東経済産業局長や復興庁統括官を歴任。2021年から中小企業庁長官として、中小企業に対する伴走支援を全国に展開する業務に従事し、2023年退官。