【日本版DBS】この国から子どもへの性暴力をなくすために|『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ!』5章全文公開
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【日本版DBS】この国から子どもへの性暴力をなくすために|『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ!』5章全文公開

こんにちは。光文社新書の永林です。『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! ママの社会進出と家族の幸せのために』の著者で認定NPO法人フローレンスの前田晃平さんのご活躍が、最近とっても目立つようになりました。注目の要因は『日本版DBS』(Disclosure and Barring Service:前歴開示及び前歴者就業制限機構)実現のための活動。これは、保育・教育の現場から性暴力をなくすための活動で、11月20日のTBSの『報道特集』では、前田さんとフローレンスが行ってきた政策提言の密着取材が放送されました。

でも、政策実現までのハードルはかぎりなく高かったのです。前田さんは、今の活動で抱いている悲痛な思いを語ります。

「子どもたちを性暴力から守るための『日本版DBS』が実現するかどうかは、現在、瀬戸際にあるといわねばなりません。私自身、政府の『こども政策の推進に係る有識者会議』の構成員として、制度の実現を必死に訴えていますが、超えねばならないハードルが次から次へと出現し、ライフゲージがぐいぐい削られているところです……。こうしている間にも、日本版DBSがあれば防げたであろう子どもたちへの性暴力事件が次から次へと報道され、忸怩たる思いです。この政策の実現には、世論、つまり、皆さまの応援が必要不可欠です。もっと多くの人に、この問題を知ってもらわねばならないのです」(前田さん)

 そこで、ひとりでも多くの皆様に「日本版DBS」実現の重要性を知っていただくため、『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ ママの社会進出と家族の幸せのために』(光文社刊)の第五章「パパだから、ちょっと社会を変えてみた」のほぼ全文を、期間限定で無料公開することにしました。

 この章では、本件の政策提言活動の一連の物語をまとめています。活動のきっかけから、失敗と挫折、そして、それらを乗り越えて内閣総理大臣に提言書が届くまでのお話です。どうぞみなさま、大切な子どもたちの笑顔を守るために、ご一読、ご拡散いただければ幸いです。

パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ! 第五章|パパだから、ちょっと社会を変えてみた

 平日は、娘を保育園に送ってから出勤するのが日課です。保育園に通い始めた頃は、入り口でギャン泣きして、「私を置いていくつもりかー! 薄情者ー!!」と言わんばかりでしたが、今となっては、ろくにバイバイもせず、さーっと部屋の奥の方に入っていって遊び始めてしまいます。逆にこっちが、寂しい思いをするほどです。

 仕事を終えてお迎えに行くと、先生から連絡帳を受け取ります。そこには、娘の日々の成長が事細かに書かれています。それを読むのが、一日の終わりの楽しみです。娘がお友達と一緒に遊んだこと、ケンカをしたこと、ご飯をがっついていること、お外で遊ぶ時は一番に飛び出していくこと、等々、その時の様子が目に浮かびます。妻と一緒に「あー、やりそうだよねー」なんて言って、笑いながら読んでいます。

 子育ては大変だけど、幸せ。そう思えるのは、保育園の先生をはじめ、娘にかかわってくれるすべての人のおかげです。皆さまが真摯に娘と向き合ってくださるから、娘は親から離れても楽しくその時間を過ごせて、家の中だけでは得ることのできない経験をして、日々、驚くべき成長をしています。家族だけで子育てしていたら、きっとこうはならなかっただろうな。先生方には、感謝と、そして尊敬の念でいっぱいです。

 保育園の先生方との「共同子育て」の体験を通じて、みんなで支え合って子育てができる社会をつくりたい、と改めて思いました。私が所属する認定NPO法人フローレンスは、まさにそんな社会をつくるために活動している組織です。育休から復帰した後、一層仕事に熱が入るようになりました。

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青天の霹靂だった「キッズラインショック」

 そんな野望に燃えていた2020年6月、にわかに信じがたいニュースが飛び込んできました。ベビーシッターマッチングサービス大手である株式会社キッズラインの登録シッターが、派遣先の子どもに対する強制わいせつ罪で逮捕されたのです。

 ジャーナリスト・中野円佳さんの記事によれば、わいせつ行為は外遊びに連れていった公園のトイレで、あるいは、大胆にも親が在宅勤務をしている隣室でも、行われていました。助けを求めた子どもが母親のいる隣室の扉を開けようとすると、シッターは「ママはお仕事しているから入っちゃだめだよ」と制止しました。後日、子どもの様子がおかしいことに気づいた保護者が、本人に理由を聞いてみると、シッターにわいせつ行為をされたことを告白したのです。子どもは、こう言いました。

やめてって何度も言ったのに、やめてくれなかったの!

