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【第8回】どうして小学生にそこまで要求するのか!

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

超難関中学入試問題のセンス

すでに何年も前のことだが、我が家の子どもたちも国立中学校を「お受験」した経験があるので、本書を読みながら「どうして小学生にそこまで要求するのか」と、当時、何度も憤慨した記憶がマザマザと蘇ってきた(笑)。

本書の著者・松本亘正氏は、1982年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、中学受験専門塾「ジーニアス」を首都圏各所に展開し、難関中学に多くの小学生を送り出している。著書に『合格する親子のすごい勉強』(かんき出版)や『合格する歴史の授業』(実務教育出版)などがある。

さて、読者が「御徒町」で地下鉄「大江戸線」に乗り、「都庁前駅」に向かうとする。このとき「ア:1番線に乗る」「イ:2番線に乗る」「ウ:1番線と2番線のどちらに乗ってもよい」のどれが正しいだろうか?

正解は「ウ」である。大江戸線は、部分的に「都庁前駅」を中心に山の手線のように環状になっている。利用客にとっては容易だろうが、知らなければ解けない問題である。それでは、「東京の地下鉄は浅草~上野間が最初だが、これは現在では銀座線の一部になっている」という文は、正しいか?

正解は「正しい」である。ここに挙げた2問は、開成中学校が頻繁に出題する「東京問題」と呼ばれる入試問題の一部である。なぜ開成はこんな問題を出すのか。実は例年、1月に灘中学校の受験を終えた生徒が、2月に開成中学校の試験を受けに来る。これを「開成ツアー」と呼ぶらしいが、彼らは自宅のある関西の灘に進学するので、開成には記念受験に来るだけである。このツアーを組むのは大手塾で、「灘に30名、開成に20名合格!」といった実績を宣伝したいがために、優秀な特待生に旅費や宿泊費を出すわけである。

彼らは合格しても入学辞退するため、開成は補欠合格者を何十名も出さざるをえない。それを「苦々しく思っている」開成サイドが、東京の生徒に有利になるように「東京問題」を出題するというのが、塾業界の「噂」だという。こんな理由で「東京雑学」を懸命に覚えている受験生が、可哀そうになる。

思考力を問う意味で良問だと思ったのは、「新聞の紙面の約4割は広告」という事実から、「新聞社が広告料にたよることが、なぜ新聞記事の内容に影響を与えるのか」を問う麻布中学校の記述問題である。「広告料を払う広告主に批判的な記事を書き難くなるから」と答えられる小学生は、立派である。

「ランドセルが普及した理由を安全性の面から答えなさい」という渋谷教育学園幕張中学校の問題も、おもしろい。「両手が自由に使える上、倒れてもクッションになるので怪我をし難いから」と思い浮かべば、正解である。

本書で最も驚かされたのは、台詞から芝居の題名を当てるという慶應義塾中等部の入試問題である。「こりァ面白くなってきたっ、サア、抜け、抜け、抜け抜け抜け、抜かねエか」という台詞だが、この芝居がおわかりだろうか。正解は、歌舞伎の「助六」である。侠客の助六が源氏の宝刀を探すため、吉原の遊女に言い寄る遊客に故意に喧嘩を吹っかけて刀を抜かせようとする場面だが、この知識を小学生に要求することに意味があるのだろうか?


本書のハイライト

2024年度の学習指導要領改訂後の試験では、大きな変化が起こると考えられます。暗記量が減少し、記述式の問題、表やグラフを読み取って答える問題の割合が増えます。求められる学力、教養が変わっていくのです。現在、中学受験を行う受験生は、全員が学習指導要領改訂後、本当の大学入試改革後に大学受験に挑む世代です。したがって、国私立中学が受験生に求める学力も変わってきています。明らかに大学入試改革を見据えているのです。(p. 168)

第7回はこちら↓

著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。






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