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80代になって見えてくること…不安・戸惑い・迷い:「100歳まで生きてしまう」時代に、知っておきたい事実|春日キスヨ

人生100年時代といわれる現在、老いることを否認し、「元気」を鼓舞するような本や、「老いても大丈夫」と安心させるような言葉が多く世に出ていますが、「80歳以上の長寿期高齢者の生活は、実際には困難に満ちている」と著者の春日キスヨさん(家族社会学)は言います。

◎在宅で暮らす超高齢者は、毎日をどう過ごし、何に不安を感じているのか?
◎ひとり暮らしより夫婦二人暮らしのほうが問題はより深刻だというが、それはなぜか?
◎離れて暮らす子どもたちは、なぜ窮状に気付くことができないのか?
◎晩年の人生の質を握る存在とは、何か?

長年にわたる聞き取りを元に、長寿期在宅高齢者に起こっている問題を丁寧に描きます。新刊『長寿期リスクから、今回は「はじめに」を公開します。

『長寿期リスク』:はじめに


80代、「もう無理」という本音


若い頃は、一年たてば、「ひとつ」歳をとると思っていた。

だから、30歳になったとき、もう若くはないと焦った。60歳になったとき、高齢者になったと思った。年齢欄に「60代」と書くのがイヤで、「50代」と書いた。その頃、80歳は遠く、85歳頃には「あの世」に旅立っているだろうと考えていた。

そんな私がいま80歳。「人は一年たてば一歳年をとるものではない。とるときにはあっという間にとる」「これからどう生きていけばいいのだろうか」と迷っている。

そして、私だけでなく周囲にも、そんな80歳前後の女性たちがたくさんいる。

親、それも団塊世代以上の親と遠く離れて暮らす若い子世代の人たちには、自分の親がこれからの人生に迷っているなんて、考えもしないだろう。

「親はまだまだ元気」と思いたい。それに、これまで「あなたの世話にならない」「迷惑をかけるつもりはない」と言い続けてきた親のことだから、「自分の老後」は考えているはずと。

しかし、「高齢者」の本音を聞いてみると、自分で生活できなくなったとき、どうやって生きるかなど具体的に考えてこなかった。いや考えたとしても、どうしたらいいかがわからず、「どうにかなる」と後回しにしてきた。そんな人が圧倒的に多い。

それに、70代半ばくらいまでは、制度上は高齢者と呼ばれても、自分が高齢者だという実感がなかった。「キラキラ80」を目指し、「イキイキ」暮らせば、80代でも元気に生きられると思っていた。

だから、子どもから「これからどうするつもりなのか」と聞かれても、「あなたの世話にはならない」「迷惑をかけるつもりはない」と言い続けてきた。

それが80歳前後から、だんだん「歳」を感じ、不安を覚えるようになってくる。コロナ禍で、足腰も弱り、買い物に行くのさえ億劫になり、昨日までできていたことが、今日はできない、そんなことが増えてきた。病気や骨折で入院でもすると、2、3週間で「あっという間に」何歳も歳をとってしまう。



そんな経験をして初めて、80代、90代をどう生きていくか、具体的に考えるようになった。「人生100年時代」といわれるなか、「子どもの世話にならない」という考えが、揺らぎ始めてきた。

これまでは、子どもと離れての、夫婦二人暮らし、またはひとり暮らしの方が、自由で気楽でいいと思ってきた。子ども家族との同居は、親子といえど気を遣い、子どもが働いていれば、子どもの分の家事手伝いもある。心細くなったからといって、一度味わった自由と気楽さを、そうそう手放したくもない。

じゃあ、これから先、80代後半、もしくは90代まで、さらに自宅で暮らし続けていった場合、毎日の食事づくり、買い物、洗濯、風呂掃除、人づき合い、などなどを、これまで通り、自分でやっていけるのか。

ひとり暮らしなら、自分しだいの部分もある。だが、夫が長生きしたら、夫婦二人の食事づくりや洗濯など、何歳まで自分が続けることになるのか。死ぬまで続けるのか。施設に入りたいと思っても、そのためのお金がなければ、ひとりでも難しいが、夫婦二人となると、さらに難しい。


人類未踏の長寿期社会へ――必要な力と覚悟


このように、80歳を超えると老いが進み、同じ高齢者でも75歳ぐらいまでの元気なときとは異なる「長寿期(*うち85歳以上を超高齢期と呼ぶが、本書ではほぼ同義として扱う)」に移行し、これまで考えもしなかったことを考え始める。

だが、考えれば考えるほど、気分が沈んでくる。だから「まあ、どうにかなるだろう」「とにかく元気でいなければ」と、いまの自分にできること――少しでも身体を動かし運動に励む生活――になっていく。

