光文社新書
クリスマスプレゼントに最適な絵本。「ありがとう」は魔法の音 | 絵本作家・菊田まりこさん特別寄稿
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クリスマスプレゼントに最適な絵本。「ありがとう」は魔法の音 | 絵本作家・菊田まりこさん特別寄稿

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ボローニャ国際児童図書展児童賞・特別賞を受賞し、100万部を超えるロングセラー『いつでも会える』(学研プラス)で知られる絵本作家・菊田まりこさんの名作『ありがとう が しりたくて』が装いも新たに生まれ変わりました。不思議な縁によってバトンが繋がれた絵本です。カバーには金箔が施され、本文も黄色がベースになっています(デザインは板倉洋さん。前2作のベースの色はピンクでした)。刊行を機に、菊田さんが特別にメッセージをお寄せくださいました。

菊田さんのブログでも紹介されています。

「ありがとう」をめぐる、短くて長い話

天使がうたた寝する、はるか遠い空の上までも。
聞こえてくる「ありがとう」って、なあに?
好奇心のままに1人の天使が、
人間として地上に生まれ
「ありがとう」とは何かを探します。

数分で読めてしまうお話です。
でもそこに流れる時間は一生分。
短くとも長いお話です。

 これは、2011年に初版が刊行された私の著書。
『ありがとう が しりたくて』という絵本のこと。

この度、光文社さんより装い新たに復刊していただく運びとなりました。

三度目の刊行という、世にも稀な一冊

実は、世の中に生まれ落ちるという観点では、初版を含めると今回で3度目となります。

たぶん本としては稀な経歴。それについて特筆すべき点は「命のバトンが繋がれるように生かされ続けている絵本」ということ。

存続の危機が訪れる度に、不思議なご縁に救われていく。次々と命が託されていくその様は、小さな偶然のようにみせかけた奇跡の連続としか言いようがなく。

本は、世の中に送り出された後、本自身が旅をして行きます。旅先のイベントのお知らせ、旅で出会った人々からのお便り、大きな海を渡る時に必要な渡航の手続き、云々‥‥。

そんな折にふれ、著者はどんな旅の途中かを知り本に想いを馳せることができるわけなのですが。

「いったい‥‥どんな旅‥‥」と、首を傾げる進路を進んでいるこの絵本。何度も順調に旅を続けられるよう手を差し伸べられる不思議。そんな様を見守り続けているうちに、自然と「ああ、こういうことか」と著者なりに心にストンと落ちる見解に達していきました。

それは本自身が、抱いたメッセージをもっとたくさんの人に伝えていきたいという「意志」を強く持っているということ。

私の著書が全て自分の子供たちだとするならば、兄弟姉妹の中でもこの子はひときわ意志の強い子だと紹介しておきましょう。

さて、今回そんな意志の強い子(本)のバトンを繋いで下さったのは光文社新書編集部の小松現さんです。20年以上前にオファーをいただいていたお仕事に、ようやくとりかかる矢先のことでした。

突然現れたバトン『ありがとう が しりたくて』が瀕死状態と知って、新しい本よりも先に、風のようなフットワークで軽快に運んでくださいましたこと、心よりありがとうございました。

その小松さんから「自由に。3000字以上」とこの寄稿の依頼をいただいているので(もっと柔らかい言い方です)任務を遂行するべく、‥‥でも、3000字‥‥と、遠くを見つめる著者。もう少しこの絵本のお話にお付き合いください。

初版が本屋に並んだ日は……

この日のことを振り返るには、少し時間を戻さねばなりません。戻す時間の背景に辛い記憶を呼び覚ましてしまう人がいるかもしれず、その際は、いつでもお見捨ておきください。

