ポリーニ表紙

ポリーニ:世界最高のピアニスト「Best of Best」名盤5選

批評家の本間ひろむさんが書かれた『アルゲリッチとポリーニ』(光文社新書)に、「アルゲリッチとポリーニの『名盤20+20』」と題された名盤紹介のコーナーがあります。ここでは、レコード時代から名盤と謳われているものが20タイトルずつ(アルゲリッチ20、ポリーニ20)選ばれ、解説が加えられています。今回、本間さんはnote用に各20タイトルの中からさらに厳選し、「Best of Best」として5タイトルずつ(アルゲリッチ5、ポリーニ5)選んでくださいました。(解説部分はすべて『アルゲリッチとポリーニ』から抜粋)ピアノ・スターの「名盤中の名盤」を文章と画像でお楽しみください。こちらはポリーニ編。アルゲリッチ編はこちら


ショパン《練習曲集》

21世紀の今となっても「ショパンのエチュードならこれ!」というスタンダード。音楽評論家・吉田秀和による「これ以上、何をお望みですか」という名文句とともに登場した衝撃のアルバムだ。
半音階を上下しまくる「 op. 10‐2」、それに加えて左手の強い打鍵も同時に要求される「 op. 25‐11」(木枯らしのエチュード)、通称〝三度のエチュード〟と呼ばれる「 op. 25‐6」などの難曲も、こんなふうにお弾きなさいな(正しい運指法も含めて)というお手本を示しているような演奏だ。涼しい顔で。ショパン・コンクールでも予備予選の段階から課題曲にエチュードは入っていて、一廉のピアニストになるなら避けては通れない道である。そんな彼らの強い味方だ。
レコードがリリースされた当時から音大生必携のアルバムだったようで、僕は同じ大学のピアノ科の友達からテープに録って貰った。これ以降、滅法スキルの高い若いピアニストを「○○のポリーニ」と呼ぶのが流行ったらしい(桐朋のポリーニとかね)。50年も前の録音とは思えない瑞々しさ、 音の輝き、そしてメカニカルな完成度は脱帽ものである。マウリツィオ・ポリーニの代表的な名盤。


ブーレーズ《ピアノ・ソナタ第2番》ほか

ポリーニの実質のデビュー盤は、1968年にEMI(現ワーナー・クラシックス)に録音した『ショパン ピアノリサイタル』というアルバム。本文中でも触れたが《ポロネーズ第5番》《ポロネーズ第6番・英雄》《夜想曲第4番》《夜想曲第5番》《夜想曲第7番》《夜想曲第8番》《バラード第1番》 といった曲が並んでいて、ポリーニには珍しく若々しい音が聴ける。
本作はドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだ後の第1弾アルバム。そして、ポリーニはガラッとレパートリーを変えてきた。最初にレコード化されたのはプロコフィエフの《戦争ソナタ》とストラヴィンスキーの《ぺトルーシュカからの3楽章》である。ピアニストにしてみれば、2曲ともできれば録音したくない難曲である。その2曲を鮮やかに弾き切ってみせたのが最初のこのレコードとは! この2曲にブーレーズ《ピアノ・ソナタ第2番》とヴェーベルン《ピアノのための変奏曲》を加えてCD化されたのが本作。ショパン弾きの素敵なポリーニ兄さん、というイメージをバリバリと破り捨て、磨き上げたメカニカルな演奏技術を惜しげもなく披露している。


ブラームス《ピアノ協奏曲第2番》

通常は3楽章で構成されるピアノ・コンチェルトにあってブラームスの《ピアノ協奏曲第2番》は4つの楽章を持つ。交響曲にピアノ・パートが加わったような重厚なテクスチュア。並のピアニストは手をつけたがらない。なぜならピアノの音が痩せてしまうからだ。
そしてウィーン・フィルのブラームス。それだけでロマン派の世界にどっぷり浸れる音の洪水の中、ポリーニのピアノは凛とした輪郭を保ちながら19世紀の甘く、芳しい世界と同調する。オーケストラも咆哮する。緩徐楽章(第3楽章)ではポリーニの中にある歌心が発露する。弦もピアノも美しい。そして切ない。
最終楽章(第4楽章)では一転して巻き起こる重厚なトゥッティ。オーケストラ音楽の嵐。そして大団円。
熱演である。


ベートーヴェン《ピアノ・ソナタ第17番》ほか

ピアニストにとってベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ全集》録音はひとつの到達点だ。ポリーニもこのプロジェクトを1975年にスタートさせた。2014年になってやっと完成をみた。忙しいピアニストだ。集中的に全集を録音できるスケジュールの余裕はない。 それでもひとつひとつ、合間を縫ってスタジオに入る。何から何まできちんと仕事をする粘り強い音楽家だ。
澄んだ水面に、くっきりとベートーヴェンの顔が浮かび上がるような《テンペスト》。どこまでもクリアで、曖昧さはまったくない。「端正な演奏」の中から垣間見える「苦悩」や「逡巡」。
《ワルトシュタイン》の何と晴れやかな第3楽章、躍動する《第25番》、《告別》は明るすぎる別れの挨拶。仕方がない。マウリツィオ・ポリーニはカンタービレの国の人なのだから。
もちろん全集をポンと買って時間をかけて楽しむのが一番だが、同じ全集から《第8番・悲愴》《第14番・月光》《第23番・熱情》の人気曲3曲がカップリングされた1枚もあるので、まずはそちらをお求めになってもいい。


ショパン 《ピアノ・ソナタ第3番》ほか

70歳を過ぎてのショパン録音。18歳でショパン・コンクールを制してから随分と時間がたった。50年以上が過ぎたのだ。アルゲリッチの演奏スタイルが歳とともに変化したように、ポリーニもまた変化を遂げた。どんなふうに?!
このアルバムの《ピアノ・ソナタ第3番》は出色。粒だった明るい音はそのままで、深い年輪を感じさせる、肩の力が抜けた名演。2018年の来日コンサートで披露し評判になったあの《ピアノ・ソナタ第3番》だ。
この曲のほか、《マズルカ第33番》《第34番》《第35番》《夜想曲第15番》《第16番》《変ニ長調子守歌》を収録。一見してバラバラに見えるが、実は「 op. 55」から「 op. 58」というショパンが30代前半の一時期に集中的に書いた作品群である。そして、「マズルカ」3曲以外は再録音となる。ここでは若い頃のような「メカニカルなピアニスト」の面影はない。ただ、このアルバムと前後して、腕のダメージのため日本公演を延期したり休演したりした。もう演奏活動には復帰しているようだが、ファンとしては心配である。

ポリーニ

マウリツィオ・ポリーニ 1942年1月5日、イタリア・ミラノ生まれ。5歳でピアノを始め、カルロ・ロナーティに師事。ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院に入学後、ポッツォーリ国際ピアノ・コンクール優勝。1960年のショパン国際ピアノ・コンクールに満場一致で優勝。その後約8年間の沈黙ののち、復活。ドイツ・グラモフォンからリリースしたショパン《練習曲集》は世界に衝撃を与えた。高いテクニックを持つ完全無欠のピアニスト。ベートーヴェンを中心にしたドイツ音楽とともにシェーンベルク、ノーノなどの現代音楽も積極的に取り上げる一方、「ポリーニ・プロジェクト」で指揮をするなどピアニスト以外の横顔も見せる。アルゲリッチとともに世界最高のピアニストと呼ばれている。
イラスト:いとうまりこ




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