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【東京五輪】藤井瑞希が考えるバドミントンでメダルを獲る可能性が高い日本人選手

間もなく開会式を迎える東京五輪で、もっともメダルが期待される競技のひとつがバドミントンです。近年、国際大会で目覚ましい結果を残している日本バドミントン。その強さの秘密を、自身のキャリアを振り返りながら、ロンドン五輪女子ダブルス銀メダリストの藤井瑞希さんが一冊の本にまとめてくれました。日本のバドミントンは、なぜこんなにも強くなったのか? そもそもバドミントンとはどんなスポーツなのか? 藤井さんの説得力あるお話をお楽しみください。発売を記念して、第1章の「なぜ東京五輪ではメダル量産が期待できるのか?」より、藤井さんが考えるメダル有望な選手たちのレビューの箇所を抜粋して公開いたします!

期待度大の桃田賢斗選手

 2020年早々に新型コロナウイルスが世界的に蔓延していくと、国内外の大会が軒並み中止になりました。国内合宿もほとんど実施されず、オリンピックを目指す選手たちの実戦は12月の全日本総合選手権だけでした。

 2021年は3月の全英オープンに選手が派遣されました。男子シングルスの桃田選手は、1、2回戦をストレートで勝ちながら、準々決勝ではマレーシアの選手にストレート負けしてしまいました。

 ここから先は、私個人の視点です。

 コロナ禍以前の桃田選手は、大会に出て結果を残すサイクルで、着実に自信をつけているように映っていました。中断期間中もトレーニングはしていたので、身体は強くなっている印象はありましたが、試合を消化することで自信を膨らませていくタイプと見受けられるだけに、久しぶりの実戦となった全英オープンでは力を出し切れなかったのかもしれません。

 真剣勝負から遠ざかっていたことで、試合勘が鈍っていたのでは、との報道もありました。

 体力的な部分では、さほど影響はなかったと見ています。ただ、試合勘のあるなしが浮き彫りになるのは、競り合った場面です。試合の流れの変化を瞬時に読み取って、相手と駆け引きをしながら、どんなショットで、どんな球筋にするのか、といったことを決断するのが試合勘です。そう考えると、全英オープンの桃田選手はやや鈍かったかもしれません。

 彼は2016年のリオデジャネイロオリンピックに出場停止処分で出場できず、処分が明けた2017年からは国際舞台で実績を残してきました。2018年、2019年と世界選手権を連覇して、2019年は主要国際大会で過去最多の11勝をあげました。世界バドミントン連盟が選ぶ年間最優秀選手にも選出されました。

 2017年以降はずっと好調を維持してきたなかで、2020年早々にマレーシアで交通事故に遭い、ケガが癒えたあとはコロナ禍で大会の大半が中止されてしまった。2021年早々には新型コロナウイルスに感染してしまった。好調時のリズムからはかけ離れてしまっているのが、個人的には不安材料に映ります。

 そうは言っても、久しぶりの公式戦となった全英オープンを経て、自分のなかで「これが足りない、あれが足りない」というものが見えたことでしょう。公式戦だからこそ見つけられる課題はあり、そもそも技術的なレベルはしっかりしています。

 桃田選手はU-13から日本代表に選ばれて、朴さんのもとで基礎をみっちり指導され、勝つためのメンタリティも植え付けられてきました。

 かつてはディフェンス重視のゲームプランで戦っていました。守って、守って、粘って、粘って、という感じだったのですが、ディフェンスは基本的にリアクションなので、相手に動かされるために疲労を感じやすい。そういうところもあって、ラリーを切るために自分からも攻撃をするようになっていきました。いまでは相手の攻撃をしのいで、ここぞというところで仕留めることができています。攻められたときの球の扱いは、さすが世界ランキング1位といううまさがあり、相手からすると攻めているというよりも体力を搾り取られているような印象かもしれません。

 バドミントンに限らず東京オリンピックに出場する日本人選手のなかでも、彼にかかる期待は大きいでしょう。金メダルを当然のように期待される存在ですが、だからこそ自分を信じて、自信を持ってコートに立ってほしいですね。桃田選手の場合は対戦相手ではなく、自分との戦いになると思います。

私の一押し、奥原希望選手

 女子シングルスの奥原選手は、世界ランキング3位で2大会連続のオリンピック出場を決めることになりそうです。

 彼女はコロナ禍の自粛期間で、ものすごくレベルアップしました。ベースの部分の底上げをしっかりやったのだな、ということが分かります。

 2020年10月のデンマークオープンに出場して、決勝でリオデジャネイロオリンピック金メダルのカロリーナ・マリン選手にストレート勝ちしました。奥原選手はもともとディフェンスに定評があったのですが、そのレベルをもう一段上げた印象です。相手のスペイン人選手はスピードがあるタイプなのですが、奥原選手はスピードが上がり、身体がブレなくなり、無駄な動きが格段に減りました。フットワークの質が、明らかに向上しました。デンマークオープンの試合には、率直に言って驚かされました。今回のナショナルチームのなかで、私がもっとも期待しているのが奥原選手です。