「昨日配本だったので、今日あたりから店頭に出ると思います」

そんな嬉しいメールを、初版を刊行していただいた海竜社の当時の担当編集者であった古川絵里子さんから受け取ったのは2011年3月11日、午前中のことでした。

そしてその日の午後。大きな大きな揺れとともに、日本列島は、時間が止まりました。

東日本大震災。

この日を境に、それまで当然のように機能していたライフラインが停止。目を疑うような画像、耳を疑うような速報と悲報。東北にいる友達とは連絡が途絶えた。

当たり前だったことが当たり前ではなくなってしまった日。これまでの日常はすべて幻だったと、築きあげたものが足元から崩れていった。

築きあげたものとはなにか。

それは、積み重ねた「過去」、思い描いた「未来」、この世界で一番確かなものだと思っていた「現在」。

ぼんやりとした頭が、時間はすべて一緒のところにあるんだな‥‥と理解した。だからこそ、「現在」という今ここが崩れてすべてが奪われた。

もちろん極論。だけど、それ以外の想いなど、どこかの異次元に飲み込まれて簡単に消えてしまった。とうとう帰り道を忘れた迷子のような心境を、今でも容易に思い出せます。

そんな日を『ありがとう が しりたくて』は自らの旅の出発日としました。

震災後の虚無感の中で

電波による連絡の混乱が落ち着いた頃、編集者の古川さんから連絡が入った。

絵本が震災の前日に各地に配本済みだったのは奇跡みたいなタイミングだったとのこと。

確かにライフラインが崩壊と停止する世界のギリギリ前だったから、そうかもしれない。

さらに、それ以前に印刷会社さんへの入校日がずれていたら? 作品の締切日をずらしていたら?

この絵本は‥‥。

ああ。全てが奇跡的なタイミング!よかった!
とは、思えなかった。

この震災があった直後、この絵本に対して思ったことは、「ありがとうだなんて。こんな状況でどうやったら言えるの。今、一番言えない言葉。一番いらない本。何の役にも立たないよ。なんで震災の日だったの。ごめんなさい」と、思った。

感じていたのは、ただただ、自分がしていることの大きな虚無感と、敗北感のようなもの。

「ありがとう」の答え合わせ

ご心配なきように。
ここまでは、震災直後の心境です。

震災後の世界で著者は、この絵本を描いた時と同じ「ありがとう」の境地に、再び出会って行きます。

思えばそれは、絵本に込めた「ありがとう」の答え合わせのようなもので、今度は私自身の旅でした。

ただ「ありがとう」の答え合わせには少し時間がかかった。たぶん、それは私の心の風景が以前とは違っていたから。

不安、恐れ、悲しみ、そんなフィルターがかかった心の風景だった。風景が違うだけでそこに在る物や出来事の映り方は違うのだ。

私だけじゃなく、多くの人がそうだったと思う。震災、コロナ渦、様々な公的私的な問題のカオス。

「ありがとう」を心から発するのは、場面によっては、正直とても困難な時もありました。

だからこそ知り得たこと。フィルターがかかった風景の中を歩き続けた末、最後に辿り着いたその場所で、私にはたったひとつの言葉しか残っていなかった。それは「ありがとう」なのだった。

軽く衝撃だった。
やっぱり「ありがとう」に還るのだった。降参とも降伏ともとれる心境。そして、深い安堵。

答え合わせ、終了しました。

迷子のように歩く日々の私に伝えたい。「ありがとう」の音の効果は信じて良いのだと。

どんなに無意味に思えても、きっとあなたが辿り着きたい場所へとあなたを導いてくれる。なぜならそれは、「あなたが最後の最後に還る言葉」だから。

絵本の中の天使が、地上に降りて導き出した「ありがとう」のその答えは、違う言葉で伝えられるけど。

その答え、同じだね。と、大きく頷く。

2021年の冬。もうすぐ天使が降りるクリスマス。今、また旅に出る意志の強いこの子(絵本)に多くの人が出会ってくれるといいなと願っています。

著者プロフィール

菊田まりこ(きくたまりこ)
絵本作家。絵本『いつでも会える』(学研プラス)は1999年度ボローニャ国際児童図書展にて、ボローニャ児童賞の特別賞を受賞。100万部を超えるミリオンセラーとなる。ドイツ、フランス、韓国など数ヵ国で翻訳。絵本に『君のためにできるコト』『あの空を』『僕のとなりには』『君はわらうかな』『ひとつぼし』(ともに学研プラス)、『ゆきの日 On Christmas day』(白泉社)、『月のしずく』(WAVE出版)『ハッピーリレー』(河出書房新社)など。その他の著書に、『ぼくたちの場所』(写真・たまねぎ/絵と文・菊田まりこ、ワニブックス)、エッセイ集『だっこしておんぶして』『君へのてがみ』(ともに角川文庫)、翻訳絵本『わたしのそばできいていて』(リサ・パップ作/菊田まりこ訳/WAVE出版)などがある。

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