そうやって日々が過ぎ、「いつの間にか90歳になっていた」。現代日本にはそんな長寿期在宅高齢者が増えていて、団塊世代が長寿期に達するこれからは、さらに増え続けていくことだろう。

しかし、どんなに運動に励み頑張っても、自分で生活を担えなくなるときが来る。病気や骨折で入院でもすれば、以前の生活には戻れなくなる。だが、そうなっても、病院はひと昔前のように長期入院を受け入れてはくれず、施設に入所しないとすれば、誰かに支えてもらう在宅生活となる。


そうなった場合、「人の世話にならない」「子どもの世話にならない」という考えを捨て、子どもがいる人は子どもの世話になり、子どもがいない人は地域の人や介護保険サービスの支援者、民間のサービス業者を頼る力が必要になる。

しかし、その力を、いまの高齢世代は持っているだろうか。

現在の高齢世代が「子どもの世話にならない」「迷惑をかけない」と言うとき、イメージしている「世話」や「介護」とは、高齢者がよく口にする「子どもに下の世話をさせたくない」という排泄介助を含め、入浴介助や食事介助などの「身体介護」のことで、それは病院に長期入院ができた時代の「世話」「介護」のイメージにとどまったものではないか。だから、「金さえあれば、どうにかなる」と考える人も多いのではないか。

だが、金があってもどうにもならない「とき」がある。

介護保険制度が定着し、在宅政策が推進される現在、病院から退院した後の生活は、家族がいなかったり、もしくは家族に担う力がなければ、食事や入浴、それに病院受診時の付き添いなど、「生活支援」の介護サービス(介護保険では「生活援助」と呼ばれている)を受けるか、民間サービス業者にしてもらう形になっている。

しかし、「生活支援」を受ける以前に、真っ先に必要なのは、自分にどんな支援が必要かアセスメント(評価)し、要介護・要支援認定申請をし、介護サービスにつなぎ、民間サービスなどが利用できるようにつないでくれる「キーパーソン」の確保である。制度の情報を知り制度につながる力、人との交渉力が弱っている場合、自分の代わりにそれを担ってくれる人が必要になる。

しかし、そうしたキーパーソンを確保するには、高齢者自身が、自分の老いを受容し、人の世話・支援を受け入れる力、覚悟がいる。

また、キーパーソンを引き受ける側、つまり子どもや甥・姪などの親族その他にも、長丁場になるかもしれないその役を、引き受ける覚悟がいる。80歳で倒れても、90代半ば過ぎまで「ヨタヨタ」しながら生き続ける人も増え続けている時代だから。

そんな覚悟を、いまの高齢者と子世代の人たちは持っているだろうか。


高齢者の「生活問題」――現状とこれから



本書では、一般には「高齢者の介護問題」の文脈で語られることが多い問題を、「高齢者の生活問題」の文脈から取り上げ、それがどのような現状にあるかについて述べていく。

この本を、いまはまだ元気で若い高齢者と、40代から50代の、親と離れて暮らす子世代の人たちに読んでもらいたいと思って書いた。

この人たちのなかには、介護保険のスタート時点で語られた「介護は社会で、家族は愛情を」の言葉通り、介護保険を利用しさえすれば、「どうにかなる、どうにかしてくれる」と考える人がいるかもしれない。

しかし、そんな時代ではなくなっているのだ。親の介護を経験した人や、介護業界の人であれば、「そんなこと、あたりまえだ」と言うだろう。しかし、知らない人が意外と多いのではないか。

だから、まずは現状を知ってほしい。自力で生活できなくなったときには「キーパーソン」が必須の時代になっていて、キーパーソンしだいで最晩年の人生の質は大きく変わってくる。その事実を伝えたい。

80歳になったいまの私だからこそ見えてきた、そして聞くことができた報告書である。手に取って、読んでいただければ、すごくうれしい。

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目 次


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著者プロフィール


春日キスヨ(かすがきすよ)

1943年熊本県生まれ。九州大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。京都精華大学教授、安田女子大学教授などを経て、2012年まで松山大学人文学部社会学科教授。専門は社会学(家族社会学、福祉社会学)。父子家庭、不登校、ひきこもり、障害者・高齢者介護の問題などについて、一貫して現場の支援者たちと協働するかたちで研究を続けてきた。著書に百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(光文社新書)、『介護とジェンダー――男が看とる 女が看とる』(家族社、1998年度山川菊栄賞受賞)、『介護問題の社会学』『家族の条件――豊かさのなかの孤独』(以上、岩波書店)、『父子家庭を生きる――男と親の間』(勁草書房)、『介護にんげん模様――少子高齢社会の「家族」を生きる』(朝日新聞社)、『変わる家族と介護』(講談社現代新書)など多数。

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