 胸が締め付けられました。もし自分の子どもが被害者だったとしたら、こんなに悲しくて、悔しいことはないと思いました。信頼して子どもを任せていたのに、その立場を利用して、これほど卑劣な行いをする大人がいるなんて……。こんな非道な仕打ちに子どもが遭遇する可能性を、私は想像すらしていませんでした。

 また、私にとっては、親としてだけでなく、保育サービスを運営する組織の一員としても大問題でした。みんなで支え合って子育てする社会を目指して働いているのに、これでは、安心して子どもを他の人に任せられなくなってしまいます。全く、他人事とは思えませんでした。

男性が子どもとかかわる仕事をしてはダメなのか

 事件を受けて、キッズラインは再発防止策として男性シッターのサポートを一時停止しました。専門家曰く、男性シッターが性犯罪を犯す確率が高いから、とのこと。

 しかし、これが本質的な解決策になっているとは思えません。米国司法省の統計データによれば、保育現場の性犯罪の77%は男性シッターによるものですが、身体暴力の64%は女性シッターによるものです。男性を業界から締め出せば、子どもの安全が確保されるわけではありません。

 また、この方法は個人的に納得しがたいものでした。世間に偏見があることを承知で、それを覆すべく人一倍頑張って働いている男性保育士の仲間を見てきたからです。彼らの日々の努力を踏みにじるような措置には、怒りを覚えました。

 さらにいえば、「保育は女性がするもの」という誤ったメッセージの発信にもなっています。子育てにせよ、保育にせよ、性別は関係ないはずです。私は自身の子育てで、それを身をもって体感してきました。だからこそ、もっと根本的な方法で、この問題を解決する必要があると思いました。どうすればこんな悲しい事件を二度と起きないようにできるか、考える日々が始まりました。

日本には、子どもたちを性犯罪から守る仕組みがない

 子どもに対する性暴力について調べていくと、これはキッズラインに固有のものではなく、保育業界全体の構造的な問題だとわかりました。日本の法律では、過去に性犯罪の前科がある者でも保育現場で働くことができるのです。

 小児わいせつの特徴の一つに、きわめて高い再犯率と常習性があります。法務省の調査によれば、小児わいせつの再犯率は性犯罪(刑法犯)の中で最も高く、5年以内の再入率(出所受刑者人員のうち,出所後の犯罪により,受刑のため刑事施設に再入所した者の比率)は9・5%、小児強姦では5・9%に及びます。また、性犯罪前科2回以上の者で同型性犯罪前科を持っている率は84・6%と、きわめて高い数値となっています(下図)。

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 性犯罪者の加害者臨床に携わっている精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏の著書『「小児性愛」という病』によれば、小児性犯罪の問題で受診した性加害経験者117人のうち、16%が「子どもに指導的な立場で関わる仕事(保育士、教員、塾講師、スポーツインストラクターなど)」に就いていたそうです。

 小児わいせつという犯罪の性質を考えれば、保育業界、というより、子どもとかかわる職場から、性犯罪の前科者を除外する必要があるはずです。しかし、現状ではその仕組みが日本には存在しません。過去にどんな卑劣な小児わいせつを行った犯罪者でも、子どもとかかわる現場に復帰が可能なのです。サービスの運営者も、利用者も、そのスタッフが過去に小児わいせつの前科があるかどうか、確認する術がありません。これでは、いち民間企業がいくら努力しても限界があります。

 諸外国では、ここにきっちり対策をしています。フランス、ドイツ、アメリカ、カナダ、ニュージーランド等々では、性犯罪歴がある人は、子どもとかかわる現場で働けない仕組みをそれぞれ持っています。中でも参考になるのが、イギリスです。DBS(Disclosure and Barring Service:前歴開示及び前歴者就業制限機構)という公的機関が、犯罪経歴証明書を発行しています。これを教育監査局に提出しないと、子どもとかかわる現場で働けません。対象は、「18歳未満の子どもに1日2時間以上接するサービスにかかわるすべての人」です。これには、ボランティアも含まれる徹底ぶり。

