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人事異動に振り回されないための3つの心得|辛酸なめ子 #21

人事の実権を握っているのは誰か

春になると届く「異動のお知らせ」メール。お世話になった人が担当ではなくなると、クラス替えシーズンのようなさびしさを感じます。当事者にとってはセンチメンタルなクラス替えどころではなく、引き継ぎや環境の変化などでかなりの転機なのではと拝察します。「異動ガチャ」という言葉もあるように、不可抗力の指令なのでしょう。

就職したことがない身にとって、知られざる人事異動の世界。会社勤めの友人3人との会食で、異動について聞いてみました。

「内示の時期は社内がざわつきますね。管理職の間で、誰を出す、誰が欲しい、という、話し合いになっているようです」(Dさん)

「うちは絵巻物みたいに社内に貼り出されますね。その前に組合に事前告知されます」(Tさん)

「直属上司に呼び出されて言われます」(Mさん)

と、会社によって伝え方も違うようです。掲示で他の人がどの部署になったかわかった方が、情報交換できて便利な気がします。

「イン・アウト・降格などいろいろありますが、出される人の中にはあんまりな人も。ここに行ったらそうなんだなって部署があります」(Dさん)

閑職に追いやられる場合もあるんですね。ちなみに、部下に嫌われている上司を、結託して地方に転勤させたという例もあるそうです。

「経理を巻き込んで、上司の出張費や交際費などをチェックして、必要ない出張を洗い出したんです。上司でも異動させられるんですね」(Dさん)

経理部もいろいろな機密を知ってそうですが、話を聞くと、人事部が会社内では実権を持っている印象です。

「人事権は会社員の醍醐味みたいですね。オーナー企業の場合、自分の力を誇示できる。魔力ですね」と、Dさん。もし私が人事部だったらスピリチュアルを駆使して適材適所に采配したい……と想像が広がります。

また、以前人事部で働いていて、自らも人事異動で苦労されたことがあるという、50代後半のFさんに話を伺うことができました。Fさんはメディア関係の会社で何度か異動を繰り返し、今は管理職でもないし、自分の下に部下はいない、自分のペースで仕事を進められるという自由で気楽な立場にいらっしゃるそうです。

人事部にいた時は万能感みたいなものはあったのでしょうか?

「人事の仕事は楽しくはないですね。会社によりますけど、人事部とか人事課がその人の経験とか期待値をもとに、そろそろあいつも40位だから管理職にして部下の教育とか予算管理を勉強させよう、ということで昇格させたりしています。立場が人を育てると言いますが、ポジションを与えてより視野を広めてもらう、という目的です」

就職していない私の場合、人ではなく守護霊や神が「そろそろこういう仕事をさせてみよう」と手配しているような気がします……。

いつか晴れる日が来る

ちなみに人事にまつわる話で「ところてん人事」「花いちもんめ」といった聞き慣れない言葉がでてきました。

「ところてん人事」とは、ある人間を別のポジションに動かすと、空洞ができる。そこに、ところてん方式で、その下にいる人がピュッと入ってくることだそうです。また、後ろから押されて飛び出していってしまう人もいるようです。

「花いちもんめ」は、管理職同士「あの子が欲しい」「この子がいらない」と、狭い世界でやり合っている様子。

風流な用語にまやかされてしまいそうですが、現実は厳しいです。

「人事異動にまつわる心のケアも担当していました。仕事内容や人間関係で悩んでうつになってしまう人もいます。その人に自己治癒力や活力があればそこから抜けられるのですが……」

長年の会社勤めや人事の経験から、Fさんは悩んでいる会社員に向けてこうおっしゃいます。

「私が言えるのは、ずっと雨っていうことはなく、いつか晴れる日が来る、ということ。雲間に光を見つけるのは自分だけしかできないよ、と言いたいです」

また、人事異動でネガティブになってしまう人は、結局どの部署でも不平不満を抱きがち、とFさんはおっしゃいます。

「世の中はどこへ行ってもウマが合わない奴やイヤな奴はいますから。端的に言うと、駅を歩いててもムカつく奴っていますよね。チンタラ歩いてんじゃねえよとか、ぶつかってきたとか。その人捕まえて、このやろうって言ってもなんの解決にもならない。放っておくしかないんです。心の余裕を持つようになれば人事異動が来ても大丈夫。絶対に道が開けてきます」

会社員として勤め上げている方の格言、心にしみます。そんなFさんご自身も、異動を告げられる時は毎回ショックを受けていたそうです。

「密室に呼ばれて、どこどこ行ってもらいます、と告げられ、一瞬バッドで頭を殴られたような衝撃を受けたことも。僕の場合、よしやった!っていうのは一度もなかったですね」

