私があえて橋本聖子を応援したい2つの理由
応援したい理由その①「修羅場」に飛び込む覚悟
「火中の栗を拾う」とは、まさにこのことだろう。橋本聖子氏が森喜朗氏の後任として東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長に就いた。政治からの中立性は保てるのか、7年前の冬季五輪男性選手へのセクシャルハラスメントはどうなのか、と批判の声も上がるが、就任会見ではそうした批判も受けとめて前に進む覚悟を語った。
どう考えても、この先には「修羅場」が待っている。今のところ各種世論調査で中止や再延期を求める人が半数を超える。中止を決定すれば、世論を反映した決断であっても「だから女はダメだ」と言われかねない。開催を決めても異論が噴出し「そんな方法ではダメだ。調整力がない」といった批判も出てくるだろう。どちらに転んでも、「よくやった」と賞賛されることは容易ではない。
橋本氏は就任会見で「身を賭してこの場にきた」と決意を語った。組織委の候補者検討委員会から打診され、18日に受諾の意を伝える直前まで非常に悩んだという。2月19日付の朝日新聞によると「涙が出るほど怖いですよ」と周囲にもらしていたという。
会見で決断の決め手を記者から聞かれ、「アスリートの皆さんの声。そしてこんな状況だから乗り越えていかないといけないものを伝えていただいた」ことで心を決めたと語っている。「(大臣から会長へと)立場が変わっても、東京大会開催にあたって前に進めるために私が受けることが重要だと考えた」という。
多くのアスリートにとって、橋本氏は憧れの存在である。冬夏7回の五輪出場でメダルも獲得した。日本の女性では最多の出場回数である。アスリートからのラブコールに心動かされたことは容易に想像できる。注目したいのは、それに続くコメントだ。「乗り越えなければいけない課題」を聞いて奮い立ったというのだ。
応援したい理由その②日本社会の空気が変わる?
「外堀を埋められた」という声もあるが、断ることだってできたはずだ。しかし、修羅場に飛び込む覚悟を決めた。山積する課題を前に、私だったらこうしたい、解決に向けて一歩前に進められるのではないかという微かな自信があったのではないか。アスリートとしての確かな実績、四半世紀に及ぶ議員経験、そして大臣経験から、そう思ったとしても不思議ではない。
成功する保証はどこにもないが、リスク覚悟で大役を引き受けた。これまで国内外で数多くの女性リーダーを取材してきたが、こうした姿勢は多くのリーダーに共通するものだ。橋本氏のこの勇気をおおいに評価したい。そして、あとに続く世代も、その勇気に学ぶべきではないかと思う。女性は昇進昇格を打診されても「私なんか、まだまだ」「とてもとても(無理)」と尻込みする例が、今でも少なくない。女性が大役を「受けて立つ」ことが、社会の空気を変えていくのだ。
山積する課題の筆頭は、むろんコロナ禍での大会開催の是非、開催方法の決定だ。国内外の世論を踏まえつつ、IOCや東京都、政界や関係者と調整する力が求められる。
さらにはボランティアやスポンサーの信頼回復など喫緊の課題は数々挙げられるが、なかでも「女性であり、かつ若い」トップが、変化をもたらすことへの期待が大きい。そのひとつがジェンダー平等に向けて大きく一歩踏み出すことだ。橋本氏は五輪開催に向けての舵取りばかりか、ジェンダー平等への取り組みの「象徴」としての役割まで担うことになる。
森氏の辞任の引き金となったのは、「女性が多い会議は時間がかかる」という発言だった。ほとんど報じられていないが、この言葉は「女性理事を4割というのは文科省がうるさく言う」に続けてのものだった。つまり男女格差を是正するために、女性を一定割合以上登用するというクオータ制(割当制)に対する違和感の表明でもあったのだ。
森氏の発言を聞いて、まず思い起こしたのが、2014年に欧州で女性役員クオータ制を取材したときのことだ。そのころ欧州各国では相次いで、取締役会で女性割合を3割以上、4割以上と定めるクオータ制を導入していた。制度導入の効果を尋ねたところ「取締役会での議論が活性化した」という答えが返ってきた。女性という「異なる目」が入ることで、「そもそも」を問い直す機運が生まれたという。それが変革につながるとしたら、それこそ意思決定層を多様化する意義だろう。
しかし、日本ではこうしたクオータ制の意義はまったくと言っていいほど語られていない。森氏の発言に象徴されるように、クオータ制で女性割合を増やすことへのアレルギーが日本では極めて強いのだ。女性に下駄をはかせるのか、数合わせをしても内実が伴わない、と反対する声がしばしば聞かれる。
橋本氏は就任会見でジェンダー平等への具体策を問われて「理事会の女性割合を40%に引き上げる」ことを明言した。森氏発言に対する批判の声を収める意味もあるだろう。しかし男女共同参画、女性活躍担当大臣を務める中で橋本氏は数多くの生の声に耳を傾けており、必要性を肌で感じていたはずだ。昨年末、第5次男女共同参画基本計画をまとめるにあたり、ジェンダー平等を実現するには「数の論理」が重要だ、意思決定層の女性割合3割を早急に実現すべきだという声が大きくなっていたからだ。
森氏の発言で浮かび上がった課題は、多くの日本の組織に共通するものである。組織委員会の変化から、日本社会の空気が変わることを期待したい。男女問わず、勇気をもって「受けて立つ人」をサポートしたいものだ。そうしないと世代交代も女性活躍も進まない、多様性と調和のある社会も実現しないのだ。
著者プロフィール
野村浩子(のむら ひろこ)
ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より公立大学法人首都大学東京(20年4月より東京都公立大学法人)監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。著書に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)、『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)などがある。