 一方、我らが日本はというと……、今回、問題が発生したベビーシッターには、規制が、本当に、何もありません。行政に届出さえすれば、実質的に誰でもなれてしまいます。保育士や教員は、小児わいせつが露見すれば原則、懲戒免職で免許取消ですが、なんと、保育士は2年、教員は3年で免許の再取得ができます。それぞれ、法律に明記されています(児童福祉法、教育職員免許法)。さらに言えば、例えば教育現場で児童に対してわいせつ行為を行って懲戒免職になっても、保育現場では普通に働けます。逆もまたしかりです。

 これ、どう考えてもおかしくない? 日本にも、保育・教育現場への就業希望者に犯罪経歴証明書を発行し、就労前に犯罪歴をチェックする仕組みが必要だと思いました。そして「日本版DBS」として、社会に実装できないだろうか、と考えるようになりました。

 なお、この話をすると「犯罪者の社会復帰を邪魔するのか!」というコメントをいただくのですが、私は性犯罪者であれ誰であれ、社会復帰の応援はしたいです。ただ、「子どもとかかわる職場」からは外してくれ、と言っているだけです。

社会に散らばる小さな思いが、SNSで繫がった

 まずは声をあげねば始まるまい! という思いに駆られてnoteで記事を書き、この問題を発信してみました。「#保育教育現場の性犯罪をゼロに」というハッシュタグをつけて、世論喚起を狙ったのです。本件に関心を持っていただけそうなインフルエンサー一人一人にご相談して、記事の拡散にご協力いただきました。その甲斐あって、記事は本当に多くの人に読んでいただくこととなり、「#保育教育現場の性犯罪をゼロに」のハッシュタグは、破竹の勢いで広がっていきました。

 でも、現実は厳しい。この拡散に背中を押されて、政治家や官僚にアプローチをしてみましたが、門前払いか、塩対応。SNSで少し拡散されたくらいでは、どうにもなりませんでした。冷静に考えれば、性犯罪者を保育・教育現場からキックアウトする制度の必要性は多くの有識者や専門家が長年指摘してきたことであり、今さら自分のような素人が騒いだところで、大海の一滴に過ぎません。

 己の無力を呪いながら、次の一手を考えあぐねていた時、SNS経由で一通のメッセージが届きました。送信元は、ある現役のベビーシッターさん。今回の事件に心を痛め、保育現場での就業を希望する場合は犯罪経歴証明の提出を義務付けることを求める署名活動を行っておられた参納初夏さんでした。これまで全く面識はなかったのですが「記事を読んで勇気付けられた」とおっしゃってくださいました。

 勇気付けられたのは、私の方でした。そしてこの時、大切なことを思い出しました。今までフローレンスで学んできたことを、なんで忘れていたんだろう。社会は、ひとりでは変えられない。みんなの力を合わせねばなりません。いわゆる、コレクティブインパクト。様々なプレイヤーが共同して社会課題解決に取り組む、という意味です。

 私は迷いなく参納さんにお声がけし、ここから方針を一転して、本格的に仲間集めを開始しました。次にご相談したのがジャーナリストの中野円佳さんです。そもそも私が本件に強い問題意識を持ったきっかけは、本章冒頭でもご紹介した通り、中野さんの記事でした。

中野さんを通じて当事件の被害児童のお母さん(Aさん)と繫がることもできました。

 そして「他の子どもたちを、二度とこんな目にあわせたくない」という思いから、Aさんが私たちと一緒に立ち上がってくれることになったのです。もし、自分の娘が同じ目にあっていたら、彼女のように勇気を出して声をあげることができただろうか……。その勇気を心から尊敬します。

 当事者たちの声を社会に届けるには、マスメディアの力も必要です。だから、記者会見をやらねばと考えていました。しかし、自分にはそんなノウハウはないし、何より、スケジュールがヤバイ! この頃になると、政治家、官僚、弁護士、学者、メディア関係者の方々に本件のご相談をしたり、国内外の法律や制度の情報収集、そしてその発信をしたりと、私の体一つではどうにもならなくなってきていました。もちろん、本業も、8カ月になっていた娘の子育てもあります。睡眠時間がアカンことになっていました。

