『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』本文公開③
前回の大統領選の年の6月、全く無名の男性が書いたメモワール(回想録)が刊行され、大ベストセラーとなりました。J.D.ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』です。なぜこの本が注目を浴びたかといえば、トランプ大統領の主要な支持層と言われる白人貧困層=「ヒルビリー」の実態を、当事者が克明に記していたためでした。それから4年、大統領選を前に再び本書がクローズアップされています。11月24日は、ロン・ハワード監督による映画もネットフリックスで公開されます。本連載では、本書の印象的な場面を、大統領選当日まで短く紹介していきます。
2009年にABCニュースは、アパラチア地域(注:ヒルビリーが多く住む地域)の人たちが「マウンテンデュー・マウス」と呼ぶ現象にスポットライトを当てる報道番組を放送した。
マウンテンデュー・マウスというのは、小さい子どもたちの痛ましい歯の問題だ。炭酸飲料(マウンテンデューなどの)の過剰摂取が原因ではないかと考えられている。ABCニュースは番組のなかで、貧困と欠乏に直面するアパラチアの子どもたちの現状を長々と報道した。
アパラチアの人たちの多くがその番組を見たのだが、特集の内容は彼らの怒りを買った。彼らは一貫して、「この問題はまったくもっておまえたちの知ったことではない」と反応したのだ。視聴者の一人はウェブサイトを通じて、「いままで目にした番組のなかで、最も不快な内容だった。ABCニュースをはじめ、関係者は恥ずべきだ」と投稿した。また、別の人はこう述べた。「アパラチアに関して、昔からの誤った固定観念を助長し、正確な情報を提供していない。その点を恥じるべきだ。こうした意見は、私が実際に出会ったあちこちの田舎町で暮らす人たちのあいだで共通していた」。
私はそうした意見があることを、いとこがこれらの批評家連中を黙らせるためにフェイスブックに投稿した記事で知った。いとこのアンバーが言うには、地域の問題を認めることでしか、状況を変えることはできない。アンバーは、アパラチア地域が抱える問題について語るには、最適の人物だ。私とはちがって、彼女は子ども時代をずっとジャクソンで過ごした。高校時代の成績は際立ってよく、その後、大学を卒業し、家族で初めての大学卒業者となった。アンバーは、ジャクソンが抱える最悪の貧困問題を、自分の肌で感じ、それを克服したのである。
住民たちのこの怒りの反応は、アパラチアに関する研究者の主張がまちがっていないことを示している。
社会学者のキャロル・A・マークストロム、シーラ・K・マーシャル、ロビン・J・トライオンは、2000年12月に発表した論文で、アパラチアのティーンエイジャーには、自分にとって嫌なことを回避し、都合のいいことだけを採用するという「明らかに予測可能な抵抗性」が見られる点について言及している。
その論文によると、ヒルビリーは人生の早い段階から、自分たちに都合の悪い事実を避けることによって、あるいは自分たちに好都合な事実が存在するかのように振る舞うことによって、不都合な真実に対処する方法を学ぶという。こうした傾向は、逆境に対処する力を生むが、同時に、アパラチアの人たちが、自分自身の真の姿を直視することを困難にしている。(続く)
J.D.ヴァンス著 関根光宏・山田文訳『ヒルビリー・エレジー』(光文社)より