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【野口聡一×矢野顕子】2人の新刊の3つの読ませどころはここだ!

宇宙の話題が身近になり、「宇宙に興味があります!」という声は、最近確実に増えていると感じる。だけど「宇宙を知りたい」「宇宙に行きたい」、さらに「多くの人に宇宙に興味を持ってほしい」という目標に向かって具体的な行動を起こす人はそれほど多くない。
ミュージシャンの矢野顕子さんは、宇宙に関する数少ない「行動の人」であり、そのフットワークは恐ろしく軽やかだ(たとえば宇宙飛行士訓練に水泳が必須と知り、金づちだったにもかかわらず水泳を習い始めたそう)。まるでその歌声のように。
何が矢野さんを宇宙に駆り立て、野口聡一飛行士と対談するにいたったのか。そして、なぜ『宇宙に行くことは地球を知ること』を刊行することになったのか、さらに、お2人が語り合うことでどんな新しい世界が開けたのかについて、本書を企画・取材・執筆した立場から、ライター・林公代がつづっていこうと思う。

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野口聡一宇宙飛行士と矢野顕子さん。2020年2月、NASAに近く、多数の宇宙飛行士が訪れるアメリカ・テキサス州ヒューストンのレストランで。(撮影:林公代)

矢野さんが30分バスに揺られ、病院プラネタリウムにやってきた

矢野さんとの出会いは約5年前に遡る。私は病院で入院中の子供たちにプラネタリウムを届ける活動をするある女性に同行取材し、レポート記事を書いた。その記事がSNSでちょっとした話題になり、矢野さんが「私も一緒に観てみたい」とツィートして下さったのだ。私は感激しつつも、NY在住の世界的ミュージシャンである矢野さんが実際に病院まで足を運ぶのは難しいだろうと思っていた。

ところが、日本でのコンサートツアーを終えたばかりの貴重なオフの日、矢野さんは埼玉県の病院に本当に表れたのだ!しかもバスに30分近くも揺られて。記事を読んで「いつか病院プラネタリウムに参加してみたい」と感想をくださる方は多かったが、本当に見に来た方は矢野さんだけだった。

患者さんたちとプラネタリウムを堪能された矢野さんと、いろいろなお話をさせていただいた。野口飛行士が宇宙からツイートする地球の写真を見て、地球が薄い大気に覆われ、人類がその薄皮のような狭い領域の中でだけ生きられることを知ったこと。太陽が昇り空気があることを当たり前に思っているけれど、それは決して当たり前じゃない。地球や太陽、月が奇跡のような条件で存在するおかげで、私たちは生かされていること。宇宙はどこか遠くて別世界のように感じがちだが、宇宙のことを知れば「自分が生きていることの喜び」をもっと感じてもらえるはずだと思っていることなど。

「どうすれば若い人たちが洋服やコスメを話題にするのと同じように、宇宙について興味を持ってもらえると思いますか?」その糸口を求めてプラネタリウムを見に来たのだという矢野さんのストレートな問いが、私の胸を射抜いた。それはまさしく、私が抱えていた問題意識そのものだったからだ。

それから、矢野さんと時おり宇宙について情報や意見交換をさせてもらった。「NASAのこの情報面白いね!」とか「これ、取材してみたらどうですか?」など、矢野さんからいただいた情報をもとに取材した記事が、大きな反響を呼んだこともある。

2人の対談は面白くならないはずがない

そんな矢野さんがじっくり話したいと熱望されたのが野口聡一飛行士だ(理由については、矢野さんの前書きに書かれているので是非ご覧頂きたい)。私は本書の前に野口飛行士と2冊の本を作らせていただいたが、野口飛行士は宇宙飛行士の「切り込み隊長」として最先端を走りながら、私たちふつうの人の感覚を忘れない(だから本の編集センスも抜群だ)。野口さんと矢野さんが対談すれば、今までにない切り口の宇宙の話が聞けるだろうと妄想が膨らんだ。

野口さんは、2度目の宇宙飛行でロシアのソユーズ宇宙船に日本人初の船長補佐として乗り、3度目の飛行ではアメリカ人以外で初めてスペースXの新型宇宙船クルードラゴンに乗る。「初物でこれは危ういなと思ったら、『とりあえず野口を送っとけ』というルールがあるらしい(野口さん談)」。