 そこで、覚悟を決めて、フローレンス代表の駒崎弘樹に相談に行きました。フローレンスの広報チームの力を貸してもらえませんか、と。経営者の立場からすれば、社員が勝手にソーシャルアクションを始めたと思ったら、会社の資源を貸してくれと泣きついてきた構図なわけで、さすがに怒られるかもしれない……! ところが、逆に熱い応援をもらい、即断即決で認めてくれました。親分……!(涙)。広報チームのみんなも超多忙だったのに、突然降って湧いたこの案件を快く引き受けてくれました。この瞬間から、広報周りのタスクすべてを担ってもらい、本当に頭が上がりません!

 これで保育現場に関しては、事業者(弊会)、現役ベビーシッター、そして被害者家族と、当事者が勢揃い。それを世に出す広報チームまでいます。このまま記者会見まで走り切ろう、そう思っていました。

 しかし、記者会見まで1週間を切ったある日、友人(女性・Bさん)から連絡がありました。記事を読んだのだけど、相談したいことがある、と。
 娘さんが小学3年生だった2年前、担任の男性教師から性的な被害を受けた、という衝撃の内容でした。今年になって、同級生の被害が明らかになったことがきっかけとなり、娘さんも被害を受けていたことを知った、と涙ながらに話してくれました。

 休み時間や放課後の教室で、担任の机に呼ばれ、他の児童もいる中で、下着の中から体を触られていた。それは毎日と言っていいくらい、数え切れないほどの回数だった、と。Bさんは、続けて言いました。この教師は、懲戒免職になっている。でも、それはたったの3年間。3年後には教員免許を再取得して、教育現場に復帰できる。それは絶対におかしいし、悔しい、と。
 Bさんの話を聞きながら、涙が出てきました。この国は、いったい何をしているのだろう。大人たちは、何をやっているのだろう。私は保育現場のわいせつ事案で頭がいっぱいになってしまっていたけれど、私たちが守りたいのは、子どもたちみんなです。保育現場だけではなくて、教育現場もなんとかしないといけない。

 急な話ではありましたが、Bさんにも記者会見にご登壇していただけないかご相談すると、力強く引き受けてくださいました。

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みんなの思いを込めたボールを、社会に投げこんでみた

 2020年7月14日、厚生労働省にて「#保育教育現場の性犯罪をゼロに」の記者会見が行われました。この会見で伝えたかったことは、たったひとつです。性犯罪の前科者を、子どもとかかわる保育・教育の現場で働けないようにしてほしい、それだけです。

 キッズラインの登録シッターの性暴力被害にあった児童のお母さん(Aさん)、都内の小学校の担任教師による性被害にあった児童のお母さん(Bさん)、現役ベビーシッターの参納さん、そして、フローレンス代表の駒崎。それぞれの立場から、日本版DBS実現の必要性を訴えていただきました。もう二度と、子どもたちをこんな悲しい目にあわせたくないと。

 涙ぐみながら子どもの被害を訴えるAさん、Bさんの話を初めて聞いた時、私は悔しくて悔しくてしかたなく、自分の無力さを呪いました。でも、今回の記者会見では、大手テレビ局から全国紙、各種メディアからご参加いただいた多くの方が、彼女たちの声に耳を傾けてくれました。彼女たちの、そして私たち保護者の悔しさを、共有できたのです。これまで多くの人が長く願い、訴えてきたことが、社会を変える大きなうねりになろうとする瞬間をリアルタイムで目にしました。

 実際、この記者会見には本当に大きな反響がありました。その日のうちにNHKや民放のニュースで放映され、翌日にはほぼすべての全国紙が記事にしてくれました。バズフィードやハフポストなどのインターネットメディアも、それぞれ素晴らしい記事をアップしてくれました。

 参納さんたちが集めていた署名は、記者会見前は数百件でしたが、この後急激に数を伸ばして、あっという間に2万件を突破! 