人事部から急にイベント関係の仕事を担当することになり、不規則な生活になって洋服代やカメラ代など自腹の出費が増えたものの、経験値が高まり、楽しみを見出せたとか。

「人事異動で辛いことはあるけけれど、新しい発見とか、自分がほんの少しでも前よりスキルが上がったことに気付くと、違う仕事も悪くないなって思いますね」

人事異動を乗り越えるコツ

人事異動を乗り越えるコツについてまとめると……。

・お世辞や社交辞令も時には必要

「長いものに巻かれないポリシーがあってもいい。でも、生きていくための処世術として時にはお世辞の一つ二つ言えるようにしたい。500円で入れ放題の信玄餅のビニール袋に入れすぎて破れちゃったら元も子もないでしょう。極論で言うと白黒と決めつけず、グレーだったら白っぽいですねと言えるような柔軟性も必要なんじゃないかな」

信玄餅入れ放題の例えが難解でなかなか理解が及ばなかったのですが、意固地になりすぎるのもよくない、ということでしょうか。

適度な社交辞令はまあ良いとして、力がある人にゴマをすってついていくと、周りにもそれがバレるし、上の人がコケた時に自分も失脚してしまうそうです。ただ、処世術が巧みな人は、自分がついている人のパワーがなくなってきたらすぐに察して、鞍替えして世渡りできるとか。とにかく1人の人に肩入れしすぎるのは危険です。
 
・会社の外にも人脈を持つ

「会社だけだと視野が狭くなる。一歩外に出ないと。仲間を中だけじゃなくて外にも作るのは大切です。外部の人と知り合って、キーパーソンだと思ったら誠心誠意尽くして親切にする。そうすると自分が困った時に必ず助けてくれます」

Fさんは実際に社外に友達が多いようでした。また私の別の知り合いでも、急に仕事を辞めることになった時、外部の友人が奔走して再就職先を探してくれたことがあったと言っていました。常日頃から人に親切にしておきたいところです。

「役職定年になって、ただいるだけで仕事がほとんどないのは哀しいです。例えば『営業管理』とか、よくあるのは『本部長付』とかいう肩書き。本部長の横にくっついて実際何もやらなかったり……」

今回はじめて知った 「役職定年」というシビアな用語。ある一定の年齢に達すると、◯長といった役職から外される、という制度のようです。急に周りの人の態度が変わったら切ないです。しかし「管理」とか「◯長付け」とかほのかに権威を感じさせる肩書きをつけているところに日本企業の優しさを感じます。
 
・後輩でも部下でも教えを請う

「当たり前ですけど、部下だろうが後輩だろうが目線を下げて教えを請う姿勢でいるのが大切です。俺の方が偉いって姿勢だと絶対に破滅します。胸襟を開いて接して時には若い人の悩みを聞いてあげるのも大事な仕事。それができない上司なんかは、僕が部下と楽しそうに話していると嫉妬の目で見てきますよ」

ただ、世代間ギャップで、若い人から「比喩や例えが古すぎて何を言っているかわからない」と言われる事例もあるそうです。上司も若者言葉をアップデートする必要が……。

「持論だけ押し付けると部下は閉塞感を覚えておざなりの仕事になる。自分だけでなく周りにも目を配るのは大変なんですが、なるべく僕から声をかけるようにしています」

コミュ力があるFさんは、役職がなくても周りから頼りにされているようでした。
 
ところで、部下と交流するFさんを上司が嫉妬の目で見ているとのことですが、やはり会社は嫉妬が渦巻いているのでしょうか。人事異動や昇進が絡むとエグそうです。

「ありますよ。なんであいつがあんなに上行っちゃうんだ……とか、誰もが納得する人事って少ないですよ。戦国武将に例えるとわかりやすいですね。将軍様に気に入ってもらうためだったら、比叡山焼き討ちくらいの残酷なことをやってでも名をなす、っていうケースもあります。人を踏み台にして成り上がっていくタイプ。でもそういう人の末路は寂しいですよ。踏み台にされた人はずっと覚えていますから、定年になったとたん、蜘蛛の子を散らすように周りから人がいなくなります」

「戦国武将」とか「比叡山焼き討ち」とかスケールが大きい事象に例えると、さらに視野が広がりそうです。会社に閉塞感があったら、歴史の人物に感情移入すると気力がわいてきます。

フリーの身としては、会社で安定的な収入を得ながら、異動で新たに経験値やスキルが増える、というのは羨ましいです。デスクの移動は荷物の断捨離にもなります。そして人間関係もリセット。そういえば、仕事をご一緒した方で、異動した方の9割が、その後音信が途絶えていることに気付きました。異動後も交流を続けたいと思われるように尽力します。

今月の教訓

会社の外の世界や、歴史上のできごとなど、スケールが大きいものに意識を合わせれば、人事異動なんて些細に思えます

著者プロフィール

辛酸なめ子(しんさん なめこ)
1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『大人のコミュニケーション術』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『霊道紀行』(角川文庫)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、最新刊に『女子校礼讃』(中公新書ラクレ)がある。

好評既刊『新・人間関係のルール』

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