 世界ランキング5位の山口選手も、2大会連続のオリンピック出場を決めるでしょう。

 彼女は3月の全英オープンに出場して、準々決勝でインドのシンドゥ・プサルラ選手に1対2で敗れました。課題とされていた体力面について、本人は「しっかり練習が積めています」と話しています。

 彼女は攻撃型のスタイルで、自分から攻めてラリーを切っていきます。かつては自分で決めにいってミスをすることが目についたのですが、ここ最近はラリーのなかで相手を崩してから攻撃に持っていく、ということができるようになっています。決めることを急がずに、より確実性の高い攻撃を繰り出しています。

 奥原選手も山口選手も、メダル圏内にいるのは間違いありません。ポイントは組み合わせです。オリンピックのバドミントンはグループステージとノックアウトステージで争われますが、世界ランキング上位選手はあらかじめシードされます。そのなかでもランキング上位のシード選手は、グループステージで同じグループに入ることがなく、ノックアウトステージですぐに当たることもないように分散されます。

 シングルスのトップランカーは陳雨菲選手、台湾の戴資穎選手、奥原選手、スペインのカロリーナ・マリン選手で、この4人は準決勝まで当たらない組み合わせになりそうです。けれど、5月下旬にマリン選手が負傷をして、東京オリンピックに出場できなくなりました。そうなると、ランキング5位の山口選手がシードになるかもしれません。

 振り返ればリオデジャネイロオリンピックの山口選手は、準々決勝で奥原選手との日本人対決となり、1対2で敗れたのでした。ノックアウトステージのトーナメント表が違えば、山口選手がベスト4に残る可能性はありました。

 ふたりともメダル圏内にいるだけに、準決勝までは当たってほしくない。どちらにとってもいい組み合わせになることを願うばかりです。

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メダルが期待できる4組のダブルスペア

 男子ダブルスは2021年3月の全英オープンで、日本人ペアが決勝でぶつかりました。遠藤大由選手と渡辺勇大選手のエンワタペアが、園田啓悟選手と嘉村健士選手のソノカムペアに競り勝ちました。世界ランキングは遠藤・渡辺ペアが4位、ソノカムペアが5位です。

 1年前はほぼ互角か、ソノカムペアがややリード、という力関係でした。それがいまはエンワタペアのほうが、安定感を高めてきた印象です。

 遠藤選手はリオデジャネイロオリンピックの男子ダブルスに出場していて、準々決勝まで勝ち残りました。34歳のベテランで国際経験も豊富です。パートナーの渡辺選手は23歳の伸び盛りで、全英オープンではミックスダブルスでも優勝しました。

 このふたりは2016年からペアを組んでいますが、オリンピックが延期になった時間をうまく生かして、自分たちにとってのベストなものを見つけたのだと感じます。お互いがやるべきことをしっかりやっているというか、勝利に持っていけるパターンが固まってきたと言えます。

 エンワタペアも、ソノカムペアも、メダルの可能性はあります。ソノカムペアもふたりのコンビネーションやスピード感は、世界のトップクラスにありますので。

 女子ダブルスは世界ランキング1位の福島由紀選手と廣田彩花選手のフクヒロペア、同3位の永原和可那選手と松本麻佑選手のナガマツペアが、揃って表彰台に上がる可能性があります。

 2020年8月に、タカマツペアの髙橋礼華選手が現役引退を表明しました。リオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得した彼女たちがペアを解消したことで、フクヒロペアは「自分たちが女子ダブルスを引っ張っていかなければ」という自覚を強くしたと思います。

 フクヒロペアは1年間の延期を生かして、新しいコンビネーションを構築しました。福島選手が後衛で廣田選手が前衛というのが基本フォーメーションだったのですが、どちらも前衛と後衛をできるようになっています。それによって、課題と見られていたディフェンスが改善されてきました。

 ナガマツペアは攻撃が7割、守備が3割といったようなスタイルでした。自分たちが攻めていれば勝てるけれど、守勢に立たされると勝てない、という傾向にあったのですが、1年間の延期期間中にレシーブ力の強化に取り組んだそうです。男子チームの球を受けたりして、守備力を高めました。長いラリーになっても守備で崩れずに決め切る、という試合運びができるようになっています。

 女子ダブルスは2大会連続でメダルを獲っていますから、今回も獲ってほしい。できれば2組のペアが表彰台に立ってほしい……のですが、女子ダブルスは中国も韓国も強敵です。コロナ禍で試合をチェックできていないけれど、おそらくパワーアップしているでしょう。

 相性もあります。フクヒロペアは韓国勢に強くて、ナガマツペアは苦手にしているのです。

 個人的には守備力がアップしたナガマツペアが、韓国勢相手にどんな試合ができるのかオリンピック前に確認しておきたかった。他でもないナガマツペアも、一度対戦しておきたいと考えていたに違いありません。