 記者会見、そしてメディアを通じて、子どもたちの「助けて」という声が日本全国に届いたのです。子どもたちの助けを呼ぶ声は、懸命に耳を傾けようとする人にしか届かない、細く小さな叫びです。特に性犯罪の被害児童は、声をあげることすらできないケースも多いのです。この状況を放置していては、絶対にいけない。子どもが困った時にはいつでも、「君の声は聞こえているよ」と言える社会でなければいけない。だから、私たちが踏み出した小さな一歩は、とても意味のある一歩だったと思うのです。

みんなの声を、大臣に届けてみた

 もちろん、これで終わりではありません。私たちのゴールは、子どもたちを性犯罪から守るために法律を変えることです。世論の後押しをバックに、改めて政治家に相談しようと考えていましたが、政治家なら誰でもいいわけじゃありません。真摯に当事者の話を受け止める共感力があり、しかも実際に動く機動力があり、さらに法改正の流れを作るだけの権力のある政治家でなければ!

 そんな激レア政治家を見つけ、会って話をするまでこぎつけるのは、またも茨の道……のはずだったのですが、記者会見を終えたわずか2日後、代表の駒崎から信じがたいチャットが飛んできました。

 「森まさこ法務大臣が会ってくださるって。明日

「え? ダイジン? アシタ?」とフリーズしたのも束の間、広報チームが爆速で対応してくれて、みるみる準備が整っていきました。翌日には森法務大臣(当時)との会見が実現。日本版DBSの要望書と、参納さんたちの2万件を超える署名を手交しました。

 実は森氏は以前から性犯罪対策に強い関心を持っておられ、専門家を交えた勉強会を定期的に実施しておられました。事件のことも、そしてDBSの仕組みもすでにご存知でした(話が早すぎる!)。そして、日本版DBS実現に向けて強力な後押しをいただいたうえ、「この件なら、橋本聖子内閣府特命担当大臣(当時)にも持っていった方がよい」と、なんとその場で橋本大臣に電話してアポを取り付けてくださいました。

 後日、橋本大臣にも意見書と署名をお渡しすると、「しっかり進めていく」と心強いお返事をいただきました。子どもたちの小さな声が、受け止めた大人たちに反響して大きくなり、政府の中枢にまで届いたのです。ここまできたら、きっともうトントン拍子に進んでいくに違いない! この時の私は、そう思っていました。

変えるリスクに敏感なのに、変えないリスクに無頓着

 ところが、制度の実現に向けて具体的な話に入ると、全然前に進みません。いくつかの「できない理由」は想定していましたが、議員・官僚各位に相談したり、専門家に知見をお借りしたりして乗り越えてきました。ところが、乗り越えても乗り越えても、また別の「できない理由」が目の前に立ちはだかります。「でも、こんな法律もあって、できないみたいですよ」「あ、それはうちの管轄じゃないので、〇〇省にご確認ください」。これらのハードルは、一つ一つ、みんなで乗り越えていけばいいことです。でも、このハードな日々の中、私の心の中にフツフツと沸きあがり、ジワジワと気力を奪っていく思いがありました。「私たちは、いったい、誰と戦っているんだろう?」

 例えば、本件に対して鬼の形相で猛反対する政治家や官僚がいれば、根気強く対話を続けるという道がありますし、闘志も湧きます。少なくとも、やるべきことは明確になるでしょう。でも、そういう人は、どんなに奥に分け入っても、いないのです。「キミィ! こんなふざけた制度は絶対に許さんぞ!」が、ない。誰も敵意を持って反対しないのです。でも、できない理由だけはきっちり見つけてくる。「できない理由じゃなくて、できる理由を見つけてきてくださいよー!」と、何回叫んだかわかりません(心の中で)。

 まるで、急な坂を転がり落ちる鉄球を見ている気分です。「社会の慣性の法則」とでもいいましょうか、先人がつけた轍の上に、道はすでに完成しているようなのです。急勾配を転がり落ちる鉄球の進路は、坂の上から鉄球を手放した本人たちでさえ、変えられない。私たちは、球が進む逆側から手を振って、「こっちです!!」と必死に叫びます。坂の上の人たちも「うんうん、そっちがいいね!」と言っています。でも、勢いを増した鉄球は、誰の意向も汲むことなく、すでに決められた道を辿り続けるのです。

