新書大賞2020、なぜこの5冊に投票したのか?
光文社新書編集部の三宅です。新型コロナウイルスの被害が拡大する中、いろいろな意味で不自由な日常を送られているかと思います。不幸にも感染し、かつ症状が出てしまった方々の1日も早い回復を願っております。
さて、2月10日発行の「中央公論」誌上で、「新書大賞2020」が発表されました。1位は『独ソ戦』(大木毅著、岩波新書)で、光文社新書も『「家族の幸せ」の経済学』(山口慎太郎著)が5位に入賞しました。
新書編集者にとって目標の一つである新書大賞、集計作業等かなり大変でしょうが、主宰の「中央公論」編集部の皆さんにはぜひ引き続き、頑張っていただきたいと、心より思っております。
私も編集長になってから5年、毎年投票させていただいています。この記事では、恥ずかしながら今年の投票内容を公開したいと思います。コメントは実際に投票したときのもので、書名の前の数字は順位です。
【1】独ソ戦 大木毅 岩波新書
導入部から、その惨禍の巨大さもあり圧倒的に読ませる。ドイツ国防軍の軍人たちは、死せるヒトラーにすべての失策や罪をなすりつける形で、独ソ戦の真の姿を隠蔽してきた。いわゆる「歴史修正主義」だ。それが近年の史料公開や事実の発見により、これまでの誤った見方が大きく覆されたという。そうした発見の中で個人的に一番印象的だったのは、ドイツ軍の戦局の見通しの甘さや兵站の軽視だ。旧日本軍の失敗と瓜二つで、改めてドイツ人と日本人の共通性を感じた。
【2】言い訳 塙宣之 中村計 集英社新書
元になったウェブのインタビュー記事の段階で圧倒的に面白く、書籍になったら間違いなく売れるだろうと思っていたら、案の定爆発的に売れた一冊。第一線の芸人が、他の芸人にも言及しながら、ここまで細かく手の内をさらすのは珍しいのでは。こういう本を自社でも出したかった……。昨年末のM‐1のかまいたちは、優勝してもおかしくないくらい面白かったけれど、もしかしたら本書のQ27を読んだのかもしれないと、素人ながら思いました。
【3】教育格差 松岡亮一 ちくま新書
しっかりとしたデータに基づく知見・分析をこれでもかとクールに並べ、誤った思い込みで教育の失敗を重ねてきた人々を叩きのめしていく。底にあるのはマグマのような熱い思いだ。「私は教育格差を発信することで、格差の再生産を強化していることになるのだ。私の両手も他者の血で赤く染まっている。」「査読論文もそうだし、この書籍も、特に私が書きたいものではない。理論と先行研究を読み、この世界に足りないものを粛々と埋めているだけだ。」等々、グッとくる記述が多数ある。
【4】発達障害 本田秀夫 SB新書
長年、発達障害の臨床に携わっている著者だからこそ書けた一冊。患者さんへのまなざしがとても温かい。文章も丁寧でわかりやすい。本書の中心となる知見は、ASDやADHD、LDなど、発達障害の異なる診断が重複している患者さんのケース。それによって、発達障害の特性が複雑な現れ方をするという。私の狭い観測範囲内でも、とても納得感のある見方だし、この方向で研究が進んでいってほしいと思う。
【5】ケーキの切れない非行少年たち 宮口幸治 新潮新書
IQ70~85程度の「境界知能」(知的障碍者には当てはまらない)の人々の困難をあぶり出した衝撃の書。この著者同様、『獄窓記』に衝撃を受けながら、それを少年・少女に広げて考える視点を持つことができなかった自分を反省しています。印象的だったのは「この世の中で普通に生活していく上で、IQが100ないとなかなかしんどいと言われています。IQ85未満となると相当なしんどさを感じているかもしれません。」という記述。確かに高度に複雑化した現代社会ではそうかもしれない。様々な社会問題の根っこは、実はここにあるような気がしてきた。
なぜこの5冊に投票したのか?
残念ながら、1年間に刊行される1400点以上の新書全点に目を通すことはできません。好みのテーマ、気になるタイトル・著者の方、紙・ウェブを問わず書評で話題のものを中心に絞り込んでいくことになります。
今年でいうと、上位2冊はすんなり決まったのですが、残り3冊は投票締め切りぎりぎりまで決めきれませんでした。最終的に、これまでも興味を持ち、かつ今後も追いかけていきたいテーマ(教育、発達障害等)で絞ろうと腹を決め、上記のような3~5位となりました。次点は『発達障害グレーゾーン 』(姫野桂、OMgray事務局著、扶桑社新書)です。
今年はどんな新書に出会えるでしょうか。1年後にどんな新書に投票しているでしょうか。読者の皆さん同様、私も楽しみにしています。