 2012年のロンドンオリンピックに臨む私たちには、事前に入念な対策を練っていた相手がいました。

 デンマークのクリスティナ・ペデルセン選手とカミラ・リターユール選手のペアです。彼女たちには一度も勝ったことがなかったので、オリンピック前の国際大会をスカウティングの機会にしました。色々な狙いを持って相手の反応を見て、「この作戦だとラリーになったね」とか、「これは全然通用しなかったね」と確認をしていったのです。相手の強みと弱みを整理できたので、オリンピックの準々決勝で対戦した際には作戦が見事にハマりました。

 ナガマツペアも、韓国勢相手にレシーブをバンバン決めたら、自信を得ることができます。試合に勝つことはできなくても通用する部分を確認できれば、少なくとも不安を感じずにオリンピックで対戦できる。うまくいかなくても、「この前の試合ではできたのだから大丈夫。ちょっと緊張しているだけだ」と、自分たちを落ち着かせることができるでしょう。

 苦手とする韓国勢との対戦から遠ざかっていることだけが、ナガマツペアにとっての懸念材料と言えるかもしれません。

ミックスダブルスも見逃せない

 男女のシングルスとダブルスに比べると、ミックスダブルスは注目度が高くないかもしれません。ところが、です。ここにもメダル候補がいます。世界ランキング5位の渡辺勇大選手と東野有紗選手のペアです。渡辺選手は男子ダブルスと2種目に出場します。

 かつての日本は、ミックスダブルスに力を入れていませんでした。私が現役だった当時は、男女のダブルスの選手がミックスのペアを組む、ということもありました。強化に本腰を入れるようになったのは、潮田玲子さんと池田信太郎さんのイケシオペアが、ロンドンオリンピックに出場したあたりからでしょうか。

 渡辺選手と東野選手は高校生からペアを組んでいて、当時から結果を残していました。18年の全英オープンで初優勝を飾ったときは、「日本が全英のミックスで優勝するなんて」と、バドミントン界は沸き立ったものです。

 バドミントンには男女混合国別対抗戦の『スディルマンカップ』がありますが、男女のシングルスとダブルスの4種目で3本取らなきゃいけない、というのが選手たちの共通認識でした。しかし、渡辺・東野ペアが登場してからは、ミックスでも1本取れるようになったので、日本は優勝を争うまでになっています。

 ミックスダブルスは男子のダブルスとも、女子のダブルスとも違う種目です。男子と女子が一緒にプレイするがゆえに、同性同士のダブルスとは違う動きが求められます。

 分かりやすい例をあげると、女子ダブルスではペアの責任範囲は半分ずつです。コートの半分ずつをカバーする。それがミックスダブルスになると、女子は1点張りでそれ以外の3点は男子がカバーします。男子は男子ダブルスの後衛に似た動きをすればいいのですが、女子はイレギュラーに動かなければいけない。

 個人的には女子のほうが難しいと思うのですが、東野選手は天性の感覚の持ち主です。前へ出るスピードとか飛び出す感覚が、ミックスダブルスにものすごく向いている。ミックスダブルスの練習をして身につけたというよりも、最初からミックスダブルスにふさわしい動きができていたそうです。

 ふたりの潜在能力をもっと引き出そうということで、2019年からマレーシア人のコーチが日本代表のスタッフに加わっています。アトランタオリンピックの男子ダブルスでベスト4入りしたマレーシアのタン・キムハーさんで、ミックスダブルス専門のコーチという位置づけで指導をしています。

 渡辺選手は男子ダブルスにも出場します。試合日が重なることがあり、どんなに簡単に勝っても1日2試合は肉体的にキツい。勝ち上がるたびに消耗もしていきます。

 渡辺選手は2種目掛け持ちに慣れているので、コンディショニングとかピーキングはうまくできるのでしょう。だとすると、東野選手がどれだけカバーできるか。彼女が渡辺選手の負担を軽減できるかどうかに、このペアの命運がかかっていると思います。

『日本のバドミントンはなぜ強くなったのか?』目次

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著者プロフィール

藤井瑞希プロフィール画像

藤井瑞希/ふじいみずき 1988年熊本県芦北町生まれ。ロンドン五輪バドミントン女子ダブルス銀メダリスト。垣岩令佳との「フジカキペア」として親しまれる。5歳でバドミントンを始め、中学2年生のときに全国中学校バドミントン大会でシングルス優勝。青森山田高校3年生時には、当時25年ぶりとなるインターハイ3冠を達成。2012年のロンドン五輪は、バドミントンにおける日本人として初の決勝進出。2014年からは日本人初のヨーロッパリーグにも参戦。2019年の引退ののちは、全国各地でバドミントン普及活動を行い、テレビ解説者としても活躍中。

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