 改めて社会を見渡すと、社会の慣性の法則は、至る所でみられます。思えば、本書でこれまで取り上げてきた男性の家庭進出が進まないのだってそうだし、親子に投資をしない国の姿勢だってそうです。「これまでそうだったから」という理由で、今もそれがなんとなく引き継がれています。それが、みんなの首を絞めているというのに。

 制度を変えることは常にリスクを伴います。社会は様々な要素が複雑に絡み合ってできているので、何かを変えれば予想外の場所に影響が出ることもあります。政治家や官僚の皆さまが変化に慎重な理由は、とてもよくわかります。

 でも、これだけは言わせてほしい。変えるリスクはもちろんある。でも、変えないリスクを無視していいのか。今まさに子どもたちが晒されているリスクを、どう考えるのか。

 私たちがこの活動を進めている最中にも、保育・教育現場で子どもたちが性暴力に傷つけられたというニュースが次々と入ってきます。その都度、被害を受けたご家族に申し訳ない気持ち、変わっていかない現状への苛立ち、無力感、不甲斐なさ……これらの負の感情が渾然一体となってドッと押し寄せてきます。

 さらに、この頃に増えてきたSNSでの批判が、とぐろを巻いた負の感情に疲労感を上積みしてきて、もはや私のライフゲージは底を突く寸前! 曰く、「加害者の人権無視!」とか、「売名行為(笑)」とか。夜な夜な、妻に愚痴っておりました(ごめん)。

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炸裂! コレクティブインパクト!!

 こんな事態に陥りながらも心が折れなかったのは、一緒に活動してくれている仲間のおかげでした。最初は私が一人でイキってnoteで記事を発信していただけだったのに、時間が経つにつれ、一人、また一人と、本件に強い関心を持つ人たちが、声をかけてくださるようになったのです。気がつくと、保育・教育現場の当事者や、政治家、官僚、学者、専門家、そしてメディア関係者と、強力なネットワークが出来上がっていました。SNSのメッセージグループやメーリングリストを通じて、頻繁に情報共有がなされるようになり、この問題にかかわる大小さまざまな情報が入ってくるようになりました。

 そして、フローレンス社内のバックアップ体制もより充実してきました。社外メンバーを巻き込んだ「政策シンクタンクチーム」の案件にしてもらったのです。社内メンバーは代表の駒崎を筆頭に、積極的にソーシャルアクションを行っている経験豊かな社員、そして社外メンバーは元官僚のコンサルタント、さらに現役官僚の方々です。仲間たちから入ってくる情報を元に、このチームが法的、制度的な課題を洗い出し、作戦が議論されるようになりました。そうして日々を過ごすうちに、私もこの分野に関する知識が身についてきました。

 そんなある日のこと、自民党の木村弥生議員からご連絡をいただきました。自民党の政務調査会・女性活躍推進特別委員会で、日本版DBSについての話をしてくれないか、と。自民党の政務調査会とは、党の政策の調査研究と立案を担当し、審議決定をする機関です。つまり、ここで日本版DBSを議員各位に共有することは、法律を変えるための大きな一歩となります!
 木村議員は、野田聖子議員らとともに国会議員として長らくこの問題に取り組まれており、地道に日本版DBS実現を働きかけてくださっていました。最近の世論の高まりで、党内に本件を打ち込む機会が巡ってきたのです。そして、私がこの問題に関心を持ち始めた当初に、子どもに対する性暴力対策をめぐる政治の動きを詳しく教えてくださったのが、木村議員でした。

 もちろん「やらいでか!」と、早速準備に取り掛かりましたが、不安もありました。自民党の議員に、この問題に関心を寄せてくれる人がどれくらいいるのだろうか、と。私の勝手なイメージですが、保守的な考えを持っている人が多そう。委員会当日に何人来てくれるのだろう。それどころか集中砲火にあったりして……。

 果たして当日、2020年11月12日、報道関係者がカメラを構えている中で、自民党本部に乗り込みました。議員の席には……あれ……誰もいねぇ!!
 資料とお茶だけが、所在なさげに机に並んでいます。一方で、官僚側の机にはきっちり皆さま勢揃い。おお、これは、いったい誰に向かって説明する会なの!?