それだけではない。宇宙飛行士がISS(国際宇宙ステーション)で撮れたての地球の写真を個人アカウントからツイートし、「私の街を撮って」という世界中からのリクエストに直にこたえてくれるという、「宇宙と地上」の距離を越えるムーブメントを生み出したのも野口さんだ(NASAは従来ルールと異なると最初は難色を示したが、投稿画像が爆発的人気を呼ぶと後押しムードになったそう)。一般の人がどうしたら宇宙に興味をもってくれるかを考え、行動する2人が対談すれば、面白くならないはずがない。

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船外活動中の野口飛行士。無重力状態で目からの情報がなくなると、腰から下がなくなってもわからなくなるという(提供:NASA)

ヒューストンの丸二日間の対談では、感性豊かな矢野さんのあらゆる質問に野口さんが明快かつ丁寧に、時にユーモアを交えながら答えて下さり、その知識の幅広さと論理的思考力に改めて感服した。

6章からなる本書は様々な切り口から宇宙飛行を扱っており、どこを読んでも面白いと思っていただけるはず。そのうえで、私がお2人の話を聞きながら「これは面白い!」とゾクゾクした話題を3つ紹介しよう。

ゾクゾクした話題その①「感じる宇宙」

まずは「感じる宇宙」。第1章では、野口さんが船外活動中に得た宇宙ならではの新感覚について語る。無重力状態で目や耳からの情報が遮断されたとき、ほかの感覚器が補い合う「感覚のクロスオーバー」が起きるという。「手で感じる水平線」「硬さで感じる温度」「指先で聞く音」……人間にはまだまだ秘められた能力があり、宇宙で開花する。もしかしたら人間ってもっと進化できるのかも!と野口さんの話を聞きながら興奮し鳥肌が立った。

地球上空約400㎞を90分で一周するISSが地上と異なるのは無重力環境だけではない。約45分ごとに昼と夜が訪れる「昼夜サイクル」もその一つ。夜は徐々に暗くなるのではなく「真夏のビーチから真っ暗闇の洞窟に」急に放り込まれたように感じるそう。すると、自分がサッカー場ほどの大きさのあるISSのどこにいるか、どんな姿勢でいるかもわからなくなる。「宇宙で迷子になる」ことが起こりえるのだという。

さらに、宇宙は真空であり風は吹かないはずなのに、「船外活動中に風を感じた」宇宙飛行士がいる。なぜ、その飛行士は宇宙で風を感じたのか、野口飛行士の考察に唸った矢野さんは「音のないはずの宇宙で、私はどんな音を聞くのだろうか」と思いをめぐらす。

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国際宇宙ステーションから「命の星=地球」を見上げる(提供:NASA)

ゾクゾクした話題その②「宇宙の中の地球」

2つ目の注目点は、「宇宙の中の地球」。矢野さんが宇宙に行きたいと熱望する理由は「宇宙から地球を見て『ありがとう』と言いたいから」。つまり、月や火星など遠くの宇宙に行きたいわけではなく、人間が生身の体では生きられない「死の空間=宇宙」を背景に輝く「命の星=地球」と対面したい、そして地球に生きていることの感謝を感じたいという願いがその根底にある。

医師でクリスチャンであったおじいさまの形見の聖書を毎日読まれる矢野さんは、「この宇宙は創造された」と考えるのが理にかない、地球に人間がなぜ存在するかを知ることは「どう生きるか」に繋がると考えている。「宇宙に秩序があると感じましたか?」という矢野さんの問いに論理的に答える野口さん。このあたりのお2人のやりとりは極めてエキサイティングだ。

ゾクゾクした話題その③「スペースXの民間宇宙船」

そして、いま宇宙開発で最も旬な話題と言えば、スペースX社による新型民間宇宙船クルードラゴンの宇宙飛行だ。2020年5月、9年ぶりに2人のアメリカ人を乗せて飛び立ったアメリカの民間宇宙船のテスト飛行に世界中が注目したが、いよいよ本格的飛行がスタートする。

