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どんぐりで飲みたい|パリッコの「つつまし酒」#82

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

どんぐりを食べたいとあこがれること数年

「どんぐりをつまみに飲みたい」と、もう何年も前からずっと思っていたんです。
 いえ別に、「縄文人の食文化を実体験として学びたい」とかそういう高尚な志からじゃありません。僕、公園でぼーっとお酒を飲むのが好きなんですけど、毎年この時期になると、地面にそりゃあもう無数のどんぐりが落っこちてますよね。「これ、ぜ〜んぶ食べられたら、さっきコンビニで買って今つまみにしてるミックスナッツいらないじゃん」って、つい考えちゃうんですよね。そもそも見た目、かなり美味しそうだし。それで以前、地面に落ちてるてきとうなどんぐりをひとつ、皮をむいてかじってみたこともあるんですが、渋くてとても食えたもんじゃないんですわ、やつら。

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これがぜ〜んぶおつまみだったらなぁ

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こんなに美味しそうなのに……

 そんな話を飲みながらしていたら、ある友達が、お子さんがもう読まなくなったからといって、「どんぐりだんご」という絵本をくれました。前半はどんぐりを使った工作などの話で、後半にずばりどんぐりの食べかたが書いてある。それを読んでみるとなんと、「アク抜きのために重曹を入れたお湯で1時間煮てお湯を捨てることを4回もくり返し、試しに食べてみて苦くなければOK。さぁ、すり鉢でつぶしてだんごにしよう!」みたいな気の遠くなることが書いてある。いやだから、そこまでしては食べたくないんだって。

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本自体は娘が喜んで読んでます

 それでも僕はあきらめきれず、たまにどんぐりのことを思いだしては調べたりしていた。そこに一筋の光明が。
 僕、ここまでこの時期に公園などに落ちていがちな小さい木の実を便宜上「どんぐり」と呼んできましたが、正確にはもちろんいろいろと分類があって、そのなかでも、シイ/マテバシイ属のもの、いわゆる「シイの実」というやつには食用できる種類が多いらしい。特に「スダジイ」の実はアクが少なく、なんと生でも食べられてしまうらしい! こりゃあ朗報だ。さっそく公園に行ってスダジイの実を拾ってこよう〜。

動物としてのレベルアップ

 と、勢いよく家を飛びだしたはいいものの、インターネットで得ただけの知識というのはまだ体に染みこんでいないもの。実際に現場に来てみると、どれがスダジイの木なのかいまいち確証が持てません。

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一体どれなんだ!

 ちなみにスダジイの木、および実には、以下ような特徴があるようです。

・樹皮にひび割れのような凹凸がある
・葉の裏面に灰褐色の毛があり、表と裏で色が違う
・どんぐりを包む「殻斗」が、3つに裂けた独特の形をしている
・どんぐりは濃いこげ茶色で先端がやや尖った形をしている

 これだけのことがわかっていても、実際に探してみると、この木かなぁ? 違うかなぁ? と、確証が持てません。そんなこんなで公園をうろうろすること30分。どんぐりの神は、突然僕にほほえんだのでした。

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あ! 書いてあるんじゃん

 なんと、ある1本の木に、ずばり「スダジイ」という札が巻きつけてある。これほどわかりやすく間違いない情報はないでしょう。
 瞬間、脳内にあった情報と体験が噛み合った。なるほど、樹皮の凹凸はこういう感じか。葉っぱの特徴も把握。そして地面を見てみると、例の特徴的な殻斗に覆われた実が! はは。わかりやす。なんで今までこれが見分けられなかったんだろう。

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そういうことか!

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情報と完全一致

 この感覚、ちょっと新鮮でしたね。今まで数ある木のなかのひとつにすぎなかったものが、突然スダジイと見分けられるようになる。道に落ちているどんぐりのひとつにすぎなかったものが、突然食材にしか見えなくなる。自分が動物としてほんの少しだけレベルアップしたみたいな嬉しさがあります。

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もはやスダジイの実だけが浮き上がってみえる

 こうなってくるともう手は止まりません。拾っても拾っても視線の先に食材が落ちている。やめどきがわからない。それでも途中で「これ、ぜんぶ拾うのは無理だわ」と気がつき(当たり前)、ビニール袋いっぱいのどんぐりを手に家に帰ったのでした。

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子供の頃ですらこんなには拾わなかったよ

気になるどんぐりの味は……

 今回、ここまで理科の授業みたいな内容になってしまいましたが、いよいよ「どんぐり飲み」を始めていきましょう。
 手順としては、まずどんぐりをボウルに入れてよく洗う。すると一部が水に沈まず浮き上がってくる。これは虫に食われていたりして中身がスカスカなものらしいので捨てる。
 スダジイの実は生でも食べられるそうなので、ここでひとつ、ペンチで割って試食してみることにします。見た目は、白く透明感のある小粒のピーナッツのよう。味はなんというか、銀杏の実を、丁寧に炒るんじゃなくて、封筒に入れてレンチンする手抜きの方法で調理したことありますか? あれでやると、一部が銀杏特有の美しいヒスイ色でなく、パッサパサの粉っぽくなっちゃうことがあるんですが、あの部分の味というんでしょうか。美味しくなくはないけど、労力には見合っていない味。
 そこで今度は、フライパンで乾煎りしてみることに。

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パチパチと皮が弾けだす

 加熱し弾けて皮に亀裂が入ったことにより、若干むきやすくなりました。それでもかなり面倒な作業ではあるんですが、とりあえず20粒ぶんくらいかな、皮をむいて塩をまぶし、ほんのりと温かいうちに食べてみます。

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初めてのどんぐり飲み

 なるほど、生とは違って少しやわらかみが増している。味もよりわかりやすくなった。これは、薄〜い「栗」だ。そうか、よく考えたら栗って、どんぐりの王様みたいなものなのかもしれないな。それでいうとこのシイの実は、「どんぐりの平民」。なんだか親近感も湧くし、プレーンなチューハイに不思議と合いますね。
 ただ、それでもまだ労力には見合ってないかなぁ……。年に一度、季節を感じる儀式として食べればいいやって感じ。

 翌朝は、まだまだたっぷりとあるどんぐりをがんばってむき、それを炊き込みごはんにして食べてみることにしました。

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ここにくるまですげー労力がかかってるけどはたして……

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見た目は美味しそう

 ごはんを炊いた飯ごうのフタを開けた瞬間、確かに漂う縄文の香り。ザクザクっと混ぜて茶碗によそう。はふっとほおばる。お、これは! お米との相乗効果もあるんでしょうが、炒っただけのときより断然甘い! もちもちとした米のなかに感じる、ホクホクっとしたどんぐりの食感。木の実らしい自然な甘味。ぱらりと塩をふるとそれがより引き立ち、完全なる絶品料理です。こんなに美味しい食材がタダで手に入るならば、年に一度と言わず、シーズン中何度か拾いにいってもいいかもしれないな。

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ラストどんぐりは……

 その夜、残っておにぎりにしておいたどんぐりごはんをホットサンドメーカーで焼きおにぎりにし、お酒のつまみにしてみました。ぐいっと挟んだのてちょっと形は崩れてしまったけれども、これが抜群すぎた! 表面に塗った油と醤油の焦げた香ばしさが、なぜか透明感とモチっと感を増したどんぐりとハーモニーを奏で、夢のような美味しさ。うまいな〜、どんぐり!

 ……ちょっと今日、また拾いにいってこようかな。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
この9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco


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