 無常にも時は過ぎていき、議員席空席のまま定刻に。座長の松島みどり議員、座長代理の木村議員の挨拶の後、メディアの方々は写真撮影をして退出していきました。会議は、自由闊達な議論を担保するために、非公開なのです。

 肝心の与党議員が誰もいないけど! とにかく、やれるだけのことはやろう! せめて、官僚の皆さまの記憶に留まるようなプレゼンをしてやるッ! と、ガッチガチになりながら発表資料を手に取った時でした。

 ドラマのワンシーンさながらにバンッと勢いよくドアが開き、議員の皆さまがぞろぞろ入ってきたのです。「ごめんなさい! 国会で遅れました!」と。メディアと入れ替わりで、議員席はあっという間にほぼ満員。突然、場が活気付きました。「うわ~、『半沢直樹』みたい! あー、よかった~、助かった~(涙)」という安心感で私の緊張もほぐれ、思う存分話ができました。熱を込めすぎて少々長引いてしまった講演が終わると、議員の皆さまから熱い拍手をいただきました。その後の質疑応答では、前向きかつ建設的な質問がたくさん! これまでの活動では、糠に釘を打っているみたいな反応が多かった中、久しぶりに手応えを感じました。

 そしてその翌日、石川あきまさ議員、浮島とも子議員が文部科学委員会で、そして、稲田朋美議員が法務委員会で、教育現場での児童へのわいせつ行為について、とても鋭い質問をしてくださいました。萩生田光一文部科学大臣、上川陽子法務大臣(ともに2021年4月現在)から、それぞれ前向きな答弁あり! よっしゃぁ!

 さらに後日、野田聖子議員と木村弥生議員らが、この委員会用に作成した資料をまとめて、上川法務大臣に手渡し、日本版DBSの実現を直接訴えてくださいました。みんなで積み上げてきた思いが、じわじわと政治の世界に浸透していくのを感じました。

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そして、政治が動いた

 それから、およそひと月、2020年12月25日。「キッズラインショック」をきっかけに私たちが声をあげてから、約半年。「社会の慣性の法則」に支配されていた鉄球が、違った方向に動き出す瞬間が訪れました。この日、第5次男女共同参画基本計画が閣議決定されました。その中に、日本版DBSの概念がしっかり明記されていたのです。該当部分を引用します。

教育・保育施設等や子供が活躍する場(放課後児童クラブ、学習塾、スポーツクラブ等)において、子供に対するわいせつ行為が行われないよう、法令等に基づく現行の枠組みとの関係を整理し、海外の法的枠組も参考にしつつ、そこで働く際に性犯罪歴がないことの証明書を求めることを検討するなど、防止のために必要な環境整備を図る。
(第5次男女共同参画基本計画)

「閣議決定」とは、政府の方針の中でもっとも重いものです。行政は、この意思決定に縛られます。もちろん、これで日本版DBSの実現が決まったわけではありません。「検討することが決まった」という感じです。しかし、これは大きな一歩です。何せ、政府が公式に「検討する」と言ったのだから! 

 これまでは、あくまで私たちフローレンスや関係各位が市民の立場で政治行政に日本版DBSの実現を働きかけてきました。でもこれからは、政府が旗を振って本制度の実現に向けて動くのです。関係者から内幕の話を聞くと、この文言は、直前まで基本計画の中には入っていなかったそうです。それが、政府与党の関係各位のご尽力により、ギリギリで差し込まれたのだとか。本当に、なんとお礼を申し上げればいいか……!

 すでに、関係各省は急ピッチで動いています。2021年1月28日には、厚生労働省の社会保障審議会児童部会「子どもの預かりサービスに関する専門委員会」が、児童に対するわいせつ行為等の問題が発覚したベビーシッター事業者を、個人事業者も含めて、データベース化する方針を示しました。これが実現すれば、ベビーシッターを利用する前に、その事業者が過去にわいせつ行為を行っていないか、確認できるようになります。

 文部科学省でも、大きな進展がありました。児童に対するわいせつ行為で懲戒免職になった教員(幼稚園教諭含む)がたった3年で復帰できる、という法律を変えるには至りませんでしたが、わいせつ教員の情報を40年間データベースに残すことを決定。2021年2月から、制度運用が開始されています。学校側は、教員を雇用する際にこのデータベースを確認します。これで実質的に、わいせつ行為で懲戒免職になった教員は、教育現場には戻れなくなります。