その運用初号機Crew-1に野口飛行士が乗る。Crew-1の飛行が成功すればクルードラゴンは一般人を乗せ宇宙旅行にも使われる。つまり「誰もが宇宙に行ける時代」の本格的な幕開けが訪れるのだ。私たちは宇宙開発の歴史的転換点の目撃者であり、当事者でもある。矢野さんは「自分があの宇宙船に乗るかも!」という観点から野口さんに問いを重ねる。

実は、民間有人飛行一番乗りをめぐって、宇宙業界の革命児スペースX社と老舗企業ボーイングが熾烈な戦いを繰り広げていた。野口さんら宇宙関係者の多くは、ISSを開発したボーイングが最終的には勝つとみていた。しかし勝負を制したのはスペースX。

なぜ、スペースXはボーイングとの戦いに勝ったのか。実際にスペースXで訓練を受け社員たちと接 した野口さんならではの分析は非常に説得力がある。翻って日本の宇宙開発の課題も浮き彫りになる。3度目の宇宙に野口さんが飛び立つとき、本書を読んでおけば、Crew-1による宇宙飛行の意義や背景をより深く理解し、楽しむことができるはずだ。

コロナ禍で移動や人との交流が制限される今の状況は、 ある意味、閉鎖環境で暮らす宇宙船の生活と似ていると言えるだろう。取材中、野口さんの言葉で最も印象に残ったのは「宇宙体験とは引き算の世界」という言葉だ。「空気がない、音もない、人とのつながりは少なく、動くものもない。残されたものから必死に世界観を作ろうとする中で、見る景色や聞く音が宇宙体験である」と。何もないからこそ、一番大切なものが見えてくる。それは今、私たちがおかれている状況と共通する点があるのではないだろうか。

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歴代の宇宙飛行士の写真が並ぶ中で中央に大きく野口飛行士の初飛行時のポスターが飾られている。左端が筆者。

林公代さんのプロフィール

林公代(はやし きみよ)
神戸大学文学部英米文学科卒業。日本宇宙少年団の情報誌編集長を経てフリーライターに。宇宙・天文分野を中心に取材・執筆。NASA、ロシア、日本のロケット打ち上げ、ハワイ島や南米チリの望遠鏡など宇宙関連の取材歴は約30年。『星宙の飛行士』(油井亀美也宇宙飛行士と共著。実務教育出版)など、著書多数。野口聡一飛行士の書籍では『宇宙日記』(編集、世界文化社)、『宇宙においでよ!』(共著、講談社)の制作に携わる。本書では、企画・NASA取材交渉・対談進行・執筆・撮影等を担当。

矢野顕子さんの貴重なビデオ・メッセージはこちら

野口聡一さんのプロフィール

野口聡一(のぐち そういち)
東京大学大学院工学系研究科修了。博士(学術)。1996年、宇宙飛行士候補に選抜され、米国NASAジョンソン宇宙センターにて訓練を開始する。2005年、スペースシャトル・ディスカバリー「STS-114」ミッションに搭乗し、日本人として初めて国際宇宙ステーションで船外活動を行う。2009年、日本人として初めてソユーズ宇宙船に船長補佐として搭乗し、約半年間の長期宇宙滞在を経験する。2014年、世界中の宇宙飛行士の親睦団体である宇宙探検家協会会長に就任。2020年、米国人以外で初めてスペースXの新型宇宙船クルードラゴンに搭乗する予定。

矢野顕子さんのプロフィール

矢野顕子(やの あきこ)
青森市で過ごした幼少期よりピアノを始める。1976年、『JAPANESE GIRL』でソロデビュー以来、YMOとの共演など、活動は多岐にわたる。2020年、三味線プレイヤーの上妻宏光とユニット「やのとあがつま」を結成、民謡をモチーフに新たな音楽を提案したアルバム『Asteroid and Butterfly』をリリース。同年9月には、ニューヨークと日本でリモート録音した楽曲「愛を告げる小鳥」を配信限定リリース予定。地球を外から見て感謝するために、宇宙に行きたいと熱望している。
オフィシャルサイト https://www.akikoyano.com/



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