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中国の”世界制覇”はどこまで進んでいるのか データが示す真実|高橋五郎

日本が中国にGDP世界第2位の座を譲ってから約12年。今、中国がどれほど力をつけているかご存じでしょうか。一例を挙げると、主導する「一帯一路」は148カ国が参加する巨大経済圏に、軍事力スコアは第1位のアメリカに肉薄し、科学技術は独自の宇宙ステーションを開発するにまで至っています。もう私たちは中国に対する古い認識を改めなければならないでしょう。世界経済の中心となる中国を意識せず、見誤った成長戦略を考えれば、世界における日本の存在感はさらに薄れてしまうはずです。光文社新書3月新刊、愛知大学名誉教授・高橋五郎さんによる『中国が世界を牛耳る100の分野』では、そんな未来を避けるために、中国が世界制覇に王手をかけている証拠を示しながら、これからの日本に必要なものを提言しています。本記事では刊行を記念して、「第1章 中国世界制覇の現実」を再編集して公開いたします。

「中華の復興」の正体

 中国はパクス・シニカと呼ばれる世界制覇の時代を漢、唐、元、明、清の5度にわたり歴史に刻んできた。それらの王朝は、世界4大文明に数えられる黄河・長江文明を基礎とする長い歴史と広大な領土、膨大な人口と煌#きら$びやかな文化、豊かな経済力と軍事力を擁する独特の文明であった。

 だが、その悠久の歴史がやむ時が訪れる。清王朝末期(1894~1912年頃)以降、欧米日の列強帝国主義諸国の支配に揺れたのである。1949年に中国共産党が指導する新中国が成立するまで、中国は過去の栄光をかなぐり捨て、波乱に満ちた半植民地国家になり下がっていた。

 新中国成立後もしばらくの間は、異なった次元の波乱がこの国を支配した。ロシア革命を師として進めた中国革命による国家建設が、気づかぬままその師とともにほぼ失敗の道を歩んでいたのだ。逼迫ひっぱくする食料と財政、土地政策の失敗、進まぬ工業化、数千万人の餓死者を出した大躍進政策や文化大革命などにより、社会は疲弊、崩壊の一歩手前まで凋落してしまった。

 その大失敗を経て、それまでの教条主義的社会主義論を清算した鄧小平とうしょうへい主導の1978年以降の改革開放政策は、世界の共産党政権下で初めての経済成長をもたらした。高水準の経済成長は社会の安定と、庶民には過去経験したことのない明るい未来への希望を与えた。

 それから40数年間、外資導入、貿易黒字の再投資、生産力の拡大は止まるところを知らず破竹の勢いで成長し続け、2011年にはついに日本を抜いて世界第2位の経済大国へと躍り出た。どこにそんな力があったのか、と誰もが驚く中国の経済成長だった。

 さらに現在は、世界第1位の経済規模を持つアメリカの低成長の合間を縫うようにして、49年の革命から数えて80数年後、経済力はついに世界首位の座に到達するところまできている。パクス・シニカ、最後の清王朝から120年ぶりの世界王座への復帰だ。習近平主席が最高権力者(共産党総書記)に就任した2012年から、ことあるごとに口にしつつも真意は不明だった「中国の夢」「中華の復興」とは、こういうことだったのだ。やがてこれを補強する別のエモーショナルなスローガン「人類は運命共同体」なる言葉が加わった。

 しかし、中国はこれだけでは満足しないだろう。その狙いは、世界に君臨してきたアメリカの玉座をそのデザインもろとも作り直すことにある。この国は、世界経済秩序はもちろんのこと、国際安全保障秩序、世界環境政策など、人類世界の繁栄と安定に直接関わる重要な基軸で先頭に立とうとしているのだ。恐怖を知らないかのような「戦狼外交」は、地球は中国が管理・監督する、という強い意志さえうかがわせる。まさに「世界制覇」に向けて歩んでいるのである。

経済力=国家力

 第2部でより詳しく解説するが、ここで中国の世界制覇が現実的である証拠を3つあげよう。本書の中国世界制覇分析の基本的立場は、経済力が中国のすべての基礎だというものなので、どちらも経済的な証拠である。経済力なくして国際舞台における発言力や海外への影響力、科学力の向上、軍事力増強など世界が注目する分野で存在感を示すことは不可能だ。

 1つ目は中国の自動車産業である。2019年時点で中国には世界中の主要メーカーの工場がひしめき、4億人のドライバーと約2億2600万台強の自家用車がある(中国自動車工業協会)。この数字は今後も減ることはなく、むしろ50年には8億人と5億台(1世帯にほぼ1台)になると見られ、世界でも最大級の自動車消費市場にして生産拠点となるだろう。

 こうした国内外を巻き込む巨大な消費市場と生産拠点である点は、中国が世界に向かって播くフェロモンのようなものだ。自動車産業に関わる数多くの産業やヒト、そしてカネが世界中から集まる仕組みなのである。

 同じようなことは、あらゆる耐久消費財や日用品に関する産業でも起きた。経済の凄まじいビッグバンが起き続けたのである。その証拠にオーストラリアの研究機関ローウィー国際政策研究所は「2020アジアパワーインデックス」で1位のアメリカ(スコア81.6)に次いで、中国を2位に置いた(スコア76.1。3位は日本で41.0)。それも、アメリカには低下傾向を示す矢印が付記された一方で、中国には上昇傾向を意味する矢印を付記。アメリカと中国に対照的な評価が下された。こうした傾向は長期的に今後も続くだろう。これが2つ目の証拠だ。