 厚労省、文科省の施策にはそれぞれ課題があり、改善していく必要があるでしょう。しかし、この制度設計に携わってくれた民間の専門委員、官僚、議員は、厳しい法律の制約がある中で、子どもたちを守るために今できることをやろうと、知恵を絞ってくださいました。議事録や報告書の一文一文に、苦悩と工夫の跡をビシビシ感じます。

 そしてもう一つ、各省がそれぞれの業界の中で規制を強めても、小児性愛者は業界をまたいで犯行に及ぶ問題がありました。これを解決するには、行政の縦割りを廃し、「子どもとかかわる業界すべて」が連携して対策を打たねばなりません。これは、実現のハードルが極めて高いと考えられていました。しかし、子どもの安全を守るには、必要不可欠です。

 ついにここも、動き始めました。2021年2月、「行政の縦割り打破」を目的とした自民党の行政改革推進本部が、日本版DBS実現のためのプロジェクトチームを発足させたのです。実は私も講師としてお声がけいただき、参加議員とご相談しながらプロジェクトを前に進めています!

 さらに、自民党の若手議員が中心となり、親子にまつわる社会問題を一元的に扱う「こども庁」創設の議論も始まりました。こちらの勉強会にも講師としてお声がけいただき、日本版DBSの必要性について、魂を込めて訴えてきました。

 野党の皆さんも、頑張ってくれています! 玉木雄一郎代表率いる国民民主党は、日本版DBSの実現に向けて国会に法案を提出すべく活動中! 国会審議でも、鋭くも建設的な質問を矢継ぎ早に繰り出してくれています。子どもたちを守るため、与野党の枠を超えて、政治が動いています。政治って、ろくでもないものだと思っていたけれど、いざ現場に足を運んで議員の皆さまと膝を突き合わせて話をしてみると、「社会を良くしよう」と粉骨砕身で頑張っている人が本当にたくさんいて、感動しました。

開いた「窓」を閉めさせない

 保育・教育現場から性犯罪をなくすには、まだまだ多くの課題があります。これからはいよいよ、法律を変えるステージに突入です。かつてない困難を伴うはずです。でも、やらねばなりません。だって、次にこんなチャンスが来るのは、いつになるかわかりません。

「政策の窓」という考え方があります。政治には大きな流れがあって、いろんな条件がそろった時に初めて行政の「窓」が開き、政策変更が現実のものとなるという考え方です。実際には「これをやれ!」「こっちが先だ!」と、私たちも含む関係団体が我先にとこの窓に殺到し、陳情や政策案を放り込もうとしている状態です。社会問題は星の数ほどありますが、法律や制度を変えられる官僚や政治家の数は限られています。よって、解決すべき社会問題には優先順位をつけねばなりません。「窓」の周囲は、凄まじい交通渋滞が起こっています。普通、ここに割って入るなんてことは、まずできません。

 その交通整理をしているのは、政治家であり、その政治家を動かしているのは世論です。「キッズラインショック」に端を発し、関係各位の働きかけで世論が動き、政治家が動き、そして今、私たちの目の前には「政策の窓」が小さく開いています。でも、この窓はいつ閉まるかわかりません。
 一度閉じてしまったら、次にこの窓が開くのは、また子どもが凄惨な性暴力にあった時でしょう。何年先になるかもわかりませんし、そんな悲劇は、もうたくさんです。今、わずかに開いている窓を、閉めさせるわけにはいかないのです。

 今、この瞬間も、中枢にいる方々が頑張ってくれているはずですが、まだまだ先行きは不透明です。あなたが本書を読んでくださっている今、本件がどこまで進んでいるか、ぜひ「日本版DBS」で検索してみてください。そして、もし「全然進んでないじゃん!」と感じたら、この話を職場でしてみたり、SNSで発信したりしてもらえたら嬉しいです。
「世論」とは詰まるところ、私たち一人一人の思いです。社会を変えられるのは、子どもたちを守れるのは、私たちだけです。

続きはぜひ、こちらの書籍で! 👇 日本版DBS実現のために、みなさまのお力をお貸しください😢

前田さんのnoteはこちら 👇 

『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ!』光文社マガジンはこちら


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