 3つ目はGDPである。世界最大のコンサルティング企業、プライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)は、2050年に世界のGDP(購買力平価ベース)ランキングは1位が中国、2位はインドで、アメリカは3位に後退するとの驚くべき予測を発表した(17年2月)。さらに、20年12月には、35年までのGDP予測値を公表したイギリスの調査機関CEBR(経済・ビジネスリサーチセンター)が、アメリカ経済は30年までに中国に名目GDPで抜かれ、35年には中国の73%ほどになるとしたのである。

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図表1 30年代にはアメリカをも抜く中国のGDP推移

 この2つの巨大な調査機関に共通することは、遅くとも2030年代に、中国経済の世界制覇が実現し、それとは逆にアメリカ経済が凋落すると予測する点だ。両機関の予測値をベースラインとすると、50年までの中国、アメリカ、日本の各年の名目GDPの予測値は、図表1で示すように、中国の一人勝ちとなる可能性が高い。20年以降の各年の平均成長率は、アメリカと日本がそれぞれ一律2%、1%で推移するのに対し、中国は20~35年までが6.5%、それ以降は5.0%となる予測だ。これによれば、11年にアメリカが中国の2倍以上であったGDPは29年に中国がアメリカを追い抜き、以後も右肩上がりにその勢いを増すだろう。こうした各国予測値の基本的な根拠は次の通りである。

中国:6.5%から5.0%への成長率減速の理由は、2010年代後半に見られたトレンドをベースに、人口の停滞やコスト上昇、人民元高から対外輸出の伸び方が鈍化する可能性が高いため。

アメリカ:移民政策を継続することで人口の伸びが続き、宇宙産業、軍需産業、金融・保険・通信などの第3次産業、過去の海外投資のリターン(2次所得)が増加するため。

日本:1%成長は実は高すぎるともいえるが、中国の経済成長に牽引けんいんされた対中輸出、海外投資リターン、高度基礎技術製品などの輸出が貢献するため。

 一方、国民1人当たりGDPになると少し様子が異なり、2035年に中国が2万4000ドルに対してアメリカ7万2000ドル、日本5万ドルと日米が優位にあり、50年も中国の5万7000ドルに対してアメリカ10万ドル、日本6万4000ドルと日中の差はほとんどないものの、中国は3カ国の中で一番下にとどまる見通しだ。

 ただ、1人当たりGDPと平均賃金は直接は関係がない経済指標で、両方の指標が名目か実質かに関わりなく、平均賃金は勤労人口の質と量、労働分配率が左右する。つまりは、中国の1人当たりGDPが日本を下回ったにしても、中国の経済規模・高度技術職需要の強さなどから、平均賃金は日本を凌駕しても不思議ではない。

中国世界制覇の行く末

 中国が全面的な世界制覇に着々と近づいていることを少しは実感していただけただろうか。中国がすでに「世界制覇」を成し遂げたか、その最終段階にきたとする見立てはいまや揺るぎない。

 ただし、中国が世界制覇国家として国際世論が納得するだけの正当性や、人類共通の将来性をリードする資格を示せるかどうかは別問題である。つまり、中国世界制覇モデルが世界の標準になることに対しては国際世論の賛否が生まれる可能性がある、ということだ。

 そして「中国世界制覇」が持つもう1つの重要な要素は、当の世界制覇を目指す国が社会主義独裁政権国家だという点だ。

 社会主義独裁政権の命題は2つある。第1は自己政権を絶対視してほかからの批判を受けつけず、その永続を最優先課題とすること。第2は常に世界の頂点、世界の先頭に立とうとすることである。そうしなければ、独裁政権の根拠が揺らぐことを自覚しているのだ。

 その政権を中国共産党が率いていることは、「中国世界制覇」が自己中心的に拡張する性質を与えかねない。「中国5000年の歴史」は権力間の拡張闘争の歴史でもあり、その素性は今なお中国共産党に受け継がれて、清算できていないのだ。

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図表2 中国が世界制覇をなした/なすであろう100の分野
(2021年9月時点)

目次

はじめに
第1部:中国の世界制覇とアメリカの敗北
 第1章 中国世界制覇の現実
 第2章 アメリカの敗北
第2部:100の分野が示す世界制覇のエビデンス
 第3章 総合分野
 第4章 外交分野
 第5章 経済分野
 第6章 科学・軍事分野
 第7章 社会・文化分野
第3部:日本の対中戦略と日本人の対応
 第8章 中国世界制覇に対して日本がとるべき姿勢
 第9章 各分野で中国との競争に勝つには
 第10章 日本が存在感を示し続けるために
おわりに

著者プロフィール

高橋五郎(たかはしごろう)
1948年新潟県生まれ。千葉大学大学院博士課程修了(農学博士)。中国経済経営学会第3代会長(現・名誉会員)。現在、愛知大学名誉教授・愛知大学国際中国学研究センター(ICCS)フェローを務める。専門は中国経済、とくに農村経済問題。毎年、計2カ月ほど中国に滞在する。主な著書に『中国土地私有化論の研究』『海外進出する中国経済』(後者は編著。以上、日本評論社)、『デジタル食品の恐怖』(新潮新書)、『日中食品汚染』(文